日本全土の高解像度森林炭素蓄積量マップ作成に成功 ~我が国の炭素クレジット計算に貢献~
発表のポイント
- 1ピクセルあたり10m×10mの高解像度で日本全国の森林地上部炭素蓄積量マップの作成に成功。
- 全国の森林地上部炭素蓄積量が従来の地上調査よりも小さいことを解明。
- 炭素クレジット計算への貢献に期待。
発表概要
北海道大学大学院農学研究院の加藤知道教授と同大学大学院農学院修士課程の李 瀚韬氏(現東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程学生)、東京大学大学院農学生命科学研究科、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、米国ジョージメイソン大学の研究グループは、1ピクセルあたり10m×10mの高解像度で、日本全国の森林地上部炭素蓄積量(=バイオマス)マップの作成に成功しました。
この研究では人工衛星PALSAR-2(JAXAだいち2号に搭載)、Sentinel2(欧州宇宙機関)等によるデータを入力に利用し、航空機レーザ測量*1による森林地上部バイオマス測定データを機械学習モデル*2に学習させることで、世界でも稀に見る高解像度でのマップ作成を可能にしました。
この研究による全国の森林地上部炭素蓄積量の総量は、1440±565 T(テラ=10の12乗) g Carbon(14.4±5.65億トン炭素)となりました。これは従来の全国地上調査による推定量よりも小さな値であることを示しました。
今回作成された森林地上部炭素蓄積量マップは、森林地上部バイオマス、材積、樹高とともにJAXAウェブサイトより公開する予定であり、どなたでも任意の地域の森林地上部炭素蓄積量を推定することができます。これにより、これまで人的・資金的に計測が困難であった小規模な自治体・企業・個人が所有する森林において、炭素クレジット*3推定を非常に容易にすることに繋がると考えられます。
なお、本研究成果は、2024年7月26日(金)にElsevierから刊行される自然科学分野の学術誌Remote Sensing of Environmentにオンライン掲載されました。
発表内容
【背景】
世界の陸地の1/3を占める森林は非常に大きな炭素吸収源であり、その森林バイオマスに蓄積されている炭素の空間的な分布を正確に把握することは、グローバルな炭素循環や気候変動を考えるうえで非常に重要です。これまで我が国では森林簿(樹木の種類と林齢の目録)等の統計資料から、国全体の森林炭素蓄積量の推定を行ってきましたが、実測ではないために現状と合っておらず、また現地調査(林野庁森林生態系多様性調査)の場合も、調査地点の正確な位置情報が公開されておらず、利用可能な地点が満遍なく分布していないため、推定値に偏りがあるという問題がありました。一方で、人工衛星による森林炭素蓄積量の推定は、調査手法が統一的で再現性が高いことや、人間が踏み込めない場所もデータが取得できるなどの拡張性があるため、近年目覚ましく発展しております。しかしながら、推定に必要な検証データを大量に用意することが困難であるため、日本全体のような大きな面積ではまだ成功しておりませんでした。
【研究手法】
人工衛星PALSAR-2(JAXAだいち2号に搭載)、Sentinel2(欧州宇宙機関)等による、合成開口レーダ・光学センサーデータを入力に利用し、2016-2022年に計測された17ヶ所の航空機レーザによる森林地上部バイオマス計測データをもとに、機械学習モデル(ランダムフォレスト回帰モデル)を構築しました。
【研究成果】
世界でも稀に見る高解像度(1ピクセルあたり10m×10m)での我が国の森林地上部バイオマスマップの作成に成功しました(図1)。
これらから計算した本研究の日本の総森林地上部炭素蓄積量1440.26 Tg 炭素(図2)は、他の低解像度(1ピクセルあたり100m×100m)の衛星ベースの同様推定のうち、米国NASAの宇宙機ライダーGEDIによる推定値(1980.22 Tg 炭素)は過大評価、欧州宇宙機関が主導する気候変動イニシアチブ(CCI)による推定値(ESA-CCI: 1191.09 Tg 炭素)は過小評価となっていることを明らかにしました。これらの値の違いは、NASA及び欧州宇宙機関のデータが日本の地上計測値を検証に利用していないために起きていると考えられ、今後我が国の森林炭素蓄積量の推定を行う際に、きちんとした検証された本研究の値を利用するべきであることを示しました。
また、地上調査による推計とも比較したところ、全国の4km×4km格子地点における地上調査(林野庁森林生態系多様性基礎調査)データから計算した単位面積あたりの森林地上部炭素蓄積は、全国平均が98.15 Mg炭素/ha(Egusa et al., 2020, Scientific Reports)で、本研究の全国平均57.45 Mg炭素/haに22.82 Mg炭素/haの不確実性を加味した値よりも大きいことが分かりました。これは当該地上調査地点のうちで、データが有効な場所に偏りがあることが原因であると考えられました。
本研究の成果は、高解像度森林地上部の炭素蓄積量・バイオマス・材積・樹高として、JAXA地球観測研究センターALOS利用研究プロジェクトにおいて、ユーザ登録のうえ、どなたでもデータを利用することが可能です。
(https://www.eorc.jaxa.jp/ALOS/jp/dataset/biomassmap/japan_biomassmap_j.htm)
図1. 高解像度(1ピクセルあたり10m×10m)の森林地上部炭素蓄積量(Mg炭素/ha)
ただし、一部島嶼部(沖縄、北方領土等)は、検証データ不足で精度が保証できないため、今回の推定には含めていない。
図2. 日本の森林地上部炭素蓄積量
NASAは衛星GEDIによるもの。欧州宇宙機関は、ESA-CCIデータによるもの。
【今後への期待】
本研究は、2016-2022年の日本全国の森林地上部バイオマス(=炭素蓄積)を10m×10mという高解像度でマップ化することに成功しました。今後は、2000年代の同様データを作成し、その差分から日本の森林炭素吸収量の分布を調べる予定です。これにより、J-クレジット*4等の炭素取引において、小規模な自治体・企業・個人の所有する森林に対して、無料に近い形で炭素クレジット計算を行う仕組みの構築に貢献することに繋がります。
論文情報
- 雑誌
- Remote Sensing of Environment(自然科学分野の学術誌)
- 題名
- High-resolution mapping of forest structure and carbon stock using multi-source remote sensing data in Japan(複数リモートセンシングデータによる日本の森林構造・炭素蓄積の高解像度マップ化)
- 著者
- 李 瀚韬1、2、廣嶋卓也1、李 晓轩3、林 真智4、加藤知道5
(1東京大学大学院農学生命科学研究科、2北海道大学大学院農学院、3ジョージメイソン大学地理・地理情報科学部、4宇宙航空研究開発機構地球観測研究センター(JAXA)、5北海道大学大学院農学研究院) - DOI
- 10.1016/j.rse.2024.114322
研究助成
本研究は、文部科学省宇宙開発利用加速化戦略プログラム(カーボンニュートラルの実現に向けた森林バイオマス推定手法の確立と戦略的実装)、科学技術振興機構(JST)グリーントランスフォーメーション(GX)を先導する高度人材育成(JPMJSP2108)、東京大学グローバルリーダー養成プログラム(WINGS-GSDM)の助成を受けたものです。また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)地球観測研究センター(EORC) 第3回地球観測研究公募「人工衛星データを用いた森林地上部バイオマス推定」による支援を受けました。
用語解説
- *1 航空機レーザ測量
航空機に搭載したレーザスキャナを使用して、広範囲に高密度・高精度の標高・樹高データを取得する測量のこと。 - *2 機械学習モデル
AI(人工知能)の一種で、組み込んでおいた知識を蓄積・整理・最適化することで、コンピュータ内で学習し予測するプログラムのこと。 - *3 炭素クレジット
森林の成長や省エネ機器導入によって、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの削減・吸収が行われた量をクレジット(排出権)として認証し、主に企業間で取引できるようにした仕組みのこと。 - *4 J-クレジット
環境省、経済産業省、農林水産省が運営するベースライン&クレジット制度であり、省エネ・再エネ設備の導入や森林管理等による温室効果ガスの排出削減・吸収量を認証する制度のこと。
問い合わせ先
研究に関すること
北海道大学大学院農学研究院 教授 加藤知道(かとうともみち)
メール tkato[at]agr.hokudai.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授 廣嶋卓也(ひろしまたくや)
メール hiroshim[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
報道に関すること
北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科総務課広報情報担当(〒113-8657 東京都文京区弥生1-1-1)
TEL 03-5841-8179 メール koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。