補酵素NADとSAMを縮合して抗生物質の主骨格を構築する 新規酵素の構造機能の解明 ――NADのアルキル化に関わる生合成酵素のクライオ電子顕微鏡構造――
発表のポイント
- 補酵素β-NADとSAMとの間に二回のC-C結合形成反応を触媒する画期的なPLP生合成酵素SbzPのクライオ電子顕微鏡構造を明らかにしました。
- 基質酵素相互作用の生物物理学的解析、DFT計算、MD計算による酵素触媒の動的変化を明らかにしました。
- 構造生物学、生物物理学、計算化学の手法の融合によって、生体触媒の反応機構を明らかにし、ドラッグデザインの新手法の基盤構築を行うことで、天然物創薬研究の発展への貢献が期待されます。
NADを受け入れるPLP酵素の構造と反応
発表概要
東京大学大学院薬学系研究科の淡川孝義 准教授(現、理化学研究所環境資源科学研究センター チームリーダー)、Lena Barra 博士研究員(現、ドイツ・コンスタンツ大学助教授)、森貴裕 准教授、牛丸理一郎 助教、阿部郁朗 教授、東京大学大学院農学生命科学研究科 寺田透 教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)千田俊哉 教授、筑波大学 生存ダイナミクス研究センター 安達成彦 准教授、カリフォルニア大学デービス校Dean Tantillo教授らの研究グループは、補酵素β-NAD(注1)、SAM(注2)を基質として受け入れ、二回のC-C結合形成反応を触媒する特異なピリドキサール5'-リン酸(PLP)(注3)依存性酵素SbzPの立体構造をクライオ電子顕微鏡構造解析(注4)により明らかにすることに成功しました。本成果は、生体内での酸化反応の補酵素として広く知られているβ-NADのニコチンアミド部をアルキル化する酵素の初の構造機能解析となり、大きなインパクトを与えました。また、酵素と基質の相互作用解析、計算化学による酵素触媒の動的変化解析を行うことで、これまでに得られなかった酵素化学の知見を得ることに成功しました。
本研究成果は、構造生物学、生物物理学、計算化学の手法の融合によって、生体触媒の反応機構を明らかにし、ドラッグデザインの新手法の基盤構築を通して、創薬研究への貢献が大いに期待されます。
発表内容
天然物は現在も医薬品資源として重要な役割を果たしています。しかし、古典的な手法による新規化合物単離数は減少の一途をたどり、新たな物質生産の手法が求められています。その中でも、生合成遺伝子や酵素を用いた新規物質生産手法が注目を集めています。新規手法開発のためには、新たな化合物を合成する酵素を発掘し、その詳細な構造機能解析を行うことが重要となります。
PLP依存性酵素は、多くの細胞内代謝経路で働く最も汎用性の高い触媒の一つです。PLP依存性酵素の触媒多様性は、主にPLPが電子のポンプとして働く能力に起因しており、酵素によって様々なタイプの反応が生成します。これらのPLP依存性酵素は優れた位置選択性と立体選択性を示し、有機合成では容易でない化学反応を達成するのに用いられています。このファミリーの新規生体触媒を発見し、その反応機構を研究することは、生理活性化合物の酵素合成に向けた触媒反応の制御のために重要です。
本研究では、抗腫瘍活性を持つ放線菌由来抗生物質アルテミシジンの生合成の鍵となる、補酵素β-NADとSAMを基質として受け入れ、二回のC-C結合形成反応を触媒する新奇PLP酵素SbzPの構造をクライオ電子顕微鏡構造解析により明らかにすることに成功しました。本酵素が、補酵素を基質として受け入れ、C-C結合を形成するために重要なアミノ酸を同定することで、新規性の高い研究結果が得られました。また、酵素と基質の相互作用解析、DFT計算(注5)、MD計算(注6)による酵素触媒の動的変化解析を行うことで、これまでに得られなかった酵素化学の知見を得ることに成功しました。
本研究成果を元に、構造生物学、生物物理学、計算化学の手法の融合によって、酵素(生体触媒)の反応機構を明らかにし、ドラッグデザインの新手法の基盤構築が進展することが予想されます。得られた知見によって、医薬品活性を持つ補酵素化合物を酵素法によって供給する系が構築され、創薬研究に大きく貢献することが期待されます。
発表者
理化学研究所 環境資源科学研究センター
淡川 孝義 チームリーダー 研究当時:東京大学大学院薬学系研究科 准教授
東京大学
大学院薬学系研究科
阿部 郁朗 教授
森 貴裕 准教授
牛丸 理一郎 助教
Lena Barra 研究当時:博士研究員
現:ドイツ・コンスタンツ大学 助教授
大学院農学生命科学研究科
寺田 透 教授
高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所
千田 俊哉 教授
筑波大学 生存ダイナミクス研究センター
安達 成彦 准教授
カリフォルニア大学デービス校
Dean J. Tantillo 教授
論文情報
- 雑誌
- Nature Catalysis
- 題名
- The structural basis of pyridoxal 5’-phosphate dependent β-NAD alkylating enzymes
- 著者
- Takayoshi Awakawa*,†, Takahiro Mori,† Lena Barra, Yusef Ahmed, Richiro Ushimaru, Yaojie Gao, Naruhiko Adachi, Toshiya Senda, Tohru Terada*, Dean J. Tantillo*, Ikuro Abe*(†共同筆頭著者、*共同責任著者)
- DOI
- 10.1038/s41929-024-01221-5
- URL
- https://www.nature.com/articles/s41929-024-01221-5
研究助成
本研究は、科研費(JP20H00490、JP20KK0173、JP20K22700、JP21H02636、JP21K18246、JP22H05123、JP22H00320、JP22H05125、JP22H05126、JP23K13847、JP23H02641、JP23H00393)、学術変革領域A「予知生合成科学」、創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS:JP20am0101071、JP21am0101071)、AMED創薬基盤推進研究事業 生物資源利活用研究分野(JP21ak0101164)、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO:JPNP20011)、科学技術振興機構(JST)さきがけ(JPMJPR20DA)、ACT-X (JPMJAX2013)の支援により実施されました。
用語解説
- 注1 β-NAD
β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの略称であり、ニコチンアミドモノヌクレオチドおよびアデノシンからなる物質である。水素原子と電子を受容して還元型となることにより酸化反応の補酵素として機能する。これまで、天然物の生合成反応の基質として報告された例は存在しない。 - 注2 SAM
S-アデノシルメチオニンの略称であり、アデノシンとメチオニンから生体内で合成される。補酵素の1種でメチル基転移酵素のメチル基供与体として用いられる。 - 注3 ピリドキサール5'-リン酸(PLP)
複数の酵素の補欠分子族の1つで、ビタミンB6の活性型である。PLPが基質と結合し、アルジミン、キノノイド中間体へと構造変換することで、電子移動が起き、アミノ酸をはじめとしたアミノ基含有基質に対して、アミノ基転移、脱炭酸、ラセミ化、エピメリ化、β,γ-脱離または付加、アルドール反応、クライゼン縮合、脱水素、O2依存性酸化、脱水、環化など、幅広い化学反応が触媒される。 - 注4 クライオ電子顕微鏡構造解析
物質の3次元構造を知る手法の1つです。通称クライオ電顕(Cryo-EM)と呼ばれ、液体窒素(-196℃)冷却下で酵素などの生体分子に電子線を照射し、試料の観察を行う手法。 - 注5 DFT計算
Density Functional Theory (密度汎関数理論)の略称であり、物質の電子の状態に関する理論である量子力学や量子化学に基づいたエネルギー、構造の計算手法の1つ。天然物など複雑骨格分子のコンフォメーション変化のシミュレーションに用いられる。 - 注6 MD計算
Molecular dynamics calculationの略称であり、物質を構成する原子1つ1つに対して、古典力学におけるNewtonの運動方程式を解き、原子位置やエネルギーの時間変化を追跡する手法。酵素や反応中間体構造変化のシミュレーションに用いられる。
問い合わせ先
<研究に関する問合せ>
東京大学大学院薬学系研究科
教授 阿部 郁朗(あべ いくろう)
E-mail:abei[at]mol.f.u-tokyo.ac.jp
<報道に関する問合せ>
東京大学大学院薬学系研究科 庶務チーム
Tel:03-5841-4702 E-mail:shomu[at]mol.f.u-tokyo.ac.jp
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:050-3495-0247 E-mail:ex-press[at]ml.riken.jp
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