発表者
増田曜子 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教
佐藤咲良 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 大学院生
宮本稜太 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 大学院生(当時)
髙野 諒 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 大学院生(当時)
石井勝博 新潟県農業総合研究所基盤研究部 主任研究員(当時)
白鳥 豊 新潟県農業総合研究所基盤研究部 専門研究員(当時)
大峽広智 新潟県農業総合研究所基盤研究部 主任研究員
妹尾啓史 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授

発表のポイント

  • 「稲は地力でとる」と古くから言われるように、水田における水稲の生育には土壌が有する窒素肥沃度(窒素供給力)が大きく寄与しています。窒素肥沃度維持には土壌微生物による窒素固定(大気由来の窒素ガスをアンモニアに変換して菌体に取り込む反応)が重要です。
  • 35年間、窒素肥料を施用しないで水稲を栽培し続けてきた水田および、窒素肥料を施用して水稲を栽培し続けてきた水田のいずれにおいても、私達が近年発見した鉄還元窒素固定菌が土壌で窒素固定を担っている主要な微生物であり、土壌の窒素肥沃度と水稲収量の維持に貢献していることが示されました。
  • 両土壌における鉄還元窒素固定菌の優占度と窒素固定活性、他の一般的な窒素固定菌の群集組成、土壌の窒素固定活性はいずれも同程度であり、35年間の窒素施肥(6.0 g N/m2/年)/無施肥の影響は見られませんでした。
  • 窒素養分に関しては、窒素無施肥区での毎年の水稲収量(平均4430 kg/ha、窒素施肥区の約70%にも達する)は主に鉄還元菌窒素固定に由来する土壌の窒素肥沃度に大きく支えられており、一方、窒素施肥区での水稲収量(平均6420 kg/ha)も鉄還元菌窒素固定に由来する土壌の窒素肥沃度に同程度支えられ、施肥が加わることでさらに増加したと考えられました。
  • このように、持続的水稲生産には鉄還元菌窒素固定を中心とする生物的窒素固定が大きく貢献しており、窒素固定を維持する適切な土壌管理が最少の窒素施肥での窒素肥沃度と水稲収量の維持のために重要であることを示しました。

発表内容

図1 窒素肥料長期施用/無施用試験水田(新潟県農業総合研究所、1984~)
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図2 土壌の窒素固定活性(アセチレン還元活性)の推移
  NF:窒素無施肥区、SF:窒素施肥区、ND:検出限界以下
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図3 土壌のメタゲノム解析に基づくnif遺伝子由来細菌の門レベル(A)と属レベル(B) での優占種の構成
NF:窒素無施肥区、SF:窒素施肥区
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表1 土壌における窒素固定菌の窒素固定遺伝子(nifD)転写産物のコピー数
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 生物的窒素固定は、水田土壌の窒素肥沃度と水稲の収量を維持するために重要です。鉄還元菌であるAnaeromyxobacter属とGeobacter属細菌は、私達が近年発見した、水田土壌で優占している新たな窒素固定菌です。本研究の研究対象は、長期(35年間)の窒素施肥(6.0 g N/m2/年)と窒素無施肥の試験水田(図1)です。ここでは、窒素無施肥区(443 ± 37 g/m2)において、施肥区(642 ± 64 g/m2)の約70%もの水稲収量が毎年得られてきました。そこで、長期間の窒素施肥/無施肥が生物的窒素固定に関連する土壌特性に及ぼす影響について、特に鉄還元窒素固定菌に着目して調査しました。
 その結果、土壌の化学的/生化学的性質、土壌の窒素固定活性(図2)、および窒素固定菌の群集組成(図3A)は、両区土壌で類似していました。どちらの土壌においても、AnaeromyxobacterGeobacterが最も優占している窒素固定菌でした(図3B)。それらの窒素固定遺伝子の転写産物は、土壌の窒素固定活性が高い時期に同程度のレベルで検出されましたが、他の一般的な窒素固定菌の窒素固定遺伝子の転写産物は検出限界以下でした(表1)。すなわち、両区の土壌において窒素固定は主に鉄還元菌によって駆動されていることが示されました。また、この圃場における長期的な窒素肥料の施用/無施用は、鉄還元窒素固定菌の優占度と窒素固定活性、他の窒素固定菌の群集組成、それらの結果としての土壌の窒素固定活性に影響を及ぼさないと結論されました。
 両区の土壌において主に鉄還元菌によって駆動される窒素固定は、土壌の窒素肥沃度と水稲収量の維持に大きく寄与していると考えられます。一方、大量の窒素施肥が水田土壌の窒素固定活性や窒素固定微生物群集に影響を及ぼす事例が報告されています。従って、持続的な土壌窒素肥沃度と水稲生産のためには、鉄還元菌窒素固定を含む生物的窒素固定を維持する適切な土壌管理が重要であると考えられます。

 本研究は、JSPS科研費(17H01464, 18K19165, 18K14366, 20H00409, 20H05679, 20K15423)、キヤノン財団研究助成、JST未来社会創造事業(JPMJMI20E5)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Archives of Microbiology
論文タイトル
Biological nitrogen fixation in the long-term nitrogen-fertilized and unfertilized paddy fields, with special reference to diazotrophic iron-reducing bacteria
著者
Yoko Masuda, Sakura Satoh, Ryota Miyamoto, Ryo Takano, Katsuhiro Ishii, Hirotomo Ohba, Yutaka Shiratori and Keishi Senoo*
DOI番号
doi: 10.1007/s00203-023-03631-8
論文URL
https://doi.org/10.1007/s00203-023-03631-8

問い合わせ先

妹尾啓史(せのおけいし)
東京大学大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻 土壌圏科学研究室 教授
113-8657 東京都文京区弥生1-1-1
電話:03-5841-5139 FAX:03-5841-8042
e-mail:asenoo[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
https://park-ssl.itc.u-tokyo.ac.jp/soil-cosmology/
[at]を@に変えてください。

関連教員

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