天然化合物の環状骨格をつくり上げる新たな生合成マシナリーの発見
発表のポイント
- 放線菌などの細菌が生産する有用物質、シスペンタシンの発酵生産を達成し、組換え酵素を用いて試験管内でシスペンタシンを合成することに成功しました。
- 生合成酵素の機能解析を通じて、シスペンタシンの生合成経路の全容を明らかにしました。その結果、2-oxoglutarateとmalonyl-CoAを出発物質として炭素五員環骨格を形成する前例の無い生合成機構を発見しました。
- 本研究で機能を明らかにした遺伝子群をゲノム情報から探し出して解析することで、炭素五員環骨格を持つ未知の有用物質の発見が期待されます。
発表概要
ポリケチド化合物(注1)は顕著な生物活性を有し、医薬品や農薬などの有用な機能分子として人々の生活に利用されています。ポリケチド化合物はmalonyl-CoAなどの普遍的な出発物質が、バリエーションに富んだポリケチド合成酵素 (PKS)(注2)の触媒する反応によって変換されることで、特有の構造を持つポリケチド化合物が創出 (生合成) されます。そして、現在に至るまで様々なPKSが発見され、その反応機構が解明されていますが、PKSは酵素の構成の観点から、I型、II型、III型の3つに分類されます。中でもII型PKSは長年、芳香族化合物(注3)を創出する生合成機構のみが報告・研究されてきました。しかし、近年、ポリエン類(注4)を創出する第二のII型PKSの発見と、その反応機構が解明されたことにより、II型PKSが持つ潜在的な骨格創出機能に再び関心が寄せられていました。東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻の分子育種学研究室と細胞機能工学研究室、東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻の有機化学研究室からなる共同研究グループは、細菌が生産する抗真菌性のβアミノ酸である、シスペンタシンの生合成機構の解析を通じて、炭素五員環骨格を生合成する第三のII型PKSともいえる酵素群を発見しました。生合成遺伝子を導入した放線菌を用いたシスペンタシンの異種生産を達成したことに加えて、見出した新たなII型PKS様機構を試験管内で再構成し、必要最低限の生合成酵素と基質を用いたone-pot合成でのシスペンタシン生産を達成しました。本研究を通じて、有用物質の創出機構とされてきたII型PKS機構の多様性が更に拡張され、未開拓の天然有機化合物資源が照らし出されました。
発表内容
シスペンタシンは、Bacillus cereus L450-B2 の培養液中から発見されたβ-アミノ酸であり、カンジダ症の病原真菌Candida albicansに対して生育阻害活性を示します1)。シスペンタシンは、単体で抗真菌薬としての利用、また特有の骨格をもつアミノ酸であることから特殊ペプチドの構成因子として近年注目される有用化合物ですが、生合成機構が不明であり、立体選択的な化学合成の難しさから安定的な供給系は確立されていませんでした。そのため、微生物発酵生産や生合成機構を利用した方法でβ-アミノ酸シスペンタシンの供給系を構築するためにも、東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻の分子育種学研究室を主体とする研究グループはその生合成機構の解明を目指すことにしました。
まず、シスペンタシンの生産を担う可能性があるPKS関連の遺伝子領域を選定し、異種の放線菌、Streptomyces albusに導入することで、シスペンタシンの異種生産を達成しました。これにより、シスペンタシンの生産に必要な7つの生合成遺伝子を特定することに成功しました。
続いて、同定した生合成遺伝子がコードする全ての酵素を組換えタンパク質として精製し、試験管内でシスペンタシン生合成機構を再現することを目指しました。6つの酵素反応を特定し、2-oxoglutarateとmalonyl-CoAを出発物質として、II型PKS様の酵素を介してシスペンタシンが生産される生合成経路の全容を明らかにしました(図1)。
図1 新規II型PKS様機構により創出される天然有機化合物
これらの解析を通じて、新規性の高い酵素反応と新たなII型PKS様の生産ライン(図2)を発見した点が本研究のハイライトといえます。
図2 シスペンタシンを生合成するII型PKS様の生産ライン
特にアシル基運搬タンパク質、AmcBにロードされた五員環骨格を持つ中間体、2-AmcB (2, 3-oxocyclopent-1-ene-1,2-dicarboxylic acid) を形成する酵素群(2-oxoglutarateを基質とするアデニル化酵素AmcH, ケトシンテースAmcF, および環化因子AmcG)は既知のPKSとは明確に異なる特徴を持つドメイン型酵素群による初期生合成機構であり、これらAmcFGHとAmcBは炭素五員環骨格を形成する新たなII型PKS様機構の最小単位といえます。また、下流の脱炭酸酵素、AmcEやアミノ基転移酵素、AmcCは新規性の高いドメイン型酵素であり、II型PKS様機構の新たな修飾酵素でした。さらに、一次代謝の脂肪酸生合成酵素(FabDおよびFabI)が、シスペンタシンの生合成経路に組み込まれており、二次代謝の進化に関する新たな洞察も得られました。
さらに、新たなII型PKS様機構の最小単位となる生合成遺伝子(amcFGHおよびamcB)のホモログ遺伝子を含む多様性に富んだ推定生合成遺伝子クラスターを植物病原菌などの細菌のゲノム情報から多数見出しました(図3)。植物病原因子であるコロナチンやPlatelet-activating factor (PAF)アンタゴニストである、FR900452など、シスペンタシン生合成と同様の機構で生産される既知の炭素五員環骨格を含む天然化合物には顕著な生物活性があり、同機構のゲノム情報の解析を起点としたアプローチ(ゲノムマイニング)によって、更なる生物活性物質の発見が期待されます。
図3 炭素五員環骨格形成の生合成マシナリーを持つ種の分布と生合成経路の多様性
また、今回見出した新たなII型PKS様機構を試験管内で再構成し、必要最低限の生合成酵素と基質を用いたone-pot合成でのシスペンタシン生産を達成したことで、酵素合成によるシスペンタシンの生産法の開発や同生合成機構を利用した非天然化合物の創出、といった酵素工学的な研究の展開にも道が開かれました。
本研究は細菌がもつ普遍的かつ新規性の高い生合成機構を発見した研究であり、ここから全容が明らかになっていないコロナチンを含めた既知天然物の生合成機構の解明、II型PKS機構の進化の理解や未知の天然化合物の発掘など、生合成研究としての更なる発展が期待できます。また、近年、クライオ電子顕微鏡による巨大酵素の構造解析技術の向上やタンパク質立体構造予想ツールの登場により、PKSの構造や動態の理解が進み、生合成機構のエンジニアリング研究が加速しています。本研究で見出した生合成機構の応用には、酵素の更なる精密機能解析が必要ですが、見出した酵素の機能改変を通じて非天然の立体異性体や炭素五員環骨格を有する誘導体を創出できる可能性があります。
発表者・研究者等情報
日比 玄紀(応用生命工学専攻 博士課程(当時))
白石 太郎(応用生命工学専攻 助教)
梅村 龍槻(応用生命工学専攻 修士課程(当時))
根本 健司(応用生命化学専攻 博士課程)
小倉 由資(応用生命化学専攻 准教授)
西山 真(アグリバイオテクノロジー研究センター 教授)
葛山 智久(応用生命工学専攻 教授)
発表雑誌
- 雑誌
- Nature Communications
- 題名
- Discovery of type II polyketide synthase-like enzymes for the biosynthesis of cispentacin
- 著者
- Genki Hibi (日比 玄紀)1, Taro Shiraishi (白石 太郎)1, Tatsuki Umemura (梅村 龍槻)1, Kenji Nemoto (根本 健司)1, Yusuke Ogura (小倉 由資)1, Makoto Nishiyama (西山 真)1, Tomohisa Kuzuyama (葛山 智久)1*
- 1Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo
- DOI
- 10.1038/s41467-023-43731-z
- URL
- https://www.nature.com/articles/s41467-023-43731-z
研究助成
本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「生合成リデザイン」(16H06453)および文部科学省科学研究費補助金学術変革領域研究(A)「予知生合成科学」(22H05120)の支援を受けて行われました。
用語解説
- 注1 ポリケチド化合物
酢酸ユニットを基本単位とする多様な構造を持つ化合物群。植物や微生物の二次代謝産物として生成され、多彩な生理活性を示すため、医薬品の資源として重要とされる。 - 注2 ポリケチド合成酵素 (PKS)
ポリケチドの生合成の中でも特に重要な反応を触媒する酵素。アシルチオエステルに脱炭酸を伴いながらマロニルチオエステルを縮合することで、β-ケトアシルチオエステルを合成する反応を触媒する。ポリケチド合成酵素はその構造に応じて、I型、II型、III型の3種に分けることができる。ポリケチドの合成には最低でもケトシンテース (KS)、アシル基転移酵素 (AT)、アシル基運搬タンパク質 (ACP)が必要となる。これらの機能単位が一続きの巨大なタンパク質を形成しているものをI型、個々のタンパク質として存在しているものをII型と呼ぶ。III型はATやACPを必要としない特殊なポリケチド合成酵素であり、KS二量体が単独で鎖伸長を触媒できる。本研究で明らかにした機構はII型PKSの特徴を持つが、アシル基転移酵素 (AT)ではなくアデニル化酵素(A)が初期生合成機構を担うため、本文中ではII型PKS様機構と表現している。 - 注3 芳香族化合物
主にベンゼン環を含む化合物群。Ⅱ型PKSにより生合成される芳香族化合物の代表例にはアントラサイクリン系抗生物質(例:ドキソルビシン)やテトラサイクリン系抗生物質(例:テトラサイクリン)などが含まれる。 - 注4 ポリエン類
少なくとも3つの二重結合と単結合が交互に並ぶ炭化水素鎖構造を持つ化合物の総称。ポリエン類を生合成するⅡ型PKSは芳香族化合物を生合成するⅡ型PKSと区別して「高還元型II型PKS」と称される。
参考文献
- Konishi, M. et al.: Cispentacin, a new antifungal antibiotic. I. Production, isolation, physico-chemical properties and structure. J Antibiot., 42, 1749-1755 (1989).
問い合わせ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 分子育種学研究室
教授 葛山 智久(くずやま ともひさ)
E-mail: utkuz[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室URL:https://webpark2107.sakura.ne.jp/index.html
研究室Twitter:@Kuzuyama_Lab
※上記の[at]は@に置き換えてください。