発表者
石岡 瞬(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 博士課程)
磯部 紀之(国立研究開発法人海洋研究開発機構 海洋機能利用部門 生物地球化学センター, 東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 農学共同研究員)
平野 孝行(㈱東レリサーチセンター 材料物性研究部)
的場 伸啓(㈱東レリサーチセンター 材料物性研究部)
藤澤 秀次(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 助教)
齋藤 継之(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授)

発表のポイント

  • 木材由来のセルロースナノファイバー(CNF)のみからなる、透明な新規板材を開発した。
  • 得られた透明なCNF板材は、高強度と自己消火性を兼ね備えていた。
  • 木材由来の「透明な構造材料」としての活用が期待でき、建築物や輸送機の採光性・視認性の向上に繋がる、新たな構造設計を実現できる。

発表概要

ガラスや透明プラスチックは、建築物や輸送機において、光の取り込みを目的とした平面材料として使用されています。しかし、これらの透明材料は、金属・コンクリート・繊維強化プラスチックなどと比べて強度が低く、柱や壁など、構造物の骨格となる材料(構造材料)としては適していません。
本研究では、木材由来のセルロースナノファイバー(CNF)から、透明かつ高強度の板状材料を形成することに成功しました。このCNF板材は、厚みが1~3ミリメートルであり、強度はアルミニウム合金やガラス繊維強化プラスチックなどの軽量構造材と同等である一方、これら既存の軽量構造材よりもさらに軽量です。また、このプレートは優れた自己消火性を有し、面方向と厚み方向で異なる熱伝導性を示します。以上のことから、本研究の新規なCNF板材は、建築物や輸送機の新たな構造設計の実現に貢献することが期待できます。

発表内容

図1. (a) CNFのみからなる透明板材. (b) 厚いCNF板材. (C) 曲げ・ねじり構造. (拡大画像↗)

図2. (a) CNF板材と他材料の強度と密度の比較. (b) CNF板材への30秒間の火炎噴射. (c) 自己消火した後の板表面 (左) と裏面 (右). (拡大画像↗)

高い耐荷重性を有する透明な構造材料の開発は、材料科学における課題です。建築物や輸送機の構造部材には、一般的に金属・コンクリート・繊維強化プラスチックなどが適用されています。しかし、これらの材料は光の散乱あるいは吸収により不透明であり、建築物や輸送機器の構造設計に制約を生んでいます。また、ガラスや透明プラスチックは採光性の面材として使用されますが、力学強度が低く、構造材料としては適用されません。したがって、透明かつ高強度の構造材料が開発できれば、建築物の採光性や輸送機器の視認性を高める、新たな構造設計の実現に繋がります。
また、持続可能な資源の活用も、材料科学の課題です。近年、木材由来のセルロースナノファイバー(CNF)というナノ素材が注目を集めています。CNFの水分散液を乾燥させると、透明な紙とも呼ばれる、ガラス並に透明なシートを形成できます。この透明CNFシートは、プラスチック並に軽量で、金属並に高強度であるため、透明な構造材料としての活用が期待できます。しかし、CNFシートは希薄な分散液から形成するため、厚さ数十µmの薄膜となり、構造利用に足る厚み(数mm以上)の材料を作ることができません。この成膜プロセス上の課題が、構造用途での活用を妨げていました。
そこで本研究では、CNF薄膜を多重に積層して接着し、厚みのある板状CNF材料を形成することに取り組みました。CNFシートが、CNF自身の自己接着力だけで高強度を示すことに着目し、シート間の接着には、シート性能の低下を招いてしまう既存の合成接着剤ではなく、CNF自身の自己接着性を活用しました。すなわち、得られた積層体はオールCNF材料です。
本プロセスによって、1mm厚の透明CNF板材を作製することに成功しました(図1a)。積層数を増やすと更に厚いプレートが作製でき、成形して曲げ・ねじり構造も形成できます(図1b,c)。CNF板材の強度は、アルミニウム合金やガラス繊維強化プラスチックなどの軽量構造材料と同等であり、CNF板材はさらに軽量です(図2a)。また、この板材を強力なバーナーの炎に30秒間さらしても、板材に穴は開かず、瞬時に自己消火します(図2b, c)。加えて、CNF板材は面方向と厚み方向で異なる熱伝導性を示し、面方向はガラスより高伝熱性で、厚み方向はガラスよりも低伝熱性です。さらに、CNF材料の共通課題である吸水性に対し、CNFの表面化学構造を制御すれば、劇的に低減できることも実証しました。
これらの特性を兼ね備えた透明CNF板材は、木材という豊富な循環資源を活用しつつ、採光性や視認性に優れた建築物や輸送機などの新たな構造設計に貢献することが期待されます。
本研究は、JST 来社会創造事業 (JPMJMI17ED)、JST CREST(JPMJCR22L3)、JSPS科研費(22J12848; 22H03786; 22K19885; 20K15567; 21H04733)、PHOENIX木材・合板博物館研究助成金、次世代若手共同研究課題(20205015)の助成を受けて行われた研究です。

発表雑誌

雑誌名
ACS Sustainable Chemistry & Engineering
論文タイトル
Fully Wood-Based Transparent Plates with High Strength, Flame Self-Extinction, and Anisotropic Thermal Conduction
著者
Shun Ishioka, Noriyuki Isobe*, Takayuki Hirano, Nobuhiro Matoba, Shuji Fujisawa, and Tsuguyuki Saito* (*責任著者)
DOI番号
10.1021/acssuschemeng.2c06344
論文URL
https://doi.org/10.1021/acssuschemeng.2c06344

問い合わせ先

東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
教授 齋藤 継之(さいとう つぐゆき)
Tel: 03-5841-5271
研究室URL: https://psl.fp.a.u-tokyo.ac.jp