ゲノム編集を用いたイネの窒素利用効率の向上方法の開発
発表のポイント
- イネOsHHO3タンパク質は、土壌からのアンモニウムイオンの吸収を担うアンモニウム輸送体をコードする3つの主要な遺伝子の発現を抑制する転写抑制因子(注1)であることを明らかにしました。
- イネは、窒素欠乏時にOsHHO3遺伝子の発現量を低下させ、これによってアンモニウム輸送体遺伝子の発現量を上昇させて、より多くのアンモニウムイオンを吸収していることを明らかにしました。
- CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集(注2)によりOsHHO3遺伝子を破壊すると、窒素栄養が乏しい環境でも残存している若干のOsHHO3活性がなくなり、アンモニウムの吸収効率が上昇し、生育が向上し、これによって一株あたりの収量が増えることを明らかにしました。
- CRISPR/Cas9を用いてOsHHO3遺伝子を破壊することは商業栽培品種でも行うことができるので、今回、開発された方法を用いて様々なイネの商業栽培品種の窒素利用効率の向上が行われることが期待されます。
発表概要
植物は、土壌中の窒素栄養を獲得して様々な成長に必須な物質を合成して成長しています。窒素栄養の充足度は植物の成長速度や作物生産性を決定する重要な要素です。このため、農業では窒素肥料の施肥により農業生産量を高めています。しかし、一方で、窒素肥料の施肥は水環境の汚染や温室効果ガスの発生を引き起こすため、施肥量を削減しながら農業生産量を維持する、持続的な農業が求められています。今回、アグロバイオテクノロジー研究センターの柳澤教授らは、イネのOsHHO3は、土壌中のアンモニウムイオンの吸収を担うアンモニウム輸送体をコードする遺伝子の発現を抑制する転写抑制因子であることを発見しました。さらに、CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集によりOsHHO3遺伝子の機能を欠損させると、窒素栄養が乏しい環境での生育が向上し、収量も増加することを明らかにしました。OsHHO3遺伝子の発現量はイネ品種間で異なっていますが、今回、ゲノム編集に用いられたイネ品種(日本晴)は、OsHHO3遺伝子の発現量が多いイネ品種ではないことから、ゲノム編集を用いてOsHHO3遺伝子を欠損させることで窒素栄養の吸収力を高める方法は、窒素利用効率を向上させる方法として、様々な商業栽培品種に応用可能であると考えられます。したがって、本研究の成果は、窒素利用効率が高いイネ商業栽培品種の作出の契機となることが期待されます。
発表内容
植物は、土壌中の窒素栄養を吸収して、アミノ酸など、様々な窒素を含む生体物質を生合成して成長します。植物は窒素欠乏状態になると、窒素栄養の吸収に関わる遺伝子の発現を促進することで窒素栄養の吸収効率を高めるなど、種々の窒素欠乏応答を示します。イネは、主に土壌中のアンモニウムイオンを窒素源としており、3つの主要なアンモニウム輸送体遺伝子の産物が土壌からのアンモニウムイオンの吸収を担っています。アグロバイオテクノロジー研究センターの柳澤教授らは、以前に、イネの窒素欠乏応答を制御する重要転写因子候補としてOsHHO3タンパク質を同定していましたが、今回、OsHHO3は3つの主要なアンモニウム輸送体遺伝子の発現抑制因子であること、窒素欠乏になるとOsHHO3遺伝子の発現が低下し、これによって3つのアンモニウム輸送体遺伝子の発現が上昇してアンモニウムイオンの吸収が促進されることを明らかにしまた。さらに、CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集によりOsHHO3遺伝子を欠損させると、窒素栄養が少ない環境でもOsHHO3遺伝子が若干発現していることに由来するアンモニウム輸送体遺伝子の発現抑制が消失し、アンモニウムイオンの吸収活性が上昇することを明らかにしました。また、OsHHO3遺伝子を欠損させると、窒素栄養が少ない環境での生育が向上し(図1)、1株あたりの籾数が増加すること(図2)を明らかにしました。窒素栄養が少ない環境におけるOsHHO3遺伝子の発現量はイネ品種間で異なっており、OsHHO3遺伝子の発現量が多い品種は窒素栄養が少ない環境に弱いことも明らかにしました。今回、ゲノム編集に用いられたイネ品種(日本晴)は、OsHHO3遺伝子の発現量が多い品種ではなく、日本晴におけるOsHHO3遺伝子の発現量は他の多くのイネ品種における発現量と同等だったことから、CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集によりOsHHO3遺伝子を欠損させることで窒素栄養の利用効率を高める方法は、多くの商業栽培品種に応用可能であると考えられます。
図1:窒素欠乏土壌で生育させたOsHHO3欠損株とOsHHO3過剰発現株
図2:通常土壌と窒素欠乏土壌で栽培した一株のイネから得られた全籾
発表者
刘 可馨 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻大学院生:当時)
櫻庭 康仁 (東京大学大学院農学生命科学研究科アグロバイオテクノロジー研究センター 准教授)
大槻 並枝 (東京大学大学院農学生命科学研究科アグロバイオテクノロジー研究センター 学術支援職員)
楊 麥倫 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻大学院生)
植田 佳明 (東京大学生物生産工学研究センター、日本学術振興会特別研究員:当時)
柳澤 修一(東京大学大学院農学生命科学研究科アグロバイオテクノロジー研究センター 教授)
発表雑誌
- 雑誌
- Plant Biotechnology Journal (2023年8月24日にオンライン公開)
- 題名
- CRISPR/Cas9-mediated elimination of OsHHO3, a transcriptional repressor of three AMMONIUM TRANSPORTER1 genes, improves nitrogen use efficiency in rice
- 著者
- Kexin Liu, Yasuhito Sakuraba, Namie Ohtsuki, Mailun Yang, Yoshiaki Ueda, and Shuichi Yanagisawa
- DOI
- 10.1111/pbi.14167
- URL
- https://doi.org/10.1111/pbi.14167
用語解説
- 注1 転写抑制因子
転写とは、DNA配列を基に対応するRNAを合成することです。転写量の調節は遺伝情報の発現制御の主要なステップで、遺伝子の転写を抑制する因子は転写抑制因子と呼ばれます。 - 注2 CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集
ゲノム編集とは特定の遺伝子のDNA配列を選択的かつ意図的に変化させることです。CRISPR/Cas9はゲノム編集によく用いられる遺伝子改変ツールで、部位特異的ヌクレアーゼ活性を持ち、二本鎖DNAを切断します。DNAの二本鎖切断が起こった時の修復過程でしばしばDNAの変異が起こります。CRISPR/Cas9システム関連遺伝子の挿入部位とゲノム編集部位は異なっているため、ゲノム編集後にCRISPR/Cas9システム関連遺伝子を取り除くことが可能です。CRISPR/Cas9システム関連遺伝子が取り除かれた後のゲノム編集植物は、自然突然変異によって生み出された植物と区別することができません。
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター
教授 柳澤 修一(やなぎさわ しゅういち)
Tel:03-5841-3066
E-mail:asyanagi[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
※[アット]を@に変えてください。
関連教員
櫻庭 康仁
柳澤 修一