発表のポイント

  • 北海道知床半島では、2000年より人工林でヒグマがセミ幼虫を捕食するようになった。
  • ヒグマの掘り返しが、樹木の成長を低下させることを発見。
  • 人間が改変した生息地では、野生動物の生態的役割が原生自然とは異なることを示唆。

本研究の概略図:2000年以前、ヒグマは夏に天然林で草本を食べていた(図左)。
2000年以降、人工林でセミ幼虫を掘って食べるようになり、樹木の成長に影響するようになった(図右)。
(イスキュル・小泉絢花氏作成)

発表内容

発表概要

 高知大学農林海洋科学部の富田幹次助教と東京大学大学院農学生命科学研究科の日浦勉教授は、北海道知床半島において、ヒグマによる掘り返し*1が樹木の成長を低下させることを明らかにしました。 近年、一部の大型哺乳類は人為景観*2へ分布を広げています。そのため、人為景観における大型哺乳類の生態的役割の理解が必要です。北海道知床半島では、シカの採食圧によって草本層が激減した2000年よりヒグマが人工林を盛んに掘り返してセミ幼虫を食べるようになりました。本研究では、人工林を含む人為景観でのヒグマの生態的役割を明らかにするために、ヒグマの掘り返しが樹木の成長に及ぼす影響を調べました。その結果、ヒグマの掘り返しは主に葉の窒素濃度の減少を介して樹木の成長を低下させていることが明らかになりました。本研究は、人工林の造成はヒグマの行動を変えることを通して、彼らが生態系で果たす役割も変えたことを示唆します。人為景観での野生動物の役割は、原生自然*3との行動や生態の違いを考慮しながら評価していく必要があります。

(左)カラマツ林でセミ幼虫を掘り返しているヒグマ親子
(右)ヒグマに掘り返されたカラマツ林

背景

 ヒグマのような大型哺乳類は、捕食者や生態系エンジニア*4として生態系の中で重要な役割を果たしています。これまでの研究の多くは、保護区のような人間が改変していない生態系で実施されてきました。近年、一部の大型哺乳類は人間が改変した生息地へ分布を広げています。しかし、人為景観における大型哺乳類の生態的役割の理解は進んでいません。大型哺乳類は行動を柔軟に変えながら人為景観に順応しているため、行動の変化によって新たな生態的役割を持つようになっている可能性があります。
 北海道知床半島に位置する幌別―岩尾別地域は、過去の開拓や生態系再生活動によって人工林と耕作放棄地、天然林などの入り混じった人為景観を形成しています。この地域では、シカの採食圧によって草本層が激減した2000年より、ヒグマが林床にササが生えていない人工林を盛んに掘り返してセミ幼虫を食べるようになりました(上写真)が、天然林では未だほとんど掘り返しが見られません。このことは、造林という人為的な生息地改変がヒグマの行動を変えたことを示唆します。本研究では、人為景観における大型哺乳類の生態的役割についての理解を深めるために、ヒグマの掘り返しが森林の基盤種である樹木の成長に及ぼす影響を調べました。

研究内容

 ヒグマはトドマツ人工林・アカエゾマツ人工林と比べて、カラマツ人工林を最も頻繁に掘り返すため、掘り返しが見られるカラマツ林と、その近くの掘り返されてないカラマツ林に100m2プロットを5ペア設定しました。各プロットから土壌、カラマツの葉と年輪を採取しました。その後、土壌養分、細根バイオマス、葉形質、年輪データを掘り返しの有無で比べました。年輪解析の結果、掘り返しによって2000年から樹木の成長を悪化させていることが示され、土壌の窒素利用可能量とカラマツの細根バイオマス・葉の窒素濃度を低下させることが示唆されました。また、掘り返しによる土壌水分の低下も示されていましたが、樹木の水分ストレス指標(LMA、炭素安定同位体比)には影響していなかったため、樹木への悪影響は、窒素利用可能量の低下によって引き起こされていると考えられました(下図)。

図の説明:赤い実線は有意な(P<0.05)正の効果、青い実線は有意な負の効果、灰点線は有意な影響がない経路を意味する。掘り返しは葉窒素濃度の減少を介して直径成長に負の影響を与えていることが示唆された。

大型哺乳類の保全と管理への示唆

 本研究は、人工林の造成はセミ幼虫掘りというヒグマの新しい行動を生み出したことで、彼らが生態系で果たす役割も変えてしまったことを示唆します。大型哺乳類の生態的役割は保護区や自然公園など原生自然で研究されており、人為景観でもこれらの知見が適用できるかは検討されていませんでした。人為景観で人間と軋轢を起こすことが多い大型哺乳類の保全や管理を考える際、彼らの生態的役割の知見は非常に重要です。人為景観では原生自然とは違った役割を果たしている可能性を考慮して、大型哺乳類の保全や管理方針を決めていく必要があります。

発表雑誌

雑誌
Ecology
題名
Brown bear digging decreases tree growth: implication for ecological role of top predators in anthropogenic landscapes.
(ヒグマの掘り返しは樹木の成長を低下させる:人為景観における頂点捕食者の生態的役割への示唆)
著者
富田 幹次1日浦 勉2 (1高知大学農林海洋科学部 、2東京大学大学院農学生命科学研究科)
DOI
10.1002/ecy.4266

研究助成

 本研究は、学術変革(A)「デジタルバイオスフィア:地球環境を守るための統合生物圏科学(課題番号21H05316)」などの支援を受けました。

用語解説

  • 注1 掘り返し
     「掘り返し」という単語自体は、営巣など捕食以外の目的でも使われますが、ここでは「セミ幼虫を捕食するための掘り返し行動」という意味で使います。
  • 注2 人為景観
     ここでは道路や人工林といった人間が生み出した構成要素を含む景観を意味します。
  • 注3 原生自然
     ここでは人工的な構成要素を含まない景観を指します。
  • 注4 生態系エンジニア
     ビーバーやサンゴのような、生息地を作り出したり、環境を変えたりすることで他の生物に影響する種。地面を掘り返す哺乳類は、影響力の大きい生態系エンジニアとして知られています。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
高知大学農林海洋科学部 助教 富田 幹次(とみた かんじ)
Tel: 088-864-5204 E-mail: tomita[アット]kochi-u.ac.jp 
東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 日浦 勉(ひうら つとむ)
Tel: 03-5841-8207 E-mail: hiura[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

(報道に関する問合せ)
高知大学総務部総務課広報室 
Tel: 088-844-8643 Fax: 088-844-8033 E-mail: kh13[アット]kochi-u.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
Tel: 03-5841-8179  Fax: 03-5841-5028  E-mail: koho.a[アット]gs.mail.u-tokyo.ac.jp

※[アット]を@に変えてください。

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