発表者
東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻森林植物学研究室
    久保田 将之(博士課程)
    松下 範久(准教授)
    中村 俊彦(農学特定支援員)
    福田 健二(教授)

発表のポイント

  • 富士山の亜高山帯林の林床を覆うコケ植物にはシアノバクテリア注1が着生しており、約0.9kg/ha/年の窒素固定注2を行っていることを明らかにしました。
  • 着生するシアノバクテリアは、北欧の北方林と共通の系統でしたが、北欧では2種(OTU注3)しか見つかっていないマイナーな系統に属する多くの未記載種(OTU)が見つかり、富士系統(Fuji-subcluster)と名付けました。
  • シアノバクテリアの窒素固定量はコケ茎葉体の窒素濃度と負の相関があり、コケの窒素要求量に敏感に反応していることが示唆されました。

発表内容

図1:コケが覆う林床(富士山亜高山帯のコメツガ林、標高2000m)
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図2:タチハイゴケの光学顕微鏡下での観察像。
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図3:タチハイゴケの蛍光顕微鏡下での観察像。赤く光るのがシアノバクテリア。
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〈研究の背景〉

 中部山岳地域の標高2000m付近の亜高山帯針葉樹林では、イワダレゴケやタチハイゴケを中心としたコケ植物に覆われた林床を見ることができます(図1)。また、北欧や北米の北方林の林床も両種を中心とした「フェザーモスFeather moss」と称されるコケ植物に覆われています。欧米では、フェザーモスの表面に着生しているシアノバクテリアが大量の空気中の窒素を固定し、森林に供給していることが知られています。冷涼で有機物の分解が遅く、植物が利用できる窒素に乏しい北方林において、コケ上のシアノバクテリアが固定する窒素は、森林生態系の重要な窒素源となっています。

〈研究の内容〉

 今回、私たちは均一なコケ林床が広がる富士山の亜高山帯林において、イワダレゴケやタチハイゴケにシアノバクテリアが着生しており(図2,3)、0.9kg/ha/年程度の窒素固定が行われていることを明らかにしました。この値は北欧の北方林よりも低い値でした。森林への窒素の供給が多くなるとコケで観察される窒素固定量が減少することが知られており、調査地付近における窒素沈着(主に大気汚染による窒素の供給)が多いことが原因かもしれません。着生するシアノバクテリアは北欧の北方林と共通する系統でしたが、北欧では2つのOTUしか見つかっていないマイナーな系統に属する未知のOTUが多数見つかり、富士系統(Fuji-subcluster)と名付けました。また、シアノバクテリアの窒素固定量と着生した葉の窒素濃度の間には負の相関があり、均一に見えるコケ林床においてもイワダレゴケやタチハイゴケの窒素要求量にシアノバクテリアが鋭敏に反応して窒素固定を行うことが示唆されました。

〈今後の展望〉

 今後は同様な亜寒帯針葉樹林がみられる北海道や八ヶ岳等でも調査を行っていき、大気汚染の影響が少ない場所でどれくらいの窒素固定が行われているか、コケの種類と着生するシアノバクテリアの系統の間に一貫性があるのかを明らかにしていきたいと考えています。さらに、冷温帯、暖温帯の広葉樹林やスギ人工林等の林床においてもコケ植物が優占する場所はみられますので、同様なシアノバクテリアによる窒素固定が行われているのかどうかを明らかにしていくことは、今後の気候変動下での生態系の窒素循環を知るうえでも重要です。

発表雑誌

雑誌名
Oecologia Volume 201, issue 3, 749–760ページ (オンライン版3月号、2月20日公開、表紙に研究対象地の写真が採用されています。)
論文タイトル
Nitrogen fixation and nifH gene diversity in cyanobacteria living on feather mosses in a subalpine forest of Mt. Fuji
著者
Masayuki Kubota, Norihisa Matsushita, Toshihiko Nakamura & Kenji Fukuda
DOI番号
10.1007/s00442-023-05334-9
論文URL
https://link.springer.com/article/10.1007/s00442-023-05334-9

研究助成

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 (課題番号:18H02231) の支援を受けて行われました。

用語解説

  • 注1  シアノバクテリア
     光合成をおこなう原核生物(細菌類)の一種。
  • 注2  窒素固定
     大気中の窒素からアンモニアなどの分子を合成すること。窒素は植物の生育において最も重要な養分であるが、植物は大気中の窒素分子を直接利用することができない。シアノバクテリアやマメ科の根に共生する根粒細菌など一部の微生物は窒素固定能力があり、大気中の窒素を固定して植物に供給している。生態系の生産能力を知る上で窒素固定量の把握は重要である。
  • 注3  OTU
     Operational Taxonomic Unit(操作的分類単位)の略で、DNAの特定の領域の塩基配列の類似性にもとづいて区分された生物の単位。微生物では形態から「種」を同定できないことが多いため、「種」の代わりにOTUを用いる。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
教授 福田 健二(ふくだ けんじ)
Tel:03-5841-5209
E-mail:fukuda<アット>fr.a.u-tokyo.ac.jp
<アット>を@に変えてください。