発表概要

 農研機構、東京大学、筑波大学の研究グループは、アメリカミズアブ1)幼虫の腸内細菌叢2)を含んだ飼育残渣3)を食品廃棄物に加えることで、食品廃棄物が発生する臭気を抑える技術を開発しました。本技術は、ミズアブを使った食品廃棄物の処理時に生じる悪臭の問題を解決し、ミズアブ処理による食品残渣のリサイクルの拡大と昆虫タンパク質の生産拡大に貢献します。
 アメリカミズアブ(以下、ミズアブ)は食品ロスや生ごみなどの食品廃棄物を栄養源としても発育できる昆虫です。このミズアブを家畜や養殖魚の飼料のタンパク質源として利用する技術が世界的に広がりつつあります。一方、食品廃棄物を処理する際に悪臭が発生することが、ミズアブを利用した廃棄物処理プラント建設の障害となっています。
 農研機構、東京大学、筑波大学の研究グループは、ミズアブが腸内細菌叢の力を借りて有機物を効率よく分解すること、食品廃棄物をミズアブのエサとして飼育した残渣には腸内細菌が大量に含まれることに着目しました。
 食品廃棄物でミズアブを飼育すると、ミズアブを入れないで放置する場合と比較して、悪臭の主原因である二硫化メチル4)や三硫化メチル5)等が激減しました。また、ミズアブを飼育する場合としない場合の食品廃棄物内で増殖する細菌の種類を比較したところ、ミズアブの有無により細菌の種類が大きく異なることを発見しました。ミズアブを飼育した食品廃棄物では、細菌の種数が減少する一方で、ラクトバシラス属6)とエンテロコッカス属7)の細菌の割合が大きく変化していました。以上のことから、これらの細菌が悪臭の原因となる物質の蓄積を抑え、悪臭を抑制していると考えられます。
 さらに、ミズアブの飼育残渣をエサとする食品廃棄物にあらかじめ加えることで、食品廃棄物が腐敗する際に発生する臭気を大きく抑制できることを明らかにしました。本技術によりミズアブ飼育の際に食品廃棄物から発生する臭気が抑えられ、ミズアブを利用した廃棄物処理プラントを建設する際の障壁を取り除くことができます。また、本技術は導入が容易であり、追加の投資もほとんど不要であることから、ミズアブによる食品廃棄物処理の利用拡大に大きく貢献します。
<関連情報>
予算:内閣府ムーンショット型農林水産研究開発事業「地球規模の食料問題の解決と人類の宇宙進出に向けた昆虫が支える循環型食料生産システムの開発」、運営費交付金
特許:特開2022-114817有機廃棄物の前処理法、有機廃棄物の処理方法および有機廃棄物の前処理剤

発表内容

図1 ミズアブの幼虫(左)、蛹(中央)、成虫(右)。Scientific Reports 13:4297 (2023)より。
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図2 容器あたりの幼虫数と二硫化メチル(上)、三硫化メチル(下)の発生量の関係。ミズアブ幼虫がいる食品廃棄物から発生する悪臭物質の量は激減する。
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図3 食品廃棄物中のミズアブ幼虫数と細菌叢。各行は細菌の種類、ブロックの色はその細菌が全体に占める割合を示す。赤、白、青の順に多い。
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図4 食品廃棄物に飼育使用後の残渣を加える前処理を行った場合の二硫化メチルの発生量。前処理をしない場合と比べて前処理を行った4回は発生量が抑制されている。最も効果のあった「前処理あり2」は、「前処理なし」と比べて発生量が1/7に抑制された。
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図5 ミズアブによる食品廃棄物の再資源化システムのイメージ。ミズアブ飼育槽の飼育残渣を新しい食品残渣に混合する。特許申請済み(特開2022-114817)
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開発の社会的背景

 今日、世界で生産される食料の約1/3が消費されずに廃棄されています。日本国内だけでも年間1億トンに及ぶ有機廃棄物8)が発生し、大きな社会問題になっています。一方で、魚類や家畜の飼料を確保するために、地球上の生態系にゆがみが生じるほどの資源乱獲や資源消費型の農業生産が行われています。また、これらの過程で生じる有機廃棄物の処理では、エタノール・メタン発酵や加熱焼却による最終処分が行われており、地球温暖化の原因である温室効果ガスの発生源になっています。地球温暖化を防ぐ真の持続的循環型社会の実現のためには、有機廃棄物の処理問題を解決する必要があります。
食品廃棄物を再利用する取組みは進んできていますが、有機廃棄物の効果的かつ経済性のある資源回収技術はまだ十分に確立されておらず、化石燃料を必要としないリサイクル技術はほとんどありません。この問題を解決するために、生ごみや糞尿などの有機廃棄物をよく食べて育つことのできるアメリカミズアブ(以下、ミズアブ 図1)を利用した有機廃棄物の分解・再資源化方法の開発が進められています。育ったミズアブはニワトリや養殖魚の餌として有効であり、化石燃料をほとんど必要としないリサイクル技術として産業化が期待できます。

研究の経緯

 現在、ミズアブの大量生産は、餌を平型トレーに入れて幼虫を飼育する大型の飼育装置で行われています。また、ミズアブの餌として、食品加工残渣、農業残渣等の有機廃棄物を用いており、作業の効率化や水分蒸発の促進のために、飼育容器には蓋をせずにミズアブを飼育しています。その結果、餌として与えた有機廃棄物は、雑菌の繁殖などにより腐敗し、悪臭を発生します。ミズアブを利用した廃棄物処理プラントでも、蓋を使わないため悪臭対策は容易ではありません。また、飼育作業員の労働環境という点からも、悪臭を抑える飼育技術を開発する必要があります。
 そこで農研機構らのグループは、悪臭を抑制する技術開発を試みるとともに、そのメカニズムを解明しました。

研究の内容・意義

1.食品廃棄物から生じる臭気は悪臭防止法9)で規制された特定悪臭物質を含み、カビ臭、糞便臭等として知覚されます。実験では、容器中の食品廃棄物にミズアブ幼虫を3頭または10頭を投入して7日間飼育した場合と食品廃棄物のみ放置してミズアブを飼育しない場合で臭気の成分を比較しました。その結果、特定悪臭物質の代表的成分である二硫化メチルおよび硫黄臭を放つ三硫化メチルの発生量が、ミズアブ幼虫の飼育により大幅に減少しました(図2)。
2.上記の実験後の残渣や食品廃棄物中の細菌叢を調べるために、メタゲノム解析10)を行ったところ、ミズアブ飼育により残渣の細菌叢が変化し、全体の細菌叢の多様性は減少することがわかりました(図3)。ミズアブ幼虫の腸内細菌叢に由来する細菌が、悪臭の要因となる物質の代謝・分解に関わる酵素を有するため、悪臭が抑制されたと考えられます。
3.次に、幼虫の腸内細菌叢を含んだ飼育残渣(ミズアブ幼虫の腸内細菌叢又はその糞等の処理物)を食品廃棄物(おから)に添加することで、食品廃棄物が腐敗する際の臭気の発生を最大1/7に抑制できることを明らかにしました(図4)。
4.本研究により得た発明の食品廃棄物の再資源化システムのイメージを図5に示します。食品廃棄物でミズアブ幼虫を飼育した残渣を採取し、新しく餌として与える食品廃棄物に混合します。この前処理により、食品廃棄物が腐敗して臭気を発生することを抑制しつつ、効率よく分解処理することができます。

今後の予定・期待

 食品廃棄物は住宅地や食品工場など人口が密集する地域で大量に発生し、また移動にコストがかかることから、ミズアブによる廃棄物リサイクル処理プラントは人々の生活域の近隣に設置することも想定されます。その際に処理プラントから悪臭を発生させない技術が求められています。本研究により食品廃棄物処理の最大の問題である臭気の問題が改善することから、日本において処理プラントの設置が促進されることが期待されます。
 こうして育てたミズアブは、主に魚粉に代わるタンパク質源として養殖魚の餌に利用することが可能です。研究グループでは、現在ムーンショット型農林水産研究開発事業において優良系統の育成や飼育技術の改良等を進めています。昆虫をタンパク質源とすることは、地球規模のタンパク質危機の回避や温暖化ガスの放出の縮減にも貢献するものと期待されており、ミズアブはその中でも資源循環に資する好適な有用昆虫のひとつです。今後も、日本国内において多くの処理プラントが設置できるように技術開発面で貢献します。

発表雑誌

Rena Michishita, Masami Shimoda, Seiichi Furukawa, Takuya Uehara. (2023)
Inoculation with black soldier fly larvae alters the microbiome and volatile organic compound profile of decomposing food waste. Scientific Reports 13:4297.

用語解説

  • 注1  アメリカミズアブ(ミズアブ)
     アメリカミズアブ(学名: Hermetia illucens)は、ハエ目ミズアブ科の昆虫。成虫は体長15-20mm、幼虫は体長20-28mm。原産地は北米、中米とされているが、現在は世界各地に分布している。日本には1950年頃に侵入し、本州、四国、九州等で自然繁殖している。成虫は5-9月頃に出現し、夏から秋に多い。幼虫、草や果実、動物の死体や糞などの腐敗有機物を食べるため、家庭の生ごみやコンポストから発生することもある。成虫も繁殖活動のためこれらに集まるが、口がなく餌は食べない。人や動物を刺すことはない。
  • 注2  腸内細菌
     ここではミズアブの腸の内部に生息している細菌のこと。腸内細菌はミズアブが食品残渣を消化するのを助けるほか、不要な細菌等の増殖を抑える働きなどがあると考えられる。
  • 注3  飼育残渣
     食品廃棄物等でミズアブを飼育し、幼虫を回収した後の残渣。ミズアブの食べ残しやミズアブが排出した糞尿等からなる。ミズアブの腸内細菌が大量に含まれており、これらの細菌は食品廃棄物に含まれる腐敗菌の増殖を抑えるとともに、食品廃棄物をミズアブが消化しやすい状態に発酵させていると考えられる。
  • 注4  二硫化メチル
     強い刺激臭を持つ有機硫黄化合物で悪臭防止法における特定悪臭物質に指定されている。腐敗により生じる。ジメチルジスルフィドともいう。化学式はC2H6S
  • 注5  三硫化メチル
     有機硫黄化合物の一種で玉ねぎのような刺激臭がある。腐敗により生じる。少量を香料として用いることもある。ジメチルトリスルフィドともいう。化学式はC2H6S3
  • 注6  ラクトバシラス属
     乳酸菌の代表的な属。桿菌(棒状の形状を持つ)。180種以上の種を含む。ヨーグルトの製造にも用いられる。ヒトや動物の腸内細菌としても多く生息している。
  • 注7  エンテロコッカス属
     乳酸菌の属の一種。球菌(球状の形状を持つ)。40種以上が知られる。ヒトや動物の腸内にも存在する。食品製造に用いられる種もあるが、病原性を持つものもある。
  • 注8  有機廃棄物
     産業廃棄物の中でも、生分解しやすい動植物由来の廃棄物を指す。食品等の製造工程から生じる、野菜や果物のくず、醸造かす、発酵かす、魚および獣のあら、卵殻等の固形状の不要物のほか、ふん尿・生活雑排水及びその処理過程で生じる汚泥なども含まれる。成分が動植物に由来することから養分とエネルギーを有しており、資源となる潜在力を秘めている。
  • 注9  悪臭防止法
     規制地域内の工場・事業場から排出される悪臭を規制する法律。特定悪臭物質として定められた22種類の物質と臭気指数を排出規制の対象とする。
  • 注10  メタゲノム解析
     試料に含まれるゲノムDNAを直接網羅的に解析する手法。試料中の微生物の種類や割合を直接推定できるほか、培養が不要なため培養法が不明な微生物の情報も得ることができる。

問い合わせ先

研究推進責任者:農研機構生物機能利用研究部門 所長 中島 信彦
研究担当者:
 同 昆虫利用技術研究領域 主任研究員 上原 拓也
 同 昆虫利用技術研究領域 グループ長補佐 小林 徹也
 東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 霜田 政美
 筑波大学生命地球科学研究群 准教授 古川 誠一
 同             大学院生 道下 玲奈
広報担当者:
 農研機構生物機能利用研究部門 研究推進室 笠嶋 めぐみ
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