発表概要

 ダイズ圃場の土壌揮発性有機化合物(VOC)の組成(土壌VOCプロファイル)を3年間にわたって包括的に分析し、土壌の状態の評価指標としての可能性を検討しました。その結果、土壌VOCプロファイルは土壌関連の網羅的なデータセットと強い相関を示し、有効な評価指標になりうることが分かりました。
 土壌の健全性は、持続可能な農業生産にとって重要です。近年、土壌揮発性有機化合物(VOC)が土壌の状態を敏感に反映しうることが報告されています。そこで、ダイズ圃場の土壌VOCの組成(土壌VOCプロファイル)を包括的に分析し、土壌の評価指標としての可能性を検討しました。福島県のダイズ圃場において、3年間にわたり異なる土壌条件で土壌サンプルを採取し、VOCを分析しました。さらに、より包括的な評価のため、各種土壌物理特性データや、土壌中の化合物および微生物のデータを取得しました。これらの土壌VOCプロファイルを解析した結果、開花期にダイズが生育するときに土壌VOC量が増加すること、土壌VOCプロファイルは、土壌関連の網羅的なデータセットと強い相関を示すことなどを、作物が生育する圃場について、世界で初めて明らかにしました。
 本研究成果は、土壌VOCプロファイルが農地の土壌評価の指標となることを示唆しています。

発表内容

研究の背景

 世界人口の急速な増加に伴い、食料生産の増大と安定化が喫緊の課題となっています。土壌は食料生産の基盤であり、その健康状態を理解し適切な土壌改良を行うことは、持続可能な農業を実現するための重要な鍵です。また、土壌には多様な有機化合物が存在します。揮発性有機化合物(VOC)注1)は、人間、昆虫、植物、微生物などさまざまな生物によって生成され、生理活性や環境との相互作用において重要な役割を果たしています。しかし、作物が生育している圃場における土壌VOCの包括的な分析は、まだ十分に行われていませんでした。
 一方、ダイズは、タンパク質飼料や植物油の主要な供給源として、世界的に重要な作物です。日本においても、大豆は食文化に深く根付いており、豆腐などの伝統的な食品は国民の食生活に欠かせません。しかし、国内の大豆生産量は少なく、収量も不安定であるため、安定供給が課題となっています。
 そこで、本研究では、ダイズの収量増加のための「元気な土づくり」を目指し、福島県農業総合センターのダイズ圃場において、3年間にわたり、異なる条件(無施肥条件、化成条件、牛糞施肥条件、ダイズを植えない土壌)下で播種前から収穫期(図A)までの土壌VOCプロファイルの変化を解析しました。

研究内容と成果

 VOCプロファイリングは、HS-SPME-GC-MS法注2)を用いて取得しました。3年間の土壌VOCプロファイリングにより、約200のVOCピークが検出され、そのうち36~62化合物の候補を見いだしました。3年間を通して、アルコール、アルデヒド、アルカン、芳香族、テルペン類の5つの化合物グループが全体の80%以上を占めていました。各年特有のVOCが検出されたことから、土壌VOCプロファイルの年ごとの多様性が明らかになりました。
 また、開花期には、牛糞施肥条件下で、VOCプロファイルの累積レベルが通常の2倍に増加しました(図B)。一方、ダイズを植えていない圃場では、相対的なVOC含有量は非常に低くなっていました。ダイズありとなしの土壌VOCプロファイルを比較するため、2020年と2021年に採取された土壌サンプルに共通して検出された18種類のVOCについて、多変量解析の一つであるO2PLS-DA注3)を行ったところ、ダイズの有無で土壌VOCプロファイルが異なることが分かりました(図C)。また、統計的に識別可能な土壌VOCとして、ペンタン酸および2,2,4-トリメチル-3-カルボキシイソプロピルイソブチルエステルが同定されました。
 次に、土壌VOCプロファイルと、元素濃度や微生物、代謝物などの土壌に関する6つの網羅的なデータセット(土壌イオノーム、土壌マイクロバイオーム、根マイクロバイオーム、土壌メタボローム、根圏特化代謝物、土壌物理特性データ)との相関分析を行いました(図D)。その結果、土壌VOCプロファイルの第1主成分は、土壌関連の各オミックスデータセットの第1主成分と有意な相関を示しましたが、根圏特化代謝物および根マイクロバイオームデータセットとは有意な相関を示しませんでした。また、土壌VOCと有意な相関を示した土壌マイクロバイオームデータと相関を示さなかった根マイクロバイオームデータの構成および変化を比較したところ、土壌マイクロバイオームの種類は多様性に富み、有意に増加する微生物が51門存在する一方で、根マイクロバイオームは根粒菌が全体の90%以上を占めており、その変化量は低いことが明らかになりました。

今後の展開

 本研究により、土壌VOCプロファイルが土壌の状態を評価するための新たな指標となりうることを世界で初めて明らかにしました。特に、開花期のダイズの存在が土壌VOCレベルに与える影響は、土壌の生物学的活性を評価する上で有用な情報となる可能性があります。今後、土壌VOCプロファイルと作物の収量や品質との関係が明らかになれば、土壌VOCプロファイルを農業現場における土壌管理ツールとして活用できる可能性があります。また、土壌VOCの生成メカニズムや土壌微生物との相互作用をさらに解明することで、土壌の健全性維持に向けた新たなアプローチにつながると期待されます。

参考図

図 本研究の概要
A. 播種期から収穫期までのダイズ圃場の様子。開花期は8月にあたり、ダイズが旺盛に生育しているのが分かる。B. 福島県農業総合センターで採取された牛糞区の土壌VOCプロファイルの時系列推移。矢印は開花期を示す。開花期付近で土壌VOC量が増加していることが分かる。C. 2020年および2021年に共通して検出された土壌VOCプロファイルの多変量解析結果。これにより、圃場におけるダイズ生育の有無によって有意に増加するVOCを発見した。D. 主成分を利用した土壌VOCプロファイルと他のオミックスデータとの相関解析。丸が大きいほど、強い相関を示し、*が多いほど相関が有意であることを示す。青が正の相関関係を、赤が負の相関関係を表している。

発表者

筑波大学生命環境系/理化学研究所環境資源科学研究センター
 草野 都 教授
理化学研究所バイオリソース研究センター
 市橋 泰範 チームリーダー
福島大学食農学類
 二瓶 直登 教授
北海道大学大学院農学研究院
 濱本 昌一郎 教授
東京大学大学院農学生命科学研究科附属アイソトープ農学教育研究施設
 小林 奈通子 准教授
京都大学生存圏研究所
 杉山 暁史 教授 

論文情報

雑誌
Scientific Reports
題名
Soil volatilomics uncovers tight linkage between soybean presence and soil omics profiles in agricultural fields.
(土壌volatilomicsにより農地におけるダイズの有無と土壌オミクス特性の強い結びつきを発見)
著者
H. Kuchikata, M. Sano, F. Fujiwara, K. Murashima, K. Kumaishi, M. Narukawa (Nara), Y. Nose, M. Kobayashi, S. Hamamoto, N. I. Kobayashi, A. Sugiyama, N. Nihei, Y. Ichihashi, M. Kusano*
DOI
10.1038/s41598-024-70873-x

研究助成

本研究は、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)、テーマ名「スマートバイオ産業・農業基盤技術」(資金提供機関:生物系特定産業技術研究支援センター)およびムーンショット型研究開発制度、「農林水産業におけるムーンショット目標」(JPJ009237)からの支援を受けて実施されました。

用語解説

  • 注1 揮発性有機化合物(volatile organic compound, VOC)
     常温常圧で蒸発しやすい低分子有機化合物のこと。アルコール類、カルボニル化合物、アルカン、芳香族化合物、テルペン、硫黄含有化合物などが含まれる。
  • 注2 固相マイクロ抽出―ガスクロマトグラフー質量分析法(HS-SPME-GC-MS)
     試料の気相に存在するVOCを、固相マイクロ抽出法(特殊なコーティングを施したファイバーに吸着させる技術 を用いて吸着し、その気相成分をガスクロマトグラフにより分離する。質量分析により得られたVOCの質量電荷比とガスクロマトグラフにより得られた保持指標と組み合わせることで、VOCピークに候補となる化合物を見つけることができる。
  • 注3 O2PLS-DA(two-way orthogonal projections to latent structures discriminant analysis)
     多変量データ解析(複数の変数の関連性を分析する手法 の一種で、教師あり学習を用いて異なるグループ間の違いを説明する潜在変数を見つけ出す手法。

問い合わせ先

【研究に関すること】
草野 都(くさの みやこ)
筑波大学 生命環境系 教授
TEL: 029-853-4809
Email: kusano.miyako.fp[at]u.tsukuba.ac.jp
URL: https://trios.tsukuba.ac.jp/researcher/0000003575

【取材・報道に関すること】
筑波大学 広報局
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu[at]un.tsukuba.ac.jp

理化学研究所 広報室報道担当
TEL: 050-3495-0247
E-mail: ex-press[at]ml.riken.jp

福島大学 総務課広報係
TEL: 024-548-5190
E-mail: kouho[at]adb.fukushima-u.ac.jp

北海道大学 社会共創部広報課
TEL: 011-706-2610 
E-mail: jp-press[at]general.hokudai.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 事務部 総務課 総務チーム 広報情報担当
TEL: 03-5841-8179, 5484
E-mail: koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp

京都大学 渉外・産学官連携部広報課国際広報室
TEL: 075-753-5729
E-mail: comms[at]mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

小林 奈通子