発表者

内田 あや     (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程:研究当時)
今井松 健也    (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
鈴木 穂香     (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物学専攻 大学生:研究当時)
韓 笑       (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物学専攻 修士課程)
潮田 裕紀     (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 大学生:研究当時)
鎌田 (上村) 麻実  (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 農学研究員)
貴志 かさね    (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程:研究当時)
平松 竜司     (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
高瀬 比菜子    (東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 疾患モデル動物解析学分野 テニュアトラック助教:研究当時)
平手 良和     (東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 疾患モデル動物解析学分野 講師)
小倉 敦郎     (理化学研究所 バイオリソース研究センター 遺伝工学基盤技術室 室長)
金井 正美     (東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 疾患モデル動物解析学分野 教授)
宮東 昭彦     (杏林大学 医学部 准教授)
金井 克晃     (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)

発表のポイント

  • ほ乳類の精巣で作られた精子は、精細管内の管腔液の流れにのって精巣網とよばれる精巣の出口部分に運ばれるが、この管腔液の流れの向きが「一方通行」に保たれるメカニズムは不明であった。
  • 精巣網の隣にはセルトリバルブとよばれる弁構造が存在する。この弁構造が破綻したモデルマウスを作成したところ管腔液が逆流し、精子形成異常が引き起こされることを見出した。
  • 本成果は、ヒトを含めたほ乳動物の精子形成における 管腔液の流れと逆流防止弁の機能の重要性を初めて示した研究成果であり、今後、男性不妊の原因解明に大きく貢献すると期待される。

発表概要

 ほ乳類の精巣精細管(注1)で作られた精子は、管腔液の流れに乗って精巣の外へと運ばれる。しかし、この管腔液が一体なぜ、どのようにして精巣の出口へ向けて常に一方方向に流れるのかは分かっていなかった。精巣の出口部分には精巣網(注2)と呼ばれる網目状の構造があり、これに隣接してセルトリバルブ(注3)と呼ばれる弁様の構造が存在する。これらはヒトを含めたほ乳類に広く共通した解剖学的構造である一方、その機能的役割は謎に包まれていた。東京大学大学院農学生命科学研究科獣医解剖学研究室の金井克晃教授率いる研究チームは、マウス精巣網に転写因子Sox17(注4)が発現していることを発見し、これがセルトリバルブ弁の形成に必須であることを発見した。セルトリバルブ弁の形成不全は精巣における管腔液の逆流を引き起こし、これにより精巣全体の精子発生が異常をきたすことでマウスが不妊になることを見出した。本成果は今まで着目されてこなかった精巣網およびセルトリバルブという「マイナー」な構造が、精巣全体の精子発生を支える立役者であることを示したという点で意義深い。今後、当領域に着目した研究が進むことで、無精子症をはじめとした男性不妊症の理解が進むことが期待される。

発表内容

図:研究概略図
精巣の出口部分にあたる精巣網ではSox17とよばれる転写因子が発現する。Sox17を発現する精巣網細胞は成長因子の分泌を介して自身と隣り合う領域にセルトリバルブとよばれる弁構造を形成する。精巣網でのSox17の欠損はセルトリバルブ弁の形成不全を引き起こし、このようなモデルマウスでは精巣内での管腔液の流れが一方方向に保てず逆流を赦してしまうことで、精巣での精子発生不全を引き起こし、不妊となる。(拡大画像↗)

【研究背景】
 ほ乳類の精巣では一生のうちに大量の精子が産生されるが、この精子の形成は精細管の精上皮で営まれる。精上皮は、精子のもととなる生殖細胞とそれを支える体細胞であるセルトリ細胞により構成される。精上皮でつくられた精子は精細管の管腔へと放出され、管腔内液の流れに乗って一方向性に精巣の出口である精巣網へと運ばれる。精巣網と精細管の境界領域には、セルトリ細胞からなる弁様構造であるセルトリバルブが存在する。解剖学的構造としてのセルトリバルブの存在は半世紀以上前から知られていたが、その形成メカニズム、および精巣内における役割は今まで謎に包まれていた。これまでのマウスを用いた研究から、精巣網に隣接して存在するセルトリ細胞が、精巣の発達に伴い細胞非自律的(注5)にセルトリバルブを形成することは明らかになっていた。そこで本研究では、精巣網を介したセルトリバルブ誘導メカニズムの解明に取り組むとともに、セルトリバルブがなぜ・何のために存在するのか、その生物学的意義に迫った。

【研究結果】
1. 精巣網でのSox17発現はセルトリバルブの弁形成に必須である
 私たちはまず、精巣網に転写因子Sox17が領域特異的に発現することを見出した。そこで、この精巣網でSox17が担う役割を明らかにするために、Sox17発現を精巣網特異的に欠損させたモデルマウス(Sox17-cKOマウス)を作成した。すると、このモデルマウスでは精巣網自体の明らかな異常は見られない一方、セルトリバルブの弁様構造が破綻することが明らかになった。このことから、Sox17を発現する精巣網上皮細胞がセルトリバルブ形成のキープレイヤーであることが明らかになった。それでは、セルトリバルブが破綻した精巣では何が起こっているのだろうか。

2. セルトリバルブは精巣の管腔液の流れを一方向に保つことで精子発生を支える
 心臓やリンパ管には弁があるが、これらの構造は血液やリンパ液が一方向へと流れる助けをしている。そこで我々は、精巣ではセルトリバルブが精巣の「弁」として、精巣内の管腔液の流れの向きを司る役割を担っているのではないかと仮説を立てた。これを検証するため、我々は蛍光色素を精巣の精巣網部分にのみ注入し、この色素が精巣の「上流」である精細管方向へと逆流するかどうか確かめる実験系を組んだ。すると、通常マウスでは注入された色素は精巣網に留まった一方で、セルトリバルブ弁が破綻したSox17-cKOマウスでは精巣網へと注入された色素が精細管へと逆流していく様子が観察された。このことは、セルトリバルブが精巣内の管腔液の「逆流防止弁」として機能していることを示唆している。このようなSox17-cKOマウスの精細管では生後4週齢以降、発達途中の未熟な精子細胞(円形精子細胞以降)が管腔内へと脱落している様子が確認され、その結果としてこのモデルマウスは不妊を呈した。つまり、精子形成にはセルトリバルブが正常に形成されることが必須であるということが明らかとなった。

3. Sox17を発現する精巣網は成長因子を介してセルトリバルブの形成を支持する
 それでは、Sox17を発現する精巣網はどのようにしてセルトリバルブ弁の形成を支えるのだろうか。我々はシングルセルRNAシーケンシング解析(注6)を通して、精巣網細胞がR-spondin1,TGFb2, FGF9をはじめとする様々な成長因子を領域特異的に発現すること、さらにSox17発現を欠損したSox17-cKOマウスの精巣網ではこれら成長因子をコードする遺伝子発現が低下していることを発見した。さらに、セルトリバルブを構成するセルトリ細胞がこれらの成長因子を受容する受容体をコードする遺伝子を他のセルトリ細胞と比べて高いレベルで発現することが明らかになった。このことは、精巣網とセルトリバルブの間におけるパラクライン(注7)制御によるクロストークが存在することを示唆している。最後に、Sox17-cKOマウスの精巣由来のセルトリ細胞を他マウス精巣のSox17を発現する精巣網の隣へと再配置したところ、これらのセルトリ細胞はセルトリバルブ弁を形成し、上流の精細管における正常な精子発生を支えられることが明らかとなった。

 以上の結果から、①セルトリバルブ弁が精巣における管腔液の流れを一方方向に保つことで、精巣全体の精子発生を支えること、また、②Sox17を発現する精巣網の上皮細胞がRSPO1やTGFb2をはじめとする成長因子の分泌を介して、パラクライン的にセルトリバルブの誘導を支えることが明らかになった。

 本研究成果は、2022年12月22日に米国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。本研究は、科研費「新学術領域研究(課題番号:21H00227)」、「基盤研究(B)(課題番号:21H02387)」、「基盤研究(A)(課題番号:20H00445)」、「新学術領域研究(課題番号:19H05241)」の支援により実施されました。

発表雑誌

雑誌名
Nature Communications(オンライン版:2022年12月22日)
論文タイトル
SOX17-positive rete testis epithelium is required for Sertoli valve formation and normal spermiogenesis in the male mouse
著者
Aya Uchida, Kenya Imaimatsu, Honoka Suzuki, Xiao Han, Hiroki Ushioda, Mami Uemura1, Kasane Imura-Kishi, Ryuji Hiramatsu, Hinako, M. Takase, Yoshikazu Hirate, Atsuo Ogura, Masami Kanai-Azuma, Akihiko Kudo, Yoshiakira Kanai*
DOI番号
10.1038/s41467-022-35465-1
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41467-022-35465-1.pdf

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医解剖学教室
教授 金井克晃(かない よしあきら)
Tel. 81-3-5841-5384  Fax. 81-3-5841-8181
E-mail:ykanai<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 精細管
     精巣の中に詰まっている細長い管。精子発生はこの精細管の中で行われ、作られた精子は精細管の管腔へと放出される。
  • 注2 精巣網
     精巣の出口部分に存在する網目状の構造。 精巣内で作られた精子は一旦精巣網へと集められ、ここから精巣の外へと運ばれていく。
  • 注3 セルトリバルブ
     精細管と精巣網をつなぐ境界部分にある弁様構造であり、特殊なセルトリ細胞により構成される。
  • 注4 SOX17
     SRY-related HMG box (SOX) ファミリーのサブグループFに属する転写因子。幹細胞維持や固体発生において重要な役割を担う鍵因子であることが知られている。
  • 注5 細胞非自律的
     当該細胞外からもたらされる何らかのシグナルによって、細胞に作用が及ぼされること。
  • 注6 シングルセルRNAシーケンシング解析
     1細胞レベルで細胞ごとの遺伝子発現パターンを個別に解析する方法。個々の細胞集団や組織全体の多様性を解析できるため、細胞間相互作用や、細胞特異的マーカー遺伝子の探索などの研究にとって非常に有用である。
  • 注7 パラクライン
     細胞の分泌した物質が近くに存在する細胞や組織に直接作用すること。