宿主内に保存されたウイルス残骸の役割を解明
発表概要
幅広い細菌群で見られる、かつて感染したウイルスの残骸であると考えられていた粒子が、細菌の細胞壁合成や微生物細胞の集団内での高浸透圧ストレス耐性に貢献していることを発見しました。つまりこの粒子は、細菌にとって有用なものとして、細菌の進化の過程で保存されてきたと考えれらます。
細菌に感染する一般的なウイルス(ファージ)の粒子は、遺伝物質を格納する頭部とそれを細菌細胞に打ち込む尾部からなります。ファージは、細菌細胞の遺伝情報の中に自らの遺伝情報を組み込み(感染)、これを宿主細菌に合成させることで増殖します。一方で、幅広い細菌群が、頭部を欠いた尾部のみのファージ粒子に似た構造体を作ることが明らかになりつつありますが、このような粒子にどのような役割があるのかは分かっておらず、それらが細菌の進化の過程で保存されてきた理由はほとんど不明のままです。
本研究では、代表的な放線菌Streptomyces lividans(S. lividans)が作るファージ尾部様粒子(SLP)の役割の一端を明らかにしました。遺伝子変異によりSLPを欠損させたS. lividansは、通常の培養条件では、その性状に明らかな変化はありませんでしたが、高い浸透圧にさらされると生育異常をきたすことを見いだしました。さらに、SLPはS. lividansの細胞内にとどまっており、特に細胞壁の合成が盛んな部位に蓄積する傾向があることも分かりました。このような局在性を決める要因を探ったところ、SLPがタンパク質合成装置であるリボソームの構成要素と相互作用し、細胞壁合成を担う重要なタンパク質とともに巨大な複合体を作っていることが示唆されました。つまり、SLPは細胞表層の構造維持に関与し、その結果としてS. lividansの浸透圧耐性に貢献していると考えられます。
本研究により、宿主生物(細菌)にとって有用なものとして、かつてウイルスだったものが獲得、保存された可能性が示されました。
発表内容
図:本研究の概要図
ユニークな糸状の細胞形態を有する放線菌が、細胞内にファージ尾部様粒子SLPを蓄積することを発見した。SLPを構成するタンパク質はファージ尾部の構成タンパク質と似ており、両者は共通祖先から進化してきたと考えられる。増殖後期において、SLPは細胞壁の合成が行われる箇所(先端・側壁)に集まり、特定のタンパク質と複合体を形成する。
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〈研究の背景〉
目に見えないほど小さな生物である細菌も、ヒトと同様にウイルスの脅威にさらされています。細菌に感染するウイルスは「ファージ」と呼ばれ、典型的なファージ粒子は、遺伝情報を格納する頭部とそれを細菌細胞に打ち込む尾部からなります。細菌細胞に付着したファージ粒子は細胞内に遺伝物質を注入し、自らの遺伝情報を宿主細菌の遺伝情報の中に組み込みます(感染)。そして、その遺伝情報をもとに宿主細胞にファージ粒子を作らせ(増殖)、特定のタイミングで細胞を破壊して細胞外に放出させます。一方で、頭部の遺伝情報を欠いたファージ様遺伝子群(ファージ粒子を構成するタンパク質をコードする遺伝子群)が、極めて幅広い細菌群で見つかっています。このような遺伝子群からは、ファージの尾部に似た非感染性の粒子のみが作られるため、かつて細菌に感染したウイルスが、宿主細菌の中で変異してその機能を失った「残骸」であるとみなされることがほとんどでした。本研究グループでは、このようなファージ尾部様粒子が細菌に保存されてきたことには、何らかの意義があるのではないかという仮説を立てて研究を開始しました。そこで着目したのは、放線菌(注1)という土壌細菌です。放線菌は、多く人類の命を救ってきた抗生物質の生産菌であると同時に、最も高度にファージ尾部様粒子が保存されている細菌群としても知られています。
〈研究の内容と成果〉
本研究チームは、代表的な放線菌であるStreptomyces lividans(S. lividans)がファージ尾部様粒子を作ることを発見し、この粒子をSLPと命名しました(図)。遺伝子操作によりSLPを作らないS. lividansの変異体を作製したところ、通常の培養条件では、その性状はSLPを作るS. lividansと同じでした。そこで、この変異体に対して、ストレスが加わるさまざまな培養条件を試したところ、高い浸透圧にさらされた際に、生育が遅延することが分かりました。SLPと浸透圧ストレス感受性の関連を探るために、SLPに蛍光タンパク質を融合してSLPの挙動を可視化できるようにしました。その結果、SLPは全ての生育段階を通じてS. lividansの細胞内にとどまり続けることが分かりました。従って、SLPに何らかの役割があるとすれば、それはS. lividansの細胞内部に関係していると考えられます。さらに詳細な観察を続けたところ、SLPの局在箇所は、増殖後期のS. lividans細胞における細胞壁(注2)の合成と相関しており、SLPを欠いた変異体では細胞壁の合成箇所が減少することも観察されました(参考図)。また、細胞壁のダメージを感知してその構造を維持するために働くタンパク質が、SLPを作るトリガーとなっていることも見いだしました。 これらの知見に基づき、SLPが細胞壁合成を担うタンパク質と何らかの相互作用をしているのではないかと考え、網羅的なタンパク質分析と詳細な相互作用解析を行いました。その結果、SLPがタンパク質合成装置であるリボソームの構成タンパク質との直接的な相互作用を介して、細胞壁合成の鍵段階を担うタンパク質と複合体を作っていることが示唆されました。これを確かめるために、リボソームに蛍光タンパク質を融合してその局在を調べたところ、増殖後期の細胞における細胞壁合成およびSLP局在との有意な相関が見られました。以上の結果から、増殖後期のS. lividans細胞の中で、SLP・リボソーム・細胞壁合成タンパク質からなる巨大な複合体が、特定の箇所に集まっていることが分かりました。加えて、SLPの欠損によりこの複合体が正常に作られなくなると、細胞表層に物理的なストレスを与える高浸透圧条件に対するS. lividansの耐性が下がってしまうことも示唆されました。微生物細胞の集団内では細胞外に放出されたさまざまな生体分子が高濃度に蓄積し、高浸透圧ストレスが生じうることを踏まえると、多種多様な細胞が密集するような自然環境でのS. lividansの生存を有利にするために、かつてはウイルスであったSLPが獲得、保存されてきた可能性があります。
〈今後の展望〉
ファージ尾部様粒子がS. lividansの細胞壁合成や高浸透圧耐性に影響を与える詳細な分子メカニズムは未だ不明です。今後は、最先端のイメージング技術や網羅的な生化学的解析技術を駆使して、そのメカニズムに迫っていく予定です。さらに、他の細菌におけるファージ尾部様粒子の機能についても研究を進め、ウイルス(寄生体)と細菌(宿主)の共存についての理解を深めます。
発表雑誌
- 雑誌名
- mSphere
- 論文タイトル
- Intracellular phage tail-like nanostructures affect susceptibility of Streptomyces lividans to osmotic stress
(細胞内ファージ尾部様構造体がStreptomyces lividansの浸透圧ストレス感受性に影響を与える) - 著者
- Toshiki Nagakubo, Shumpei Asamizu, Tatsuya Yamamoto, Manami Kato, Tatsuya Nishiyama, Masanori Toyofuku, Nobuhiko Nomura, Hiroyasu Onaka
- DOI
- 10.1128/msphere.00114-23
研究助成
本研究は、JSPS研究者養成事業、JSPS科学研究費助成事業、微生物潜在酵素寄附講座(天野エンザイム株式会社)、JST ERATO野村集団微生物制御プロジェクトの一環として実施されました。
用語解説
- 注1 放線菌
土壌などに広く存在する細菌群。カビに似た細長い糸状の細胞(菌糸)として培地上に根を張り、栄養不足などを感知すると空中に菌糸を伸ばし、そのまま球状の胞子に変化して休眠する。このユニークなライフサイクルの最中に、抗生物質や免疫抑制剤などとして利用できる多種多様な化合物を合成する。 - 注2 (細菌の)細胞壁
細菌の細胞表層の強度を維持する骨格。セルロースなどからなる植物細胞の細胞壁とは異なり、細菌の細胞壁の基本構造は網目状につながったアミノ酸と糖であり、脂質からなる細胞膜の外側に張りめぐらされている。細胞壁を失うと細菌細胞は正常な構造を保てなくなり、その状態で浸透圧などの物理的なストレスを受けると細胞の崩壊につながる。
問い合わせ先
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永久保 利紀(ながくぼ としき)
筑波大学生命環境系/微生物サステイナビリティ研究センター(MiCS) 助教
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E-mail: nagakubo.toshiki.gp[アット]u.tsukuba.ac.jp
URL: https://www.u.tsukuba.ac.jp/~nomura.nobuhiko.ge/
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