発表者
羽田 泰彬(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 博士課程)
熊谷 朝臣(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 教授)
清水 貴範(国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 水保全研究室長)
宮沢 良行(九州大学キャンパス計画室 学術推進専門員)

発表のポイント

  • 日本の森林の代表的樹種であるスギの森林スケールの光合成・蒸散速度を年間を通じて観測しました。
  • 一枚の葉の光合成反応から森林と大気との間での二酸化炭素の乱流拡散までを再現する精緻なコンピュータ・シミュレーションモデルを作り、観測データと比較しました。
  • シミュレーションモデルによる計算実験で、スギ林の二酸化炭素吸収のメカニズムが明らかになりました。例えば、冬に葉の光合成能力が落ちるのは、年間を通じてスギ林の生産性を保つためには必要不可欠であることを解明しました。

発表内容

図1 森林内に立つフラックス観測タワーと渦相関法フラックス計測システム。森林上空を流れる風は3次元的に様々なサイズの渦を含む。これらの渦の内、熱・H2O・CO2を含む空気の垂直方向成分の動きを捉え、大気-森林間でやり取りされる熱・H2O・CO2フラックスを計測する。(拡大画像↗)


図2 森林上空におけるH2O・CO2フラックスのシミュレーションモデルの模式図。太陽放射、森林上空の気温、湿度、CO2濃度、風速の気象データと葉の気孔開閉や光合成能力に関する植物生理学パラメータを入力として、葉一枚のエネルギー収支・光合成・蒸散速度、森林内のH2O・CO2の乱流拡散、温湿度・H2O・CO2フラックス分布の計算を通じ、結果として、森林上空におけるH2O・CO2フラックスを出力する。葉の中における光合成機作の生化学反応プロセスが精緻にシミュレートされる。(拡大画像↗)


図3 スギ林上空で計測されたCO2・H2Oフラックスの通年データ(日変化の月平均値(濃灰色実線)とその標準偏差(薄灰色影))をシミュレーションモデル(図2)で再現することを試みた。シミュレーション結果は〇、●、✕で示されている。葉の光合成能力と葉量、葉内窒素含量の鉛直方向減衰率が季節変化するという仮定(〇)の再現性が最も高く、これら葉の季節特性を考慮しない場合(●、✕)では、特に冬季の再現性が低かった。(拡大画像↗)

 日本の全国土面積の12%が、たった1種の樹木「スギ」に覆われています。近年、森林の炭素隔離能力や水源涵養機能が注目を集めています。このような森林の能力を発揮させるための森林管理に大いなる期待が寄せられており、人工林の代表的樹種であるスギは、間違いなく、その主役となります。そこで、東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻の大学院生羽田泰彬と熊谷朝臣教授、清水貴範室長(森林総合研究所水保全研究室)、宮沢良行学術推進専門員(九州大学キャンパス計画室)のグループは、スギ林について、そのような森林管理法の策定のために必要となる基礎研究を行いました。
 まず、大気と森林との間で、森林スケールで二酸化炭素(CO2)と水蒸気(H2O)が、どれくらい、どのようにやり取りされているのかを明らかにしました。本研究では、熊本県山鹿市の鹿北試験地流域のスギ林で、森林総合研究所が長年に渡って観測してきたデータを用いました。この観測では、50 m高の森林タワーに据え付けられた渦相関法フラックス計測システムにより森林上空のCO2・H2Oフラックス(注1)を30分毎に計測しました(図1)。このCO2・H2Oフラックスは、森林スケールでの光合成速度・蒸散速度を意味します。そのため、次に、CO2・H2Oフラックスがどのように形成されるのかを調べました。森林スケールの光合成・蒸散は、一枚の葉で行われる光合成・蒸散の集まりですので、私たちは、一枚の葉のスケールでの植物生理学的な性質と、森林全体での葉量の時空間分布を計測しました。そして、この一枚の葉の振る舞いとその集まりが、どのように森林上空のCO2・H2Oフラックスを形成するのかを探るために、コンピュータ・シミュレーションモデルを作成しました(図2)。
 シミュレーションモデルは、一年間に渡る30分毎CO2・H2Oフラックス変化の観測データを良好に再現することができました(図3)。一方、ヘクタール当たりの年間炭素吸収量・蒸散量は、観測値でそれぞれ5.6炭素トン・875 mm、計算値で7.5炭素トン・884 mmとなりました。年間総吸収量の推定には、なお若干の検討が必要な結果となりました。この再現シミュレーションの過程で、年間を通じてほとんど葉の光合成能力や葉量が変化しないように見える常緑針葉樹のスギであっても、実は、その季節変化、特に冬の低温による光阻害(注2)に対する防御機構を考慮しなければならないことが分かりました。スギ林が森林全体として、「どのように光合成しているのか?」を調べたシミュレーション結果では、冬に葉の光合成能力を低下させるのは、年間を通してスギ林の生産を保つためには必要不可欠な事であることが明らかにされました。

発表雑誌

雑誌名
Ecological Modelling
論文タイトル
Implications of seasonal changes in photosynthetic traits and leaf area index for canopy CO2 and H2O fluxes in a Japanese cedar (Cryptomeria japonica D. Don) plantation
著者
Yoshiaki Hata*, Tomo’omi Kumagai, Takanori Shimizu, and Yoshiyuki Miyazawa
DOI番号
https://doi.org/10.1016/j.ecolmodel.2022.110271
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0304380022003696

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻
森林生物地球科学研究室 教授 熊谷 朝臣(くまがい ともおみ)
Tel: 03-5841-8226 
E-mail: tomoomikumagai <アット> gmail.com
<アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 フラックス
     一般に単位面積当たり・単位時間当たりの物質移動量を意味する。例えば、面積m2当たり・毎秒sの二酸化炭素物質量µmolの移動速度µmol / m2 / sは最も一般的なCO2フラックスの表現である。
  • 注2 光阻害
     葉緑体でのエネルギー消費を上回る光エネルギーが供給されたときに生じる葉緑体の損傷のこと。気孔が閉じたり、低温条件下において、光合成能力が低下した時に起きる。