発表者
Po-Chang Chiu(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 研究生:研究当時)
中村優里(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程:研究当時)
西村慎一(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 講師)
田渕稔二(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程:研究当時)
八代田陽子(理化学研究所 環境資源科学研究センター 副チームリーダー)
平井剛(九州大学大学院 薬学研究院 教授)
松山晃久(理化学研究所 環境資源科学研究センター 専任研究員)
吉田稔(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授/理化学研究所 環境資源科学研究センター グループディレクター)

発表のポイント

  • 分裂酵母が示す適応生育の誘導分子の一つとしてシデロフォアであるフェリクロームを同定しました。
  • フェリクロームの適応生育に重要なアミノ酸輸送体Cat1を同定しました。
  • 二次代謝物であるシデロフォアによる一次代謝の制御という新たな現象を見出したことにより、本分子の未解明な細胞内機能の解明が期待されます。

発表概要

微生物は細胞間でコミュニケーションをすることでその生息環境を構築・維持しています。しかし細胞間のコミュニケーションには未解明な点が多く、例えばそこでは多様な代謝物が介在すると想定されていますが、これまでに理解されているのはそのごく一部です。東京大学大学院農学生命科学研究科のPo-Chang Chiu研究生、西村慎一講師、吉田稔教授らのグループは、理化学研究所および九州大学のグループと共同研究を行い、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeが示す適応生育現象(注1)は「フェリクローム」と呼ばれる鉄にキレートする分子(シデロフォア_注2)により誘導されることを明らかにしました。この適応生育にはアミノ酸輸送体Cat1(注3)が必要であり、二次代謝物であるフェリクロームがアミノ酸代謝を制御する可能性が示唆されました。フェリクロームは1952年に単離されて以来、鉄に強力に結合するという分子機能は明らかですが、生理機能はほとんど不明のままです。本研究はフェリクロームが窒素代謝を制御し細胞間コミュニケーションで機能するという新しい生物活性を明らかにしており、本代謝物の知られざる生理機能を解明するきっかけになると考えています。

発表内容

図1:適応生育現象の観察(左)とモデル図(右) (拡大画像↗)
(左)野生株(場所1)と変異株(場所2-6)をシャーレ(直径9 cm)の中段に一列に植菌し、7日間培養した結果。変異株にはロイシンを合成できないロイシン要求性株を用い、培地にはロイシンと高濃度のアンモニウム(NH4+)を添加してある。野生株の近傍の変異株は増殖し、野生株から遠い場所の変異株は増殖していない。
(右)場所6に植菌した変異株は高濃度のアンモニウムにより窒素カタボライト抑制を受けており、ロイシンを取り込むことが出来ずに増殖できない。場所2では野生株が分泌する物質により変異株が適応生育を示している。このときロイシンの取り込みが回復していると考えられ(オレンジ矢印)、NSFの場合にはアミノ酸輸送体Agp3、フェリクロームの場合にはアミノ酸輸送体Cat1が機能している。


図2:フェリクロームの化学構造(拡大画像↗)
6つのアミノ酸が環状に縮合した分子で、そのうち3つのアミノ酸の側鎖が鉄にキレートする。

 多くの微生物は単細胞生物ですが、それらは個々の細胞が独立に生存しているわけではありません。微生物は同種他細胞間あるいは異種細胞間でコミュニケーションをとっており、それにより生息環境を構築・維持しています。コミュニケーションには共生や抗生、寄生など様々な様式があり、それは細胞間の直接的な接触や、低分子の代謝物や中分子、あるいは高分子の分泌・授受を介したものが知られています。しかしどの微生物種が、何のために、どのような方法でコミュニケーションをとっているのか、大部分が未解明のまま残されています。
 私たちは微生物の細胞間コミュニケーションの分子メカニズムを解明するために、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeが示す適応生育現象に注目して研究を進めています。本生物は真核モデル生物の一つであり、細胞周期や細胞形態に関する研究でよく使われている単細胞生物です。適応生育とは文字通り環境に適応して生育することを指し、その一つに窒素カタボライト抑制(注4)からの脱却があります(図1)。微生物の増殖には窒素源が必要ですが、環境中に使いやすい窒素源があると、使いづらい窒素源の取り込みや代謝経路を抑制することで使いやすい窒素源をより効率的に代謝します。このシステムを窒素カタボライト抑制と呼びます。分裂酵母の場合にはアンモニウムやグルタミン酸が存在すると、分岐鎖アミノ酸の取り込みが抑制されます。そのため、分岐鎖アミノ酸の要求性変異株は、高濃度のアンモニウムやグルタミン酸が存在すると分岐鎖アミノ酸が環境中に存在していても取り込むことが出来ず、増殖することが出来ません。ところがこの増殖抑制は野生株が共存することで解除されます(図1)。すなわち野生株が何かしらの分子を分泌し、変異株はそれを感知して環境に適応して生育していると考えられます。実際、これまでに私たちは適応生育の誘導分子としてオキシリピンの一種である窒素源シグナリング因子(NSF)を特定しており(https://www.riken.jp/press/2016/20160226_1/index.html)、本研究では新たにシデロフォアであるフェリクロームを特定しました(図1)。
 フェリクロームは糸状菌や分裂酵母が産生するシデロフォアの一種で、鉄の取り込みや細胞内での鉄の貯蔵・隔離のために使われることが知られています(図2)。私たちは分裂酵母の細胞抽出液から適応生育を誘導する分子を探索し、フェリクロームを活性分子として単離しました。ロイシンの要求性変異株はアンモニウムを過剰に添加した培地ではロイシンを添加していても増殖できませんが、微量(150ナノグラム)のフェリクロームを添加すると増殖がみられました。この適応生育は以前に報告したNSFではみられません。またNSFによる適応生育にはアミノ酸輸送体Agp3が必要ですが、フェリクロームによる適応生育はApg3を必要とせず、別のアミノ酸輸送体Cat1を必要とすることを明らかにしました。これはフェリクロームがNSFとは異なる経路を制御して適応生育を誘導していることを示しています。さらにフェリクロームを合成できない変異株(sib1遺伝子破壊株)はアンモニウムを過剰に添加した培地では増殖スピードが低下すること、それは細胞外に微量のフェリクローム(30ナノモル/リットル)を添加することで回復することを確認しており、内在性のフェリクロームが高アンモニウム条件での生育に必要であることを示しました。次の課題は、フェリクロームがいかにして高アンモニウム条件への耐性獲得や窒素代謝の制御を行っているのか、その分子メカニズムの解明です。
 本研究では実験室で培養した分裂酵母からフェリクロームを活性物質として特定しましたが、自然環境中の土壌からもフェリクロームの検出が報告されています。フェリクロームは酵母だけでなく自然環境中に多く存在する微生物にもそれぞれの環境における適応生育を誘導する可能性があり、環境中でのフェリクロームの機能に興味が持たれます。また、シデロフォアは一次代謝物を用いて合成される二次代謝物として分類されますが、本研究により一次代謝であるアミノ酸代謝を制御することが明らかになり、細胞機能の観点からは、一次と二次の中間の代謝物といっても良いのではないかと考えています。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports (オンライン版:10月27日)
論文タイトル
Ferrichrome, a fungal-type siderophore, confers high ammonium tolerance to fission yeast.
著者
Po-Chang Chiu, Yuri Nakamura, Shinichi Nishimura*, Toshitsugu Tabuchi, Yoko Yashiroda, Go Hirai, Akihisa Matsuyama, and Minoru Yoshida*(*責任著者)
DOI番号
10.1038/s41598-022-22108-0

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 微生物学研究室
教授 吉田 稔 (よしだ みのる)
Tel:03-5841-5161
E-mail:ayoshida<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 微生物学研究室
講師 西村 慎一 (にしむら しんいち)
Tel:03-5841-5162
E-mail:anshin<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 適応生育現象
     生物はそれぞれの生息環境に適応して生存しており、本研究ではストレスの高い環境に適応して示す生育を指す。特に、変異株が野生株と共存することにより環境に適応する現象を研究対象としている。
  • 注2 シデロフォア
     微生物や植物が産生・分泌する鉄にキレートする低分子化合物。アミノ酸や有機酸などの一次代謝物をくみあわせて合成される二次代謝物の一種である。細胞外からの鉄の取り込みや細胞内の鉄の貯蔵や隔離に機能することが知られているが、細胞内での代謝・分解や生理機能について詳細は未解明である。
  • 注3 アミノ酸輸送体
     アミノ酸を輸送する膜タンパク質。細胞の外から内へ取り込む輸送体や、細胞内小器官の内外に輸送するものがある。
  • 注4 窒素カタボライト抑制
     利用しやすい窒素源(アンモニウムやグルタミン酸など)を優先的に取り込み代謝し、利用しにくい窒素源(分岐鎖アミノ酸など)の取り込みや代謝を抑制する現象・機構を指す。利用しやすい窒素源が存在する環境に速やかに適応する機構である。