発表者
日下部 守昭(東京大学 大学院農学生命科学研究科 食の安全研究センター 特任教授)

発表のポイント

  • マウス実験モデルにおいて、酵素処理乳酸菌素材「LFK」(※注1)でがん転移を抑制する効果を得られた。
  • がんの転移抑制効果を有する薬剤や乳酸菌製剤はこれまで開発されておらず新規性は高い。
  • がん転移を抑制することでがん患者の生存率やQOLの向上が期待される。

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科食の安全研究センター日下部守昭特任教授は、ニチニチ製薬株式会社(社長:森下政彦、三重県伊賀市、以下 ニチニチ製薬)との共同研究により、酵素処理乳酸菌素材「LFK」のがん転移抑制効果を明らかにしました。本研究成果は、東京大学とニチニチ製薬の共同出願により2022年10月4日に特許を取得しました(特許第7152733号)。
 LFKは、エンテロコッカス・フェカリス菌の細胞壁を酵素で溶解し、菌体内成分を溶出させた酵素処理乳酸菌素材です。マウス実験モデルにおいて乳がんやメラノーマの肺への転移を抑制できることを確認しました。がんの転移を抑制する薬剤は開発されておらず新規性が高い成果を得ました。
 がんが他の臓器に転移することで、手術によるがんの寛解は期待できず、転移している場合は、術後の抗がん剤などによる処置が必要となり、患者のQOLが著しく低下します。LFK摂取によってがんの転移が抑制できれば、がん患者のQOLの向上が期待されます。

発表内容

 正常細胞が変異することによって発生したがんは、自ら増殖・転移する特性を持っています。そのため、原発巣の治療に加え、転移の抑制が課題となります。現在、手術療法、化学療法、放射線療法などの標準治療が試みられていますが、いずれも副作用が伴い、不十分な場合が多く見られます。そこで、転移の抑制が副作用もなく可能となり、その手段が標準治療に悪影響を及ぼさないならば、がんの治療法の一助となる可能性があります。
 乳酸菌は、今まで免疫賦活作用など様々な効果が報告されています。その中には、乳がんの発症リスクを低減させるものやがん細胞の増殖を抑制するもの、腫瘍の成長を抑えるものなど、がんに対する効果を示す報告も少なくありません。しかし、がんの転移抑制効果を有する乳酸菌に関する報告は見当たりません。
 LFKは、エンテロコッカス・フェカリス菌の細胞壁を酵素で溶解し、菌体内成分を溶出させた酵素処理乳酸菌です。LFKは、これまでインフルエンザを予防することやアレルギー症状を改善することなどの効果が報告されており、免疫への関与も示唆されています。本特許では、肺転移モデルを用いてLFKのがん転移に対する効果について評価しました。
 本特許の実施例では、マウス乳がん細胞とマウスメラノーマ細胞を用いて、肺へのがん細胞の生着について評価を行いました。乳がん細胞を用いた実験では、マウスを2群に分け、対照群には生理食塩水、LFK群には水に混ぜたLFK(60 mg / 匹)を連日経口投与しました。LFK投与3日目に乳がん細胞を静脈内に接種し、乳がん細胞接種7日目に肺を摘出しました。摘出した肺の切片上の腫瘍コロニーを観察した結果、対照群では全体にがんの転移巣が見られ、コロニーサイズも大きかったのに対し、LFK群では、がんの生着がほとんど見られませんでした。また、メラノーマ細胞を用いた試験では、LFKより水溶性成分を抽出し使用しました。対照群には生理食塩水、LFK群にはLFK水溶性成分(60 mg分 / 匹)を連日経口投与しました。LFK水溶性成分投与3日目にメラノーマ細胞を静脈内に接種し、メラノーマ細胞接種14日目に肺を摘出しました。こちらも同様にLFK群ではメラノーマ細胞の肺への生着を抑制し、コロニーの成長を抑制しました。
 転移がんでは原発がんで効果のあった抗がん剤が効かないことがあり、抗がん剤による治療が困難なケースが多く見られます。また、抗がん剤の副作用による免疫力低下や食欲不振などは患者のQOLを著しく低下させ、闘病継続そのものが困難となることもあります。今回、動物実験ではあるものの、食品原料として使われ副作用のない乳酸菌でがん転移抑制の効果を得られたことは、がん治療において希望の持てるもので大きな意義があると考えられます。
 がん細胞には数多くの種類があり、がんの種類により転移しやすい部位がある傾向があります。例えば、大腸がんや卵巣がんであれば肝臓や肺など、肺がんであれば脳や骨などとされています。また転移の種類も血行性以外にもリンパ行性などがあります。本特許では乳がん細胞とメラノーマ細胞について、血行性に肺への転移を評価しましたが、今後は新たながんモデルや転移モデルを用いた評価を行っていきたいと思います。また、LFKのがん転移抑制効果の作用機序に関する実験も行い、さらには有効成分の探索を行い医薬品への応用を検討して、医療の発展に貢献したいと考えています。

特許情報

発明名称
がん転移抑制剤
登録番号
特許第7152733号(令和4年10月4日登録)
特許権者
国立大学法人東京大学、ニチニチ製薬株式会社
アブストラクトURL
特許・実用新案文献表示|J-PlatPat [JPP] (inpit.go.jp)

用語解説

  • 注1 LFK
     LFKは、エンテロコッカス・フェカリス菌の細胞壁を酵素で溶解し、菌体内成分を溶出させた酵素処理乳酸菌です。LFKは、これまでⅡ型肺胞上皮細胞を活性化させる、酒さなどの皮膚症状を改善する、アレルギー症状を改善するなどの効果が明らかになっています。