発表のポイント

  • 窒素固定細菌Klebsiella oxytocaの改良株を使用して、大気中窒素を窒素源とするL-グルタミン酸の発酵生産を1 g/Lレベルで成功しました。
  • これまで大気中窒素を窒素源とした窒素含有化合物の発酵生産の例はありませんでした。
  • 本手法はハーバー・ボッシュ法に依存しない持続可能なタンパク質生産の基盤になることが期待されます。

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の吉留大輔特任研究員(当時)、日髙真誠研究員(当時)、西山真教授らと、キッコーマン株式会社による研究グループは、大気中窒素を窒素源とするL-グルタミン酸の発酵生産に世界で初めて成功しました。L-グルタミン酸はうま味調味料としての用途だけでなく、医薬品を始めとした様々な窒素化合物の原料となる非常に重要な物質ですが、現状の発酵生産で窒素源としてハーバー・ボッシュ法で合成したアンモニウム塩が使用されています。本研究では、大気中N2を窒素源として利用できる窒素固定細菌Klebsiella oxytocaにおいて、L-グルタミン酸の前駆体である2-オキソグルタル酸(2-OG)への代謝流量向上を目的としてCorynebacterium glutamicum由来クエン酸合成酵素(CgCS)とK. oxytoca由来クエン酸輸送体(CitS)を高発現したCgCS+CitS株を作製しました。この株を炭素源としてグルコースとクエン酸を含む窒素制限培地において大気下で培養することで、大気中窒素由来のL-グルタミン酸を培養液中に1 g/L以上蓄積させることに成功しました(図1)。L-グルタミン酸は生体内で多様な窒素化合物の出発点となるため、本研究成果は窒素化合物の発酵生産全般への応用が期待され、タンパク質性食品等の持続可能な生産に貢献すると考えられます。


図1:大気中窒素を由来とするL-グルタミン酸発酵生産法の概要

発表内容

 L-グルタミン酸はうま味調味料としての用途だけでなく、医薬品を始めとした様々な窒素化合物の出発原料として世界中で利用され、年間300万トン以上が微生物による発酵法で生産されています。L-グルタミン酸は分子内に窒素を含むため、現行の発酵法では窒素源としてハーバー・ボッシュ法(注1)で合成されたアンモニウム塩が使用されており、持続可能性の観点から問題がありました。一方、窒素固定細菌(注2)はニトロゲナーゼと呼ばれる酵素を発現することで大気中窒素をアンモニアに変換する(窒素固定)ことから、大気中窒素を由来とする持続可能な発酵生産技術への応用が期待されています。しかし、ニトロゲナーゼの発現調節の厳密さや、窒素固定に必要な多量のエネルギーや還元力を維持する難しさなどから、これまで大気中窒素から窒素化合物を発酵生産に成功した例は存在しませんでした。
 東京大学大学院農学生命科学研究科アグロバイオテクノロジー研究センター細胞機能工学研究部門の吉留大輔特任研究員(当時)、日髙真誠研究員(当時)、西山真教授らのグループは、キッコーマン株式会社との共同研究で、単生窒素固定細菌Klebsiella oxytoca NG13株(注3)を用いて、大気中窒素由来のL-グルタミン酸の発酵生産法の確立を目指しました。まず、窒素固定能の向上を目指し、窒素制限培地中の炭素源組成を検討したところ、グルコースとクエン酸を混合したKDC(Klebsiella Dextrose Citrate)培地において、NG13株の窒素固定能が3倍に向上する現象を見出しました。しかし、KDC培地でNG13株は細胞外にL-グルタミン酸を全く生成していなかった(図2)ため、次にL-グルタミン酸の前駆体である2-オキソグルタル酸(2-OG)への代謝流量強化を行いました。Corynebacterium glutamicum(注4)由来のクエン酸合成酵素(CgCS)を高発現したCgCS株を培養することで、110 mg/L程度のL-グルタミン酸を細胞外に蓄積することを見出しました(図2)。また、KDC培地中のクエン酸取り込み向上を目的として、自身のクエン酸輸送体CitSをCgCS株で高発現した(CgCS+CitS株)ところ、L-グルタミン酸生産量は150 mg/Lまで向上しました(図2)。15N2ガスを用いた標識実験から、CgCS+CitS株が生成したL-グルタミン酸は大気中窒素由来であることが示され、大気中窒素から窒素化合物の発酵生産に世界で初めて成功したことが確認されました(図2)。更に、大気中窒素の供給強化を目的として培地量や培養容器の検討を行い、炭素源組成の更なる検討を行った結果、CgCS+CitS株のL-グルタミン酸生産量を最大で1.13 g/Lまで向上させることに成功しました(図3)。また、興味深いことにCgCS+CitS株が生産するL-グルタミン酸の炭素の由来の大部分がクエン酸であったことから(図3)、CgCS+CitS株はグルコースを窒素固定のエネルギー源、クエン酸をL-グルタミン酸の骨格として使い分ける特徴的な代謝動態になっていることも明らかとなりました。


図2:改良型窒素固定細菌による大気中窒素由来のL-グルタミン酸生産
左図:試験管培養系での培養液中のL-グルタミン酸濃度の推移
右図: 15N2ガスを使った取り込み実験によって生成したL-グルタミン酸が大気中窒素由来であることをLC-MSで確認


図3:1 g/L以上のL-グルタミン酸生産とその炭素骨格の由来
左図:プレート培養系での培養液中のL-グルタミン酸濃度の推移
右図: 1,5-13C2-クエン酸を使った取り込み実験によって生成したL-グルタミン酸が培地中のクエン酸由来であることをLC-MSで確認

 これまで、窒素固定細菌は生物肥料として農業現場での活用に注目されてきたため、特に植物との共生関係にある根粒菌などが注目されてきました。本成果は窒素固定細菌を発酵生産菌としての活用を新たに提唱するものであり、これまであまり着目されてこなかった単生窒素固定細菌が今後生物資源として一層注目されることが期待されます。また、L-グルタミン酸は生体内で様々な窒素化合物の出発物質となるため、本発酵法はL-グルタミン酸のみならず多様な窒素化合物の持続可能な発酵生産の基盤技術として応用利用されることが期待されます。

発表者

東京大学 大学院農学生命科学研究科
 西山 真 教授
 吉留 大輔 特任研究員(当時)
  現:キッコーマン株式会社 研究員
 日髙 真誠 研究員(当時)
 古園 さおり 准教授
 宮永 寛哉 大学院生
キッコーマン株式会社
 伊藤 有亮 研究員

発表雑誌

雑誌
Communications Biology
題名
Glutamate production from aerial nitrogen using the nitrogen-fixing bacterium Klebsiella oxytoca
著者
Daisuke Yoshidome#*, Makoto Hidaka, Toka Miyanaga, Yusuke Ito, Saori Kosono & Makoto Nishiyama* (#筆頭著者、*責任著者)
DOI
10.1038/s42003-024-06147-z

用語解説

  • 注1 ハーバー・ボッシュ法
     水素ガスと窒素ガスを高温・高圧で反応させてアンモニアを製造する工業的窒素固定方法。主として水素ガス生産工程で大量のメタンを消費し、二酸化炭素を発生する。全世界で消費されるエネルギーの2%がプロセス全体で投入されている。
  • 注2 窒素固定細菌
     ニトロゲナーゼと呼ばれる酵素を特異的に発現し、窒素ガスと水素イオンからアンモニアを生成(窒素固定)することができる細菌。窒素固定反応にはエネルギー源として多量のATP(アデノシン三リン酸)を必要とするため、ニトロゲナーゼの発現調節は非常に厳密に行われている。ニトロゲナーゼは酸素に弱いため、基本的には嫌気条件で窒素固定が行われる。窒素固定細菌は、根粒菌のような共生型窒素固定細菌と、本研究で使用したKlebsiella oxytocaのような非共生型の単生窒素固定細菌に大別される。大部分の単生窒素固定細菌は常温・常圧で生育し、単独で窒素固定能を発揮する。
  • 注3 Klebsiella oxytoca NG13株
     イネ根圏より単離された単生窒素固定細菌。25℃、大気下で糖をエネルギー源として窒素固定を行う。嫌気~微好気条件で窒素固定を行う。
  • 注4 Corynebacterium glutamicum
     L-グルタミン酸を始めとした様々なアミノ酸の発酵生産菌として知られ、現在のL-グルタミン酸生産においてもこの菌の代謝経路をベースとした発酵法が開発されている。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学 大学院農学生命科学研究科 アグロバイオテクノロジー研究センター 細胞機能工学部門
 教授 西山 真(にしやま まこと)
 E-mail:umanis[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
 共同研究員 吉留 大輔(よしどめ だいすけ)
 E-mail:babubabu-babubu[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
※[アット]を@に変えてください。

関連教員

西山 真
古園 さおり