発表者
坂本 直観(東京大学農学部 獣医学専修 6年生)
掛野 仁志(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員)
尾崎 乃理子(東京大学農学部 獣医学専修 6年生)
宮崎 優介(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 修士課程)
小林 幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科 寄付講座 特任助教)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)

発表のポイント

  • マウスは社会性を持つ生き物である。集団内における彼らの行動を個々に評価できれば、動物の心と体の状態をより深く理解できるようになる。しかし、同じような見た目をした複数のマウスをそれぞれ目で追い続けることは難しく、これらを自動で評価する方法が求められてきた。
  • 深層学習(物体検出技術)を使うことで(注)、多頭のマウスを撮影した動画から自動的に各マウスの重心を追跡できる技術を開発した。
  • この方法は特殊な装置を用いることなく、一般的なビデオカメラとパソコンを用いることで、多頭のマウスを自動的に追跡することができる。

発表概要

 マウスやラットを含む多くの動物は、人間と同様に社会性を持ち集団生活を送る。例えば、喧嘩をしながら自分の縄張りを主張したり、毛づくろいをしてお互いの毛並みを整えたりする。このような集団の行動を定量的に評価できれば、より詳細に動物の心と体の状態を明らかにできる。
 しかし、ヒトの目では1~2匹の行動を観察するのが限界である。動物にセンサーを取り付けたり、マーカーを塗布することで多頭の動物を追跡する方法も開発されているが、これらの作業自体が動物に影響を与える可能性が否定できない。東京大学大学院農学生命科学研究科の坂本直観学部生、村田幸久准教授らの研究グループは、深層学習(物体検出技術)を用いて、複数のマウスを撮影した動画から、特別な装置を用いることなく各マウスの重心を自動で追跡できる技術を開発した。
 本手法は、ビデオカメラ・ケージ・解析用のパソコンのみがあれば利用でき、簡便に使用することができる。さらに、マウスへの特別な処置も必要としないため、行動観察時のマウスの負担も低下させることができ、動物福祉的にも優れた方法である。本技術により動物の微細な心と体の変化を捉えられるようになると考えられる。

発表内容

図:多頭マウスを追跡する流れ
動画をフレーム画像に分割し、深層学習モデルを用いて各フレームに含まれるマウスの輪郭を検出した。フレーム間における検出されたマウス同士の類似度を計算して、各マウスにIDを付与、追跡をした。最後に、誤追跡があった箇所について半自動的に訂正を行い精度の改善を行った。その結果、高精度にマウスを自動追跡することが可能になった。(図は原著論文より引用・改変)(拡大画像↗)

【研究の内容】
 ケージ内の2から4匹のマウスを、ケージ上部に設置したビデオカメラで撮影し、次の3ステップ(1. フレーム画像に含まれるマウスの検出、2. 検出されたマウスへのIDの付与、3. 誤追跡の訂正)で追跡した(図)。いずれもプログラミング言語であるPythonを用い、コンピューター上で処理した。
 動画をフレーム画像に分割し、人間が確認しながら数百枚のフレーム画像に含まれるマウスの輪郭領域をプロットしたデータを作製した。深層学習を用いてこれらのデータの特徴の学習を行うことで、人間がプロットしていないフレーム画像についてもマウスの輪郭領域を自動で検出できるようにした(ステップ1)。次に、検出されたマウス同士の類似度を連続2フレーム間で比較しながら、各マウスに固有のIDを付与した。これらをつなぎ合わせることで、各マウスの追跡が可能になった(ステップ2)。最後に、予測の途中でマウスを見逃してしまったケース、個体のIDが入れ替わってしまったケースに対応するため、これらを半自動的に検出・修正する仕組みを適用し、精度の改善を行えるようにした(ステップ3)。
 確立したシステムにより、2から4匹のマウスを高い精度で自動追跡することができた。

【結論と意義】
 本研究によって、深層学習を用いて多頭のマウスを自動追跡できる方法が確立できた。本技術はヒトが動物の心を読む手助けとなるものであり、動物実験の効率化につながることが期待される。
 現在、自閉症や認知症をはじめとした中枢性疾患の患者数が増加しており、適切な治療法の開発が求められている。これらの疾患は対人関係や社会性にも変化がみられるが、動物モデルにおいてそれらを適切に評価できる方法が少ない。今回確立した技術により、集団生活における動物の心と体の微細な変化を捉えることができれば、ヒトの中枢性疾患の病態解明や治療方法の開発にも大いに役立つことが期待される。

発表雑誌

雑誌名
Frontiers in Behavioral Neuroscience
論文タイトル
Marker-less tracking system for multiple mice using Mask R-CNN
著者
Sakamoto N, Kakeno H, Ozaki N, Miyazaki Y, Kobayashi K, Murata T.
DOI番号
10.3389/fnbeh.2022.1086242
論文URL
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnbeh.2022.1086242/full

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医薬理学研究室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注 深層学習
     脳の神経回路を模した数理モデルの一種で、画像や音声認識など様々な分野で功績を残している人工知能(AI)技術。深層学習を用いた物体検出技術もその1つであり、顔認識技術や自動運転技術などへ応用されている。