発表者
有賀 琢人 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻大学院生:当時)
櫻庭 康仁 (東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 准教授)
卓 梦那  (東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 学振特別研究員:当時)
楊 麥倫  (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻大学院生、学振特別研究員)
柳澤 修一 (東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 教授)

発表のポイント

  • 植物の主たる窒素源である硝酸イオンと結合することで活性化される転写因子NLP7が転写カスケードを介して葉緑体の発達や光合成活性の維持に関わっていることを明らかにしました。
  • 明らかとなった転写カスケードは、光損傷を受けた光合成タンパク質の除去を促進することで光合成装置や光合成活性の維持に寄与していることを明らかにしました。
  • 明らかとなった転写カスケードを強化すると強光下でも光障害が起こりにくくなり光エネルギーを効率よく利用できるようになることから、光障害が起こりにくい植物の作出の契機となることが期待されます。

発表概要

 土壌中の窒素栄養の量は植物の成長速度や作物生産性を決定する重要な環境要因です。植物は獲得した窒素の多くを光合成タンパク質やクロロフィルなどの合成に用いており、窒素肥料の施肥量と光合成活性には正の相関があります。今回、アグロバイオテクノロジー研究センターの柳澤教授らは、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて、植物の主たる窒素源である硝酸イオンと結合することで活性化されるNLP7転写因子(注1)がHB52HB54という二つの相同な転写因子遺伝子の発現を促進すること、HB52とHB54が葉緑体機能に関わる遺伝子の発現を調節していることを明らかにして、硝酸イオンがシグナルとなって転写カスケードを起動させ葉緑体機能を調節していることを示しました。さらに、HB52とHB54は、光損傷を受けた光合成タンパク質の除去を担う葉緑体プロテアーゼFtsHのFtsH2サブユニット遺伝子(VAR2)の発現を促進しており、このことによってNLP7HB52HB54の過剰発現は強光下での光合成活性の維持を強化することを明らかにしました。過剰発現の効果は窒素栄養が少ない環境でより明瞭であったことから、本研究の成果は窒素栄養が少ない環境でも強光に対して高い適応力を持つ植物の作出の作出の契機となることが期待されます。

発表内容

図1:硝酸シグナルによるNLP7-HB52/54-VAR2転写カスケードを介した光合成活性の維持メカニズムのモデル図 (拡大画像↗)


図2:弱光下と強光下におけるシロイヌナズナの野生型株、nlp7変異体、NLP7過剰発現体の葉の表現型とクロロフィル蛍光画像およびこれらシロイヌナズナの葉緑体の電子顕微鏡画像(拡大画像↗)

 植物の主たる窒素源である土壌中の硝酸イオンは、植物に吸収されたのち、アミノ酸合成とそれに引き続く種々の有機窒素化合物(タンパク質、核酸、クロロフィルなど)の生合成に利用されます。一方で、硝酸イオンは転写調節にも関わっており、NLP転写因子群と直接結合することでNLP転写因子を活性化させ、様々な遺伝子の発現パターンを変化させて、硝酸シグナル応答と呼ばれる現象を引き起こします。窒素同化の活性化、地上部の発達促進、側根形成の促進などが硝酸シグナル応答として起こることが知られていますが、硝酸イオンのシグナルとしての生理的役割の全容は未だ不明です。

 今回、アグロバイオテクノロジー研究センターの柳澤教授らは、シロイヌナズナにおいてHB52HB54という二つの相同な転写因子遺伝子がNLP7転写因子の標的遺伝子であったことから、HB52とHB54の機能を調べて、HB52とHB54が葉緑体の発達や葉緑体機能の維持に重要な遺伝子の発現を調節していることを明らかにしました(図1)。また、HB52転写因子とHB54転写因子は光損傷を受けた光合成タンパク質の除去を担う葉緑体プロテアーゼFtsHのFtsH2サブユニット遺伝子(VAR2)の発現促進において重要な役割を担っており、このことと一致して、硝酸シグナルと光照射が協働してHB52遺伝子とHB54遺伝子の発現を促進して(図1)、光照射下での光合成装置や光合成活性の維持に貢献していることを明らかにしました。これらによって、葉緑体の発達調節と光合成活性の維持という硝酸シグナルの新たな役割が明らかになりました。さらに、この硝酸シグナルの新たな役割に基づき、NLP7HB52あるいはHB54の過剰発現によって硝酸シグナル伝達を強化すると強光に対する適応力が増大すること(図2)、この過剰発現の効果は窒素源が少ない時ほど明瞭であることも明らかにされました。したがって、本研究の成果は、窒素栄養が少ない環境でも光障害(注2)が起こりにくい植物の作出の作出の契機となることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
Current Biology (2022年12月19日発刊の32号に掲載予定、2022年11月3日にオンライン公開)
論文タイトル
The Arabidopsis NLP7-HB52/54-VAR2 pathway modulates energy utilization in diverse light and nitrogen conditions
著者
Takuto Ariga#, Yasuhito Sakuraba#, Mengna Zhuo, Mailun Yang, and Shuichi Yanagisawa* (#共同筆頭著者、*責任著者)
DOI番号
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.10.024
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982222016694?via%3Dihub

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター
教授 柳澤 修一(やなぎさわ しゅういち)
Tel:03-5841-3066
E-mail:asyanagi<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 NLP7転写因子
     DNA配列を基に対応するRNAが合成されることは転写と呼ばれ、転写量の調節は遺伝情報の発現制御の主要なステップです。転写調節に直接関わる因子は転写因子(あるいは転写調節因子)と呼ばれ、NLP7は硝酸シグナル応答を担う転写因子の1つ。
  • 注2 光障害
     クロロフィルなどの光合成色素が吸収した光エネルギーが過剰になった時に発生する活性酸素に起因する光合成装置や葉緑体膜などの障害。