「多細胞生物」である糸状菌の細胞どうしをつなぐ穴を 制御する多数の因子を発見 ――糸状菌の形態機能の獲得にともなう遺伝子進化を解明――
- 発表者
- モハンマド アブドゥラ アル マムン(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 日本学術振興会外国人特別研究員)
曹 巍(農研機構 農業情報研究センター 上級研究員)
中村 周吾(東洋大学 情報連携学部 教授)
丸山 潤一(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 特任教授)
発表のポイント
- 糸状菌(カビ)は多細胞であり、細胞と細胞を仕切る壁に空いた小さな穴「隔壁孔」を介して細胞間連絡を行っています。
- 糸状菌に特異的に存在する機能未知遺伝子に対して、網羅的な局在および機能解析による大規模スクリーニングの結果、細胞間連絡を制御する多数の因子を発見しました。
- 糸状菌の細胞間連絡の新たな制御メカニズムを解明したとともに、多細胞での細胞間連絡の獲得にともなう遺伝子進化を明らかにしました。本研究の知見により、糸状菌の形態的特徴にもとづいた産業利用における機能改変や病原性防御への利用が期待されます。
発表概要
糸状菌(カビ)は多細胞であり、細長い細胞が「隔壁」により仕切られて連なった菌糸を伸ばして生長しています。隔壁には「隔壁孔」と呼ばれる小さな穴があき、これを介して隣り合う細胞どうしが連絡しています。この細胞間連絡は、動物・植物のような多細胞生物として共通する性質であり、真核生物のなかでもっとも単純な構造で始原的な細胞間連絡と言えます。糸状菌の細胞間連絡の制御メカニズムについては、糸状菌特異的なオルガネラWoronin body(オロニン小体、注1)が物理的にふさいで遮断するという程度の知見のレベルでした。
東京大学大学院農学生命科学研究科の丸山潤一特任教授らの研究グループは東洋大学情報連携学部の中村周吾教授らと共同して、細胞間連絡を制御する因子を探索しました。最初に、多細胞の糸状菌に特異的に存在する機能未知遺伝子を選択し、網羅的な細胞内局在解析を行いました。そのうち隔壁に局在するタンパク質の機能を調べた結果、最終的に23個もの多くの細胞間連絡の制御因子を発見しました。以上のことから、糸状菌の細胞間連絡について新たな制御メカニズムを解明したとともに、細胞間連絡の獲得にともなう遺伝子進化を明らかにしました。本研究の知見により、糸状菌の形態的特徴にもとづいた産業利用における機能改変や、病原性防御に応用されることが期待されます。
本研究成果は、2023年3月17日(英国時間)付けでNature Communications誌に掲載されました。
発表内容
図1:「多細胞生物」である糸状菌の細胞間連絡
糸状菌は菌糸状に生育し、多くの細胞が連なり「隔壁」で仕切られている(上:モデル)。隔壁の中心には小さな穴「隔壁孔」があり、隣りあう細胞どうしが連絡している(左下:電顕写真、矢頭)。隔壁の近くにはWoronin bodyが位置して(左下:矢印)、溶菌した際に隔壁孔をふさいで隣の細胞に溶菌が伝播するのを防いでいる(右下:モデル)。
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図2:麹菌のコロニーに水をかけると菌糸が溶菌する。
溶菌した細胞とつながっている隣の細胞が溶菌の巻き添えに遭わない割合をもとに、細胞間連絡の制御を定量的に評価する実験系を構築した。
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図3:糸状菌の細胞間連絡を制御する因子の大規模スクリーニング
多細胞で隔壁孔をもつ糸状菌と単細胞で隔壁孔をもたない酵母について、比較ゲノムにより糸状菌に特異的に存在するタンパク質を選択した。網羅的な細胞内局在解析を行い、下の写真で示すように隔壁に局在するタンパク質を多数見いだした。
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図4:糸状菌の細胞間連絡を制御する因子の細胞内局在部位
発見した23個の細胞間連絡を制御する因子(SPPタンパク質と命名)について、それらの細胞内局在部位を図に示した。
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図5:菌類の形態進化と細胞間連絡に関与する遺伝子の分布
菌類は菌糸形態の発生に始まり、「隔壁」の形成による多細胞化、そこに空いた小さな穴「隔壁孔」を介した細胞間連絡を発達させた。本研究で発見した糸状菌の細胞間連絡を制御する23個の因子について、菌類での分布と相同性を青色の濃淡で示した。
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糸状菌(カビ)には、醸造発酵や酵素・医薬生産など産業的に有用なものがある一方で、ヒトや農作物に病原性をもつものなど、多様な種から構成される微生物です。これらの形態的特徴として、菌糸状に生育し、「隔壁」により仕切られた細長い細胞が連なる多細胞生物として生育することが挙げられます。隔壁には「隔壁孔」と呼ばれる小さな穴があき、これを介して隣接した細胞どうしが連絡しています(図1)。この糸状菌の細胞間連絡は、動物のギャップ結合や植物の原形質連絡のような多細胞生物として共通する特徴であり、真核生物のなかでもっとも単純な構造で始原的な細胞間連絡と言えます。
一方で、ある細胞が損傷して溶菌した場合、隔壁孔を介して連絡している隣の細胞が溶菌の巻き添えに遭うリスクがあります。糸状菌の隔壁孔を介した細胞間連絡においては、Woronin bodyが隔壁孔を物理的にふさぐことが知られています(図1)。しかし、これ以外の知見は断片的であり、細胞間連絡の制御機構の全貌を説明するに至っていませんでした。
本研究グループはこれまでに、日本の伝統的醸造産業に使用される麹菌での研究で、固体培養(注2)のコロニーに水をかけると先端細胞が溶菌することを発見しました(図2、東京大学大学院農学生命科学研究科 研究成果2013年1月4日)。これを利用して、隣の細胞が溶菌の巻き添えに遭わない割合をもとに、細胞間連絡の制御を定量的に評価する実験系を構築していました。
本研究では麹菌を用いて、多細胞である糸状菌に特異的に存在する機能未知タンパク質から、細胞間連絡の制御に関与する因子を探索することにしました(図3)。麹菌の12,000を超える全遺伝子を対象とした比較ゲノム解析により、単細胞で隔壁孔をもたない酵母で存在しないまたは相同性が低い、糸状菌特異的に存在する遺伝子を選択しました。そのうちの機能未知遺伝子767個を対象に、網羅的な細胞内局在解析を行いました。その結果、62個のタンパク質が隔壁に局在することを見いだしました。これらをコードする遺伝子を破壊した結果、23個の遺伝子破壊株で溶菌の巻き添えに遭う細胞が増加したことから、細胞間連絡の制御に異常があることがわかりました。以上の大規模なスクリーニングにより、糸状菌の細胞間連絡を制御する因子を23個も発見しました。これらの因子は隔壁孔や隔壁の近くに局在、もしくは溶菌した際に隔壁孔に集合することで、Woronin bodyが物理的にふさぐ以外にできない、細胞を完全に修復するための機能を果たすと考えられました(図4)。
以上で発見した因子について進化の過程でどのように獲得されたかを知るため、菌類における分布を調べました(図5)。その半数は、隔壁孔をもたない酵母などの菌類にも低いながらも相同性をもつ遺伝子が存在し、糸状菌の細胞間連絡を制御するため流用され機能的に進化したと考えられました。残りの半数は、多細胞の隔壁孔を有する糸状菌のグループのみで存在しており、この糸状菌のグループが多細胞形態における細胞間連絡を獲得する過程で一連の遺伝子群を獲得したことがわかりました。
本研究により、糸状菌の細胞間連絡の新たな制御機構を解明したとともに、多細胞での細胞間連絡の獲得にともなう遺伝子進化を明らかにしました。また、産業的な利用における糸状菌の多細胞形態に着目した機能改変や、細胞損傷の修復の観点からヒト・農作物の病原性をもつ糸状菌に対する薬の開発に利用されることが期待されます。
〈関連のWeb掲載記事〉
「東京大学大学院農学生命科学研究科 研究成果“多細胞生物”麹菌の細胞と細胞をつなぐ穴を制御するメカニズムを解明-麹菌菌糸には働いている細胞と休んでいる細胞がある!」(2013/1/4)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2013/20130104-1.html
発表雑誌
- 雑誌名
- Nature Communications (3月17日オンライン公開)
- 論文タイトル
- Large-scale identification of genes involved in septal pore plugging in multicellular fungi
- 著者
- Md. Abdulla Al Mamun, Wei Cao, Shugo Nakamura, *Jun-ichi Maruyama (*責任著者)
- DOI番号
- 10.1038/s41467-023-36925-y
- 論文URL
- https://www.nature.com/articles/s41467-023-36925-y
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究B(課題番号:21H02098)」、「特別研究員奨励費(課題番号:21F21099)」の支援により実施されました。
問い合わせ先
〈研究に関する問合せ〉 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 醸造微生物学(キッコーマン)寄付講座
特任教授 丸山 潤一(まるやま じゅんいち)
Tel:03-5841-8016 E-mail:amarujun<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp
〈報道に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 総務課 広報情報担当
TEL: 03-5841-8179 FAX:03-5841-5028
E-mail:koho.a<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp
<アット>を@に変えてください。
用語解説
- 注1 Woronin body(オロニン小体)
ロシアの菌学者Mikhail Stepanovich Woroninによって1864年に初めて報告された、糸状菌に特異的に存在する細胞小器官で、発見者の名前にちなんで命名された。2000年にこれを構成するタンパク質が同定されてから、分子レベルの解析が進んでいる。Woronin bodyが隔壁孔を物理的にふさぐ機能はよく知られているものの、細胞間連絡を完全に修復するメカニズムについて、まだ解明されていない部分が多い。 - 注2 固体培養
日本の醸造における麹菌の培養で行われている、日本酒製造での蒸米などの固体上で培養をする方法。液体培養とくらべて麹菌の酵素生産性が高いことが知られている。