発表のポイント

  • 植物の核ゲノムを対象とした、正確かつ柔軟な置換標的の設定が可能な、新たな一塩基置換ゲノム編集に成功しました。
  • これまでの標的一塩基置換技術に比べ、①標的精度が数桁高く、②従来難しかった一塩基単位でずらした柔軟な標的設定が可能で、③複数の類似遺伝子の同時編集も可能です。
  • 従来の手法では改変が困難であった遺伝子を標的とした基礎生物学の発展や、有用作物育成への応用が期待されます。

概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の細田恵子大学院生(当時)、中里一星大学院生、有村慎一教授らの研究グループは、ゲノム編集酵素(注1)の一種である標的一塩基置換酵素nTALECD(「発表内容」にて詳述)を用いてモデル植物シロイヌナズナ(注2)の核ゲノム標的C:G対(注3)をT:A対(注3)へと置換することに成功しました。これまでも別のゲノム編集酵素による同様の標的一塩基置換は可能でしたが、従来の手法では、「標的以外の置換が起こりやすい」、「標的可能なC:G対塩基の位置が限定される」、「類似遺伝子群の同時改変が困難」といった課題がありました。一方、nTALECDはこれらの課題を解決し、「標的認識精度が高く」、「原理的に全てのC:G対を標的可能」で、「特定の類似遺伝子配列の同時改変を可能」とした技術です。本技術の活用により基礎科学と作物育種等への応用、双方の発展が期待されます。

発表内容

 真核生物において核は、生命の設計図であるゲノム情報の貯蔵庫です。ここにコードされている数万個の遺伝子配列を改変することで、それらの詳細な機能を調べることができ、また生物の性質を変化させることができます。近年植物では、CRISPR/Casシステム(注4)を用いた標的一塩基置換技術による核ゲノム改変が急速に発展し、様々な植物種でその成功例が報告されてきました。しかしながら現状のシステムでは、①認識配列が短いため標的配列以外の箇所が置換される可能性がある、②標的にできるC:G対に制約がある、③類似遺伝子(遺伝子ファミリー)配列の同時改変が困難である、といった課題がありました。そこで本研究グループは、従来、オルガネラゲノムの標的一塩基置換に用いられていたTALECDシステムを核ゲノムに適用するアイデアにより、これらの課題の解決に挑戦しました。 核ゲノム用TALECD(nTALECD)は、核移行シグナル (NLS)、DNA結合ドメイン(TALE)、塩基置換酵素(CD)を連結させた、二分子型のシステムです(図1A)。各分子のTALEドメインが約15-20塩基の標的配列に結合し、その配列間に存在する特定のC:G対がCD酵素の働きにより置換されます。二分子合わせて約30-40塩基の標的配列を持つため、CRISPR/Casシステム(約20塩基の標的配列)と比べ、標的認識精度の向上が期待され(課題①)、標的配列制約となっているPAM配列(注5)の考慮も不要です(課題②)。本研究では、nTALECDの設計図となる人工DNAを作製し、シロイヌナズナの核ゲノムに導入しました(図1B)。得られた導入個体の核ゲノム配列を調査した結果、見事に標的塩基が置換され、その置換型塩基が次世代にも安定的に遺伝することが確認されました。また、実用上有用なヌルセグリガント(導入人工DNAが排除された)の置換個体の獲得にも成功しました。さらには課題③の解決を目的としたnTALECD(A, T, G, C全ての塩基を認識可能なN認識ユニットをTALEドメイン内の適切な位置に配置して設計)の導入により、6つの類似遺伝子の同時塩基置換にも成功しました(図2)。このようなnTALECDを用いた新たな標的一塩基置換技術は、基礎研究はもちろん、作物育種などの応用分野においても強力な研究開発ツールとなることが期待されます。

図1:nTALECDを用いたシロイヌナズナ核ゲノムの標的一塩基置換
(A) nTALECDシステムによる標的DNA配列との相互作用の概念図。nTALECDは、NLS、ゲノム編集酵素platinum TALEN(Sakuma et al., Sci. Rep, 2013)のDNA認識TALEドメイン、cytidine deaminaseドメインを二分割したもの(CD half)、塩基置換効率を高めるuracil DNA glycosylase(UGI)が連結した二分子型のゲノム編集酵素。TALEドメインが標的DNA配列に結合し、この間の配列(target window、紫色の四角形で囲まれた配列)にある特定のC:G対がT:A対に、二分割したCDが会合した所で置換される。TALEドメインはTALEリピートと呼ばれる、34アミノ酸からなるユニット(水色または緑色の四角形で図示)から構成される。12番目と13番目のアミノ酸の組み合わせによって、各TALEリピートがどの塩基に結合するかが決まる。
(B) 標的一塩基置換が達成されるまでの流れ。ターゲット配列の編集を担うnTALECD人工遺伝子を作製し、これをシロイヌナズナの核ゲノムに一旦導入する。細胞内でnTALECD(タンパク質)が作られると、自身に付加された核移行シグナル配列(NLS)の働きによって核内に輸送される。その後、nTALECDのDNA結合ドメイン(TALEドメイン)が核ゲノムの標的DNA配列に結合し、近傍にあるC:G対をT:A対に置換する。

図2:類似遺伝子の複数同時改変
TUBファミリー遺伝子の複数同時改変。シロイヌナズナのゲノム中に9つある遺伝子のうち、TUB4だけを特異的に塩基置換することができた(左)。一方、N認識ユニットを認識配列中に配置することで、一回の操作で最大6個の遺伝子の塩基置換を同一個体内で引き起こすことにも成功した。

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院農学生命科学研究科
  有村 慎一 教授
  堤  伸浩 教授
  髙梨 秀樹 特任准教授
  中里 一星 大学院生 兼 日本学術振興会特別研究員
  細田 恵子 大学院生(当時)

東京工業大学 生命理工学院
  伊藤 武彦 教授

久留米大学 医学部
  奥野 未来 講師

発表雑誌

雑誌
Plant Biotechnology
題名
TALE-based C-to-T base editor for multiple homologous genes with flexible precision
著者
Ayako Hosoda☨, Issei Nakazato☨, Miki Okuno, Takehiko Itoh, Hideki Takanashi, Nobuhiro Tsutsumi, Shin-ichi Arimura* ☨; 共同筆頭著者 *; 責任著者
DOI
10.5511/plantbiotechnology.24.0510a
URL
https://doi.org/10.5511/plantbiotechnology.24.0510a

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究S(課題番号:20H00417)」、「先進ゲノム支援(課題番号:22H04925)」「国際共同研究強化A(課題番号:19KK0391)」、JST「ASTEP(課題番号:JPMJTR22UG)」の支援により実施されました。

用語解説

  • 注1 ゲノム編集酵素
     ゲノムとは、生物が保持する遺伝情報の総体のこと。ゲノム編集とは、ゲノム中の狙った遺伝情報を改変することであり、それを担う酵素のことをゲノム編集酵素と呼ぶ。
  • 注2 シロイヌナズナ
     「個体サイズが小さいため少ないスペースで栽培可能」、「ゲノム情報が解読されており、かつゲノム構造が複雑でない」、「核ゲノムに外来遺伝子を導入可能」、「世代時間が短い」といった理由から植物研究のモデル生物として世界中で用いられている植物。
  • 注3 C:G対、T:A対
     DNAを構成する塩基対。DNA中には4種類の塩基[アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)]が存在し、CはGと(C:G対)、TはAと(T:A対)水素結合し、DNAを構成する。
  • 注4 CRISPR/Casシステム
     CRISPRはClustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeatsの略で、CasはCRISPR-associatedの略。CRISPR/Casシステムでは、特殊な構造のRNAがゲノム上の標的配列を認識し、このRNAと複合体を形成するCasタンパク質ならびにCasタンパク質に融合したタンパク質が、標的配列においてDNA二本鎖切断または塩基置換などを引き起こす。細菌がファージに対抗するための免疫システムを応用した技術。
  • 注5 PAM配列
     これまでに報告されている主要Casタンパク質Cas9の多くは、特定の塩基配列の上流約20塩基を認識するという性質がある。この特定の塩基配列のことをPAM(Protospacer Adjacent Motif)配列と呼ぶ。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
教授 有村慎一 (ありむら しんいち)
E-mail:arimura[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

(報道についてのお問い合わせ)
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
E-mail:koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

有村 慎一