発表のポイント

  • アカモズとモズの繁殖地において、両種の特徴を併せ持つオス(推定交雑個体)を1個体確認し、モズのメスとの繁殖(戻し交配)を初確認しました。
  • 遺伝子、形態、羽衣、鳴き声を比較した結果、推定交雑個体はアカモズとモズの交雑個体(F1かどうかは不明)と結論付けられました。
  • 母系はモズと推定されましたが、これはアカモズ側で個体数が少なく、性比がオスに偏っていることと矛盾がなく、アカモズのオスとモズのメスの間で交雑が起きている可能性を示唆しました。
  • 調査地域はアカモズの個体数が最も少ない地域であり、交雑個体は通常生存に適さないため、その存在は個体数減少の一因となっている可能性があります。
  • 両種はモズ類の中でも非常に近縁であり、交雑は稀な現象ではない可能性が示唆されたことから、両種の間で遺伝子浸透が起きている/いた可能性があり、本研究は進化学的な側面からも重要な発見となります。

研究概要図

発表概要

 山梨県富士山科学研究所自然環境・共生研究科の水村春香研究員(研究当時 東京大学大学院農学生命科学研究科)と東京大学大学院農学生命科学研究科の久保田耕平教授、国立科学博物館動物研究部の西海功研究主幹、長野県諏訪市の今西貞夫氏、我孫子市鳥の博物館学芸員・九州大学大学院地球社会統合科学府の望月みずき氏、慶應義塾大学自然科学研究教育センターの樋口広芳訪問教授らの共同研究チームは、富士山麓においてアカモズ(亜種アカモズ:「種の保存法」にもとづく国内希少野生動植物種)とモズの繁殖状況調査中に野外観察からではどちらとも判別のつかない両種の特徴を持ち合わせたオス1個体を発見し、遺伝子、羽衣、形態、声紋を調べることでアカモズとモズの間にできた交雑個体であることを初めて明らかにしました。さらに、その個体はモズのメスと繁殖し、産卵された卵の胚発生までを確認しました。このことは、交雑個体の戻し交配が起きていること、その子孫には繁殖能力があることを示しています。具体的には、アカモズとモズ、推定交雑個体の遺伝子解析の結果、アカモズとモズ両種の塩基を持ち合わせていることを確認し、羽衣(外見的特徴)や形態(翼の長さや体重など)にも、両種の特徴がモザイク状に現れていました。推定交雑個体の鳴き声は音の長さがモズに類似していました。推定交雑個体の母系はモズとされ、F1個体(雑種第一代)かどうかは不明です。この結果は調査地域でアカモズの性比がオスに偏っていることと矛盾せず、メスを獲得できなかったアカモズのオスがモズのメスと繁殖していたことを示唆します。絶滅危惧種は性比が偏りやすい傾向があり、生存に適さない個体が生じる交雑の機会が増えることから、性比のモニタリングは個体群の未来を予測するためにも非常に重要です。また、戻し交配(注1)が起きていたことから、両種の間で遺伝子浸透(注2)が起きている/いた可能性は否定できず、両種の進化学的側面からも重要な発見となります。

発表内容

研究の背景

 異種間交雑は分類学、種の概念、進化や保全の観点から長年にわたり研究対象とされてきました。交雑は、2種のうち片方の種の個体数が少ない場合、起こりやすいとわかっています。また、交雑個体は通常繁殖能力がないか、生存は難しいので、その存在は親種の個体数減少につながる可能性があります。一方交雑が継続して起きた場合、遺伝子浸透が起こる場合があり、それは適応的な特性の獲得や種分化に貢献することが明らかになっています。木の枝に昆虫などを刺しておく「はやにえ」をすることで知られるモズは全国的に分布するのに対し、その近縁種アカモズは局所的にしか分布せず2021年には国内希少野生動植物種(注3)に指定された希少種です。両種は同所的に繁殖しますが、交雑例はこれまでにありません。そのような中、研究チームは2020年に観察ではどちらの種か判別がつかない個体を確認し、その個体が本当にアカモズとモズの交雑個体なのかを遺伝子、羽衣、形態、声紋から総合的に検討しました。

研究成果

 調査は2020年に富士山麓の1地域でおこないました(詳細な地名は希少種繁殖地保全の観点から明記しません)。当地では2017年から、アカモズとモズのモニタリングを行っています。現地で捕獲した推定交雑個体とアカモズ、モズのDNAサンプル、国立科学博物館所蔵の両種のDNAサンプル、長野県における両種の形態計測値、調査地域及び長野県で録音できた両種の音源および、webデータベースに掲載されているアカモズとモズの音源を解析に使用しました。遺伝子解析の結果、ミトコンドリアCOI遺伝子領域(注4)では29か所の変異を確認し、そのうち25か所が推定交雑個体とモズで一致していたのに対し、推定交雑個体とアカモズ間ではほとんど一致していませんでした。この結果から、推定交雑個体の母系はモズであると推定されました。また、核遺伝子(注5)について解析した結果、1領域では17か所の変異を確認し、そのうち6か所で推定交雑個体はアカモズとモズの塩基を1個ずつ持ち合わせていました(ヘテロ接合)。以上から、本個体はアカモズとモズの交雑個体であると推定しました。
 羽衣は、それぞれの種の特徴がモザイク状に現れており、推定交雑個体の初列風切羽にある白斑や脇腹の模様はモズ的でしたが、頭頂部の赤褐色や胸や喉の白さはアカモズ的でした。形態については統計解析の結果、推定交雑個体はモズと比較して、嘴の長さ(全嘴峰長)などが有意に短いことが示されましたが、アカモズと比較すると嘴の長さなどが有意に長いことが示されました。鳴き声を解析した結果、両種間で有意差が見られたのは音の長さのみで、推定交雑個体のそれはモズに類似していました。以上より、推定交雑個体が両種の雑種であると判断しました。
 アカモズと他のモズ類での異種間つがいの観察例は知られていますが、本研究は初めてアカモズとモズ間での異種間交雑から生まれた、繁殖可能な個体を確認しました。この異種間つがいの観察例は長野県でも生じていたことから、このような交雑は稀な現象ではない可能性があります。この個体は2019年生まれと推定されましたが、調査地域ではアカモズの独身オスの割合が60%以上と高い年があり、多くのオスがメスとつがいになれていなかったことが示されています。一方モズではこのような独身オス割合の高さは認められませんでした。したがって、アカモズのオスとモズのメス間でつがい形成している可能性があり、アカモズでの偏った性比が交雑の一因となっていた可能性があります。

今後の展開

 今回戻し交配が起きており、交雑個体は繁殖能力を持っていました。このような交配が継続し、それが適応的ではなかった場合、個体数が少ないアカモズ側で遺伝的な独立性が失われる可能性が高いと考えられます。本地域のアカモズは国内で最も個体数が少ない集団であり、生息環境の悪化のみならず、個体群の構造や交雑という問題が地域絶滅へ拍車をかけると考えられます。さらにこのような交配は、遺伝子浸透がアカモズとモズ間で起きている/いた可能性を否定できません。遺伝子浸透は新しい遺伝的系統の発生や絶滅した個体群の特徴、適応的な特性を引き継ぐ重要な事象であり、近年鳥類やヒトも含め多く報告されています。非常に近縁でかつ、十分に明らかにされていないアカモズとモズの進化的背景を探るうえで、広域でのより詳細な遺伝的研究が必要です。また、アカモズは2019年時点で国内にわずか149つがいしか繁殖しておらず、最近はさらに減少が進んでいます。辛うじて残っている地域個体群では、その持続性を評価するうえで性比にも注視していくことが重要です。
 なお、本研究は公益財団法人粟井英朗環境財団、JSPS科研費(JP21J13659)からの助成を受けたものです。

発表雑誌

雑誌
Biological Journal of the Linnean Society(オンライン版:2023年10月7日)
題名
Hybridization and backcrossing between the endangered Brown Shrike (Lanius cristatus superciliosus) and the common Bull-headed Shrike (L. bucephalus)
著者
Haruka Mizumura*, Kôhei Kubota, Isao Nishiumi, Sadao Imanishi, Mizuki Mochizuki, Hiroyoshi Higuchi
URL
https://doi.org/10.1093/biolinnean/blad117

研究助成

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号: JP26252020、JP18H02122、JP17K07711、JP20K05781、JP19H05685、JP16H06279)、A3 Foresight Programの支援を受けて行われました。

用語解説

  • 注1 戻し交配
     交雑によって生まれた子に対し、その片方の親を交配すること。ここでは親個体ではなく親種との戻し交配を意味する。
  • 注2 遺伝子浸透
     交雑個体と親種との戻し交配によって交雑が繰り返され、一方の集団内に他方の遺伝的特徴が混入していくこと。
  • 注3 国内希少野生動植物種
     絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)に基づき、国内に生息・生育する絶滅のおそれのある野生生物のうち、人為の影響により存続に支障をきたす事情が生じていると判断される種(または亜種・変種)。令和5年1月現在、442種が指定されている。
  • 注4 ミトコンドリアCOI遺伝子領域(
     真核生物の細胞質にあるミトコンドリアが持つ遺伝子のうち、エネルギーを産生する酵素をつくるための遺伝子領域のこと。動物種の識別に一般的に利用される。
  • 注5 核遺伝子
     真核生物の細胞核に含まれる遺伝子のこと。

問い合わせ先

<本研究に関するお問い合わせ>
山梨県富士山科学研究所研究部自然環境・共生研究科
研究員
水村 春香(みずむら はるか)
TEL:0555-72-6193
E-mail:hmizumura[アット]mfri.pref.yamanashi.jp

山梨県富士山科学研究所 広報・交流担当
小笠原 輝(おがさわら あきら)
TEL:0555-72-6206
E-mail:ogasa[アット]mfri.pref.yamanashi.jp

※[アット]を@に変えてください。

関連教員

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