発表者
山内啓太郎 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)
田中 倖恵 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
池田 優成 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
加藤 静香 (東京大学大学院農学生命科学研究科 動物医療センター 学術専門職員)
沖野 良輔 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士研究員)
西  宏起 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士研究員)
伯野 史彦 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)
高橋伸一郎 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 教授)
チェンバーズ ジェームズ (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
松脇 貴志 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
内田 和幸 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)

発表のポイント

  • デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)ラットでは、ヒトDMDと同様に舌筋の肥大(巨舌)が生じていた。
  • DMDラットの舌筋では筋線維の肥大がおこっている一方、他の筋でみられるような筋線維の壊死や再生像はほとんど観察されず、筋再生に必要とされる筋衛星細胞の増殖能も良く保たれていた。
  • DMDラット舌筋の病態進行が抑制されている原因を明らかにすることで、他の筋についてもDMDの病態進行を抑えるような治療法の開発へと繋がることが期待される。

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科・獣医学専攻/応用動物科学専攻等の研究グループは、ジストロフィンタンパク質が欠損したラット(DMDラット)(注1)の舌では、筋線維の肥大による巨舌がみられ、さらに四肢の筋肉や横隔膜と異なり、病態進行が抑制されていることを発見しました。
 デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、X染色体上に存在するジストロフィン遺伝子のout-of-frame変異(注2)により引きおこされる遺伝性のヒト筋原性疾患で、筋線維の強度を担うジストロフィンタンパク質が全く作られないために、筋肉の持続的な損傷や炎症とそれに続く筋線維の再生を繰り返し、最終的には筋線維の再生がおこらなくなり患者は死に至ります。
 研究グループは過去に世界初となるDMDラットを作製し、このラットでは、進行性の体重減少や筋力の低下に加えて、病態後期では四肢の筋肉や横隔膜の線維化や脂肪化が顕著になるなど、ヒトDMD患者に類似した重篤な表現型を示すことを報告しました。 DMD患者では咀嚼や嚥下などの摂食機能障害がしばしば問題となります。咀嚼や嚥下には、咬筋や舌筋など多様な筋の動きが関わっており、DMD患者ではしばしば巨舌(舌の肥大)がみられます。
 研究グループがDMDラット舌筋について解析したところ、生後1ヶ月で一過的に筋線維の壊死や再生がみられるものの、以降はほぼ正常な組織像を示し、筋線維が正常ラットに比べて肥大し、巨舌を呈することがわかりました。また、DMDラット舌筋では、四肢の筋肉や横隔膜と異なり、筋再生に必要な筋衛星細胞(注3)の増殖能も比較的よく保たれていました。以上の結果は、DMDラット舌筋では何らかの機構により病態の進行が抑制されていることを示すものです。したがって、DMDラット舌筋において筋衛星細胞の増殖能が維持され、病態進行が抑制される機構を明らかにできれば、他の筋の病態進行を遅らせるという治療法の開発へと繋がることが期待されます。

発表内容

 DMDはX染色体上に存在するジストロフィン遺伝子の変異により引き起こされる重篤な遺伝性の筋原性疾患です。ジストロフィン遺伝子から作られるジストロフィンタンパク質は筋線維細胞膜の安定性を担う重要な因子で、本遺伝子のout-of-frame変異によりジストロフィンタンパク質が全く作られないDMDでは筋肉の持続的な損傷や炎症とそれに続く筋線維の再生を繰り返し、最終的には筋線維の再生がおこらなくなり患者は死に至ります。
 研究グループは2020年にジストロフィン遺伝子にout-of-frame欠損をもつラット(DMDラット)の系統化を報告しました。DMDラットでは、ジストロフィンタンパク質の消失により、進行性の体重減少や筋力の低下に加えて、病態後期では四肢の筋肉や横隔膜の線維化や脂肪化が顕著になるなど、ヒト筋ジストロフィー患者に類似した重篤な表現型を示します。
 DMD患者では病態の進行に伴い口腔機能が影響を受け、咀嚼や嚥下などの摂食機能障害がしばしば問題となります。咀嚼や嚥下には、咬筋や舌筋など多様な筋の動きが関わっており、DMD患者ではしばしば巨舌(舌の肥大)がみられます。
 そこで研究グループは摂食に関わる筋として咬筋と舌筋に注目し、その大きさの比較を行ったところ、DMDラットでは正常ラットに比べて咬筋の大きさが低下している一方、舌筋は逆に肥大しており、巨舌であることを見出しました。さらに組織学的な観察を行ったところ、DMDラット咬筋では四肢の筋肉や横隔膜と同様に加齢性に線維化や脂肪化が生じ、筋病態が悪化していたのに対し、舌筋では生後1ヶ月で一過的に筋線維の壊死や再生がみられるものの、以降はほぼ正常な組織像を示し、筋線維が正常ラットに比べて肥大していることがわかりました。
 さらにDMDラット咬筋では、研究グループが過去に四肢の筋について報告したように、細胞老化とよばれる現象がおこっており、筋再生に必要な筋衛星細胞の増殖能が著しく低下していました。一方、DMDラット舌筋では、細胞老化の程度も軽度で、筋衛星細胞の増殖能も比較的よく保たれていました。以上の結果は、DMDラットでは全身の筋肉のジストロフィンタンパク質が欠損しているにも関わらず、舌筋では何らかの機構により病態の進行が抑制されていることを示すものです。したがって、DMDラット舌筋において筋衛星細胞の増殖能が維持され、病態進行が抑制される機構を明らかにできれば、他の筋の病態進行を遅らせるという治療法の開発へと繋がることが期待されます。
 本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金(基盤研究(B)20H03161および16H05041、挑戦的研究(萌芽)19K22359、挑戦的萌芽研究15K14883)、日本学術振興会・研究拠点形成事業(JPJSCCA20210007)、生物系特定産業技術研究支援センター・ムーンショット型農林水産研究開発事業(20350956)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Skeletal Muscle(令和4年10月19日発表)
論文タイトル
Macroglossia and less advanced dystrophic change in the tongue muscle of the Duchenne muscular dystrophy rat
著者
Keitaro Yamanouchi*, Yukie Tanaka, Masanari Ikeda, Shizuka Kato, Ryosuke Okino, Hiroki Nishi, Fumihiko Hakuno, Shin-Ichiro Takahashi, James Chambers, Takashi Matsuwaki, Kazuyuki Uchida
DOI番号
10.1186/s13395-022-00307-7.
論文URL
https://skeletalmusclejournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13395-022-00307-7

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医生理学教室
教授 山内 啓太郎(やまのうち けいたろう)
Tel:03-5841-5386
Fax:03-5841-8017
E-mail:akeita<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 DMDラット
     研究グループが2014年に作製したジストロフィンタンパク質を完全に欠損したラット。ヒトDMDと同様の病態を示す。
    (文献)Nakamura K, Fujii W, Tsuboi M, Tanihata J, Teramoto N, Takeuchi S, Naito K, Yamanouchi K, Nishihara M. Generation of muscular dystrophy model rats with a CRISPR/Cas system. Sci Rep 4: 5635 (2014)
  • 注2 out-of-frame変異
     塩基の欠失または挿入により、アミノ酸をコードする3つ組みの読み枠がずれる変異。多くの場合、遺伝暗号(コドン)にずれが生じることで、翻訳の際のアミノ酸が変わり、より手前で終止コドンが現れたりする。
  • 注3 筋衛星細胞
     筋肉の再生を担う筋前駆細胞。通常は休止状態にあるが、筋線維が損傷した際には活性化、増殖して新たな筋線維をつくる。