発表のポイント

  • 臨床症状が現れない潜在性子宮内膜炎は、乳牛の生産性や繁殖成績を低下させて畜産農家に経済的損失をもたらしますが、早期診断ができません。
  • 潜在性子宮内膜炎を有す乳牛の子宮洗浄液中で、PGE2PGD2代謝物などの炎症性脂質の代謝物の濃度が増加していることを見つけました。
  • これらの脂質を診断マーカーとして利用すれば、潜在性子宮内膜炎の早期診断が実現する可能性があります。

発表概要

 臨床症状が現れない潜在性子宮内膜炎は、乳牛の繁殖成績を低下させて畜産農家に経済的損失をもたらします。このため、本疾患の病態解明や早期診断技術の開発が求められています。炎症は細胞膜の脂肪酸が切り出されて産生される多種多様な生理活性脂質によって制御されます。本研究では、本病態の解明や早期診断マーカーの探索を目的に、子宮洗浄液に含まれる脂質代謝物の濃度を網羅的に測定し、潜在性子宮内膜炎における脂質産生・代謝プロファイルを明らかにしました。
 146種類の生理活性脂質を対象に解析をおこなったところ、健康な乳牛と潜在性子宮内膜炎に罹患した乳牛の子宮洗浄液には、25種類の脂質代謝物が検出されました。そのうちの15種類は、生理活性脂質の基質であるアラキドン酸(AA)から産生・代謝されるものであることが分かりました。特に、シクロオキシゲナーゼ(COX)によって産生される代謝物が最も多く検出されました。中でも、主要な炎症性の脂質代謝物である11β-13,14-dihydro-15-keto prostaglandin (PG)FPGE2PGA213-hydroxyoctadecadienoic acid、およびPGD1の濃度が、潜在性子宮内膜炎を有する乳牛全体で増加していることが分かりました。
 これらのことから、人の目には症状がみえなくても、子宮内部の脂質産生・代謝プロファイルをみることで、炎症状態が把握できることが分かりました。

発表内容

背景と目的

 牛の子宮内膜炎は、子宮内膜に炎症が起こる疾患で、生殖機能の障害や経済的損失の主要な原因になっています。発症率は35%〜50%とされ、牛の主要な疾患の1つと言えます。この疾患の原因は完全にはわかっていませんが、高泌乳牛(泌乳量が多い個体)は、濃厚飼料が多く給餌されることで体の栄養状態が変化し、子宮の免疫機能が損なわれて、炎症が起こりやすくなると考えられています。また分娩によって子宮の上皮が損傷を受けたときに、細菌が感染しやすくなることもこの疾患の原因になると考えられています。実際に分娩後2週間以内に、約80100%もの乳牛の子宮内に細菌が検出されると報告されています。正常な炎症反応は通常、損傷を修復し、感染から身を守るために機能しますが、感染が持続して起こると炎症反応が慢性化して、子宮内膜炎の発症につながる可能性があります。
 子宮内膜炎には、臨床型と潜在性の2つのタイプがあります。臨床型子宮内膜炎は、子宮からの膿性の悪臭のある分泌物を特徴とします。臨床型子宮内膜炎は、分娩後20日で子宮頸部の直径が7.5 cm以上、または分娩後26日に腟内に白膿様物質が見られるなどの症状をもって診断されます。一方、潜在性子宮内膜炎はこれらの症状がないため診断が難しく、発見と治療が遅れがちです。しかし、潜在性子宮内膜炎も乳生産の低下や受胎性の低下を引き起こすため、早期に診断できる技術開発が不可欠です。
 過去の研究では、分娩後2162日の間に子宮内膜細胞診を行い、サンプル中の多形核好中球(PMN)の割合から潜在性子宮内膜炎を診断することが提案されています。そこで本研究では、分娩後34週間でPMN18%以上、5週間後に6%以上、そして8週間後に4%以上ある牛を潜在性子宮内膜炎に罹患しているものとして採材し、子宮内の脂質産生と代謝のプロファイルを解析しました。

〈結果〉

 対象牛の健康状態を体型スコア(ボディコンディションスコア、Body condition score: BCS)として、1から5まで0.25刻みで評価しました。健常な乳牛と潜在性子宮内膜炎の乳牛のBCSに有意差はなく、2.25から2.75の間でした。子宮内洗浄液は細胞評価と脂質代謝物の濃度測定に使用しました。
 LC-MS/MSを用いて、146種類の脂質代謝を対象に網羅的な濃度測定を行いました。この結果、子宮洗浄液中で25種類の脂質代謝物が検出されました。これらの中で、健常と潜在性子宮内膜炎のサンプルの両方の80%以上で検出されたもののうち、生理活性脂質の基質となる多価不飽和脂肪酸として、Arachidonic acid(AA)とArachidonoyl ethanolamine(AEA)、そしてOleoylethanolamide(OEA)が検出されました。一方でEicosatetraenoic acid;(EPA)、Linoleic acid(LA)、およびDihomo-gamma- linolenic acid(DGLA)はどちらのグループの子宮洗浄液にも検出されませんでした。
 検出された脂質を産生・代謝酵素別にみると、AAから11種のCyclooxygenase(COX)代謝物、2つのLipoxygenase(LOX)代謝物、そして1つのCytochrome P450(CYP)代謝物が、健常牛と潜在性子宮内膜炎を患った牛の両方の子宮洗浄液で検出されました。
 個々の脂質でみると、主要な炎症性脂質であるPGD2の代謝物、11β-13,14-dihydro-15-keto PGF13, 14-dihydro-15keto-PGD2は、健常牛の子宮洗浄液では検出されませんでしたが、潜在性子宮内膜炎に罹患した乳牛の約85%で検出されました。同じく主要な炎症性脂質であるPGE2PGA2の濃度は、潜在性子宮内膜炎罹患牛の子宮洗浄液で健常牛のそれよりも高い結果が得られました。またLALOX代謝物であり、酸化ストレス下で産生することが報告されている13-hydroxyoctadecadienoic acid(HODE)の濃度が、潜在性子宮内膜炎罹患牛の子宮洗浄液において有意に増加していました。

まとめと考察

 潜在性子宮内膜炎を有す乳牛は臨床症状を示さなかったものの、子宮洗浄液中の炎症性脂質代謝物の濃度が増加していることが示されました。PGE2PGD2代謝物などの炎症性脂質代謝物の濃度上昇は、子宮内に炎症があることを示します。さらに、13-HODEの増加は炎症にともなった酸化ストレスの増加を示唆します。これらの発見は、乳牛の子宮内膜炎の病態生理を理解し、新しい治療法や診断法の開発に役立つと考えられます。

発表者

  前原都有子(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 放射線動物科学研究室 博士課程:研究当時、
    岩手大学農学部 共同獣医学科 比較薬理毒性学研究室:現在)
  大澤健司(宮崎大学農学部 獣医学科 産業動物臨床繁殖学研究室:教授)
  北原 豪(宮崎大学農学部 獣医学科 産業動物臨床繁殖学研究室:准教授)
  佐藤 洋(岩手大学農学部 共同獣医学科 比較薬理毒性学研究室:教授)
  村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医薬理学研究室 准教授)

発表雑誌

雑誌
J Vet Med Sci. 2024 Mar 25.
題名
Profile of uterine flush lipid mediators in cows with subclinical endometritis: pilot study
著者
Toko Maehara, Takeshi Osawa, Go Kitahara, Hiroshi Satoh, Takahisa Murata. 
DOI
10.1292/jvms.23-0450
URL
https://doi.org/10.1292/jvms.23-0450

問い合わせ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医薬理学研究室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 E-mail:amurata[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
※[アット]を@に変えてください。

関連教員

村田 幸久