発表のポイント

  • 地球規模の土壌メタゲノム解析から、我々が近年発見した窒素固定細菌(Deltaproteobacteria綱に属するAnaeromyxobacteraceaeGeobacteraceae科細菌)が地球上の様々な土壌に普遍的に生息しており、特に水田土壌や底質のような嫌気的な環境の土壌において優占していることを明らかにしました。
  • 陸域における窒素固定細菌群の分布と多様性についての新たな姿を描き出しました。
  • 陸域の窒素循環を理解する上で、これまでに知られてきた窒素固定細菌群に加えてDeltaproteobacteria綱の窒素固定細菌に着目することの重要性を示しました。

発表概要

 生物的窒素固定は、地球上のすべての生命を維持する基本的なプロセスです。窒素固定を行う土壌微生物の分布と多様性については、これまで土壌DNAを対象としたPCR法によるニトロゲナーゼ遺伝子の塩基配列決定を用いて多く研究されてきました。しかし、PCR法は微生物の多様性を低く見積もるというバイアスが存在するため、窒素固定微生物群に対する包括的な理解は達成されていませんでした。
 我々は、地球規模の土壌ショットガンメタゲノムデータ(図1)と近年拡充された培養コレクションをフルに活用することで、陸域における窒素固定細菌の世界的分布と多様性を評価しました。

図1:本研究で用いたメタゲノムデータを得た各種土壌の採取地点。
Croplandは畑、Forestは森林、Grasslandは草地、Paddyは水田、Sedimentは底質、Tundraはツンドラ。

 これまで窒素固定は主にAlphaproteobacteria, Betaproteobacteria綱細菌や光合成細菌が行うと考えられてきました。しかし本研究で行った1,451サンプルの土壌メタゲノム解析の結果、近年我々が水田土壌において発見したDeltaproteobacteria綱のAnaeromyxobacteraceaeおよびGeobacteraceae科細菌が様々な地理的起源と土地利用タイプの土壌に普遍的に存在する窒素固定細菌群であり、特に嫌気的な土壌(水田土壌や底質)において優占していることが明らかになりました(図2)。
 このように本研究は、陸域の窒素循環を理解する上で、これまでに知られてきた窒素固定菌群に加えてDeltaproteobacteria綱の窒素固定菌に着目することの重要性を初めて示しました。

図2:各種土壌における窒素固定細菌の科(ファミリー)レベルでの相対存在量。

括弧内は、分類群の門レベルおよびプロテオバクテリアのクラスレベルへの対応を示す。DeltaDeltaproteobacteriaAlphaAlphaproteobacteriaGammaGammaproteobacteriaBetaBetaaproteobacteriaFirmFirmicutesActinoActinobacteriaCyanoCyanobacteria。各プロットの面積は、そのデータセット内の各ファミリーの相対的な存在量を示している。

発表者

増田 曜子(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教)
美世 一守(産業技術総合研究所北海道センター生物プロセス研究部門 特別研究員)
Xu Zhenxing(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士研究員(当時))
Zhang Zhengcheng(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 大学院生(当時))
白鳥  豊(新潟県農業総合研究所基盤研究部 専門研究員(当時))
妹尾 啓史(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)
伊藤 英臣(産業技術総合研究所 北海道センター 生物プロセス研究部門 主任研究員)

発表雑誌

雑誌
「Microbiome」(5月24日)
題名
Global soil metagenomics reveals distribution and predominance of Deltaproteobacteria in nitrogen-fixing microbiome
著者
Yoko Masuda, Kazumori Mise, Zhenxing Xu, Zhengcheng Zhang, Yutaka Shiratori, Keishi Senoo and Hideomi Itoh
DOI
10.1186/s40168-024-01812-1
URL
https://microbiomejournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40168-024-01812-1

研究助成

 本研究は、キヤノン財団研究助成、JSPS科研費(JP20H00409, JP20H05679, JP20K15423,JP22K18029)MEXT科研費(JP22H04894)、JST未来社会創造事業(JPMJMI20E5)、NEDOムーンショットJPNP18016の支援を受けて行われました。

用語解説

  • 注1 窒素固定細菌
     空気中の窒素ガスをアンモニアに変換し窒素養分として菌体を合成し増殖する細菌。やがてこの細菌が死んで菌体が分解するとアンモニウムイオンが放出されて植物が窒素養分として利用できる。土壌の窒素肥沃度の維持に重要な役割を果たしている。
  • 注2 ショットガンメタゲノムデータ
     土壌サンプルから抽出した微生物DNAを断片化し、高性能DNAにより大規模塩基配列決定を行って得られた大量のゲノム配列データ。取得した配列データをコンピュータで情報解析することにより土壌の微生物群集構造や遺伝子の多様性を詳細に解析することができる。従来汎用されてきたPCRを用いた解析手法よりも偏りが少ないと考えられる解析結果を得ることができる。
  • 注3 Deltaproteobacteria
     土壌細菌の門レベルの分類群の一つにプロテオバクテリア(Proteobacteria)門があり、多くの構成種を含む。7つ程度の綱レベルの系統に分けられ、その一つがデルタプロテオバクテリア(Deltaproteobacteria)綱である。デルタプロテオバクテリア綱はおもに硫酸還元菌と粘液細菌からなるほか、鉄還元菌であるAnaeromyxobacterGeobacterも含む。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 土壌圏科学研究室
 助教 増田 曜子(ますだ ようこ)
 E-mail:yokomasuda[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
 研究室URL:https://park-ssl.itc.u-tokyo.ac.jp/soil-cosmology/

※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

増田 曜子
妹尾 啓史