発表者
橘  侑里(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程:研究当時)
中村 達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任講師:研究当時)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 花粉症などのアレルギー性鼻炎では、くしゃみや鼻水、鼻づまりなどの症状がでる。特に鼻炎が重症化した際の鼻水や鼻づまりは、患者のQOLを大きく下げるため、その発症機序の解明と新たな治療法の開発が求められてきた。
  • 当研究科放射線動物科学研究室では、アレルギー性鼻炎の症状を呈するモデルマウスを作製し、このマウスの鼻腔に12-hydroxyeicosatetraenoic acid(12-HETE)注1と呼ばれる脂質の濃度が著しく上昇していることを発見した。
  • マウスに12-HETEを産生する酵素の阻害薬を投与したところ、炎症細胞の浸潤を始めとした鼻炎の症状が改善した。このマウスに12-HETEを追加投与すると、鼻炎症状が再発した。このメカニズムとして、12-HETEがアレルギーの症状を悪化させるT細胞の分化や浸潤を強力に促進する作用をもつことがわかった。
  • 12-HETEは花粉症などのアレルギー性鼻炎を重症化させる原因物質である可能性があり、この産生抑制は画期的な治療法になる可能性がある。

発表内容

図1:研究概略図
アレルギー性鼻炎を起こしたマウスの鼻腔には12-HETEが多く産生されていた。この12-HETEはT細胞の分化を促進することで、鼻粘膜の粘液亢進や浮腫を起こし、症状を重症化させる可能性が示された。(拡大画像↗)

【研究背景】
 花粉症などのアレルギー性鼻炎には、くしゃみや鼻水など抗原刺激の後すぐに出てくる即時症状と、鼻づまりなど数時間後に出てくる遅発症状がある。遅発症状に対しては薬が効きにくく、睡眠障害や労働効率の低下を引き起こすなど、患者のQOL(生活の質)を大きく低下させるため、その発症機序の解明と新たな治療法の開発が求められてきた。
 これまでに、抗原の刺激によってマスト細胞からヒスタミンが放出され、くしゃみや鼻水といった急性症状が出た後、鼻の粘膜に好酸球やT細胞といった免疫細胞が分化・浸潤し、これらの細胞がサイトカインやケモカインを産生することで、鼻粘膜の粘液亢進や浮腫を引き起こすことは分かっていた。しかし、鼻粘膜に免疫細胞の浸潤を促す物質についての検討は未だ十分に行われていなかった。
 そこで本研究では、アレルギー性鼻炎モデルマウスの鼻汁中で高濃度に検出される脂質を特定し、これが鼻炎症状に与える影響と、そのメカニズムを調べた。

【研究結果】
 卵白アルブミンをマウスに5回経鼻投与することにより、くしゃみや鼻粘膜における粘液亢進、鼻粘膜の腫脹を呈するアレルギー性鼻炎モデルを作製した。このマウスの鼻粘膜では、卵白アルブミンの投与回数に比例して、マスト細胞の脱顆粒や免疫細胞である好酸球、そしてT細胞の浸潤増加が観察された。このマウスの鼻汁(鼻腔洗浄液 2)を回収して、質量分析により脂質濃度を測定したところ、他の脂質と比較して最も鼻汁中の濃度が上昇した脂質として12-HETEが特定された。
 免疫組織学的検討から、12-HETEの合成酵素として知られるarachidonate 12-lipoxygenase(ALOX12)3が鼻粘膜に浸潤してきた好酸球に発現していることが確認された。ALOX12の阻害剤を卵白アルブミンの投与前に処置したところ、マウス鼻汁中の12-HETE産生は抑制され、鼻粘膜の粘液亢進が抑えられた。この時、鼻粘膜への好酸球やT細胞の浸潤も抑えられていた。ALOX12阻害剤に加えて12-HETEをマウスの鼻腔に処置すると、ALOX12阻害剤によって抑制されていた卵白アルブミン誘発性の上記症状が再発することが確認された。つまり、アレルギー性鼻炎のモデルマウスにおいて、好酸球のALOX12から産生される12-HETEが、さらなる好酸球やT細胞の浸潤を引き起こし、鼻炎症状、特に遅発症状を増悪することが分かった。
 これらの機構を調べるために、鼻腔の所属リンパ節における免疫細胞の分化状態を評価した。その結果、卵白アルブミンの刺激に応じて、アレルギー反応の成立に必要とされるIL-4やIL-5といったサイトカインを産生するT細胞の数がリンパ節内で増加していた。ALOX12の阻害剤の投与はこれを抑制し、12-HETEの追加投与がこの抑制を解除することが分かった。さらに興味深いことに、これらのT細胞の分化に必要なPPAR-g 4シグナルを阻害すると、12-HETEの作用が消失することが分かった。つまり、12-HETEはPPAR-gシグナルを活性化させ、リンパ節内のT細胞分化を促進する働きを持つことが明らかとなった。
 最後に、ALOX12阻害の治療応用について検証するために、卵白アルブミンをマウスに投与してアレルギー性鼻炎の症状を誘発したあとに、ALOX12阻害剤の投与を開始したところ、この処置においてもアレルギー性鼻炎の症状とそれに伴う好酸球の鼻粘膜への浸潤等が抑えられることが分かった。
 これらの結果から、アレルギー性鼻炎を発症すると鼻粘膜に浸潤する好酸球から12-HETEが産生され、これがT細胞の分化を促進することで鼻炎症状を悪化させること、この産生を抑えれば、遅発症状が抑制されてアレルギー症状が緩和されることが、マウスモデルを用いた検討で明らかになった。

発表雑誌

雑誌名
Allergy
論文タイトル
12-HETE promotes late-phase responses in a murine model of allergic rhinitis.
著者
Tatsuro Nakamura#, Yuri Tachibana#, Takahisa Murata*(#共同筆頭著者 *責任著者)
DOI番号
10.1111/all.15547
論文URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/all.15547

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5934
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 12-HETE(12-hydroxyeicosatetraenoic acid)
     不飽和脂肪酸の1つでアラキドン酸のALOX12代謝物である。生理活性についてはよく分かっていない。
  • 注2 鼻腔洗浄液
     マウスの鼻腔を生理食塩水で潅流することで、鼻粘膜で産生される物質を回収した液。
  • 注3 ALOX12(Arachidonate 12-Lipoxygenase)
     アラキドン酸を酸化して、12-HETEを産生する酵素。好酸球などの免疫細胞に発現が確認される。
  • 注4 PPAR-γ(Peroxisome Proliferator-Activated Receptor γ)
     核内受容体であり、転写因子としても機能する。その活性はT細胞を含む様々な細胞の分化や機能に影響を与える。