広葉樹か針葉樹か ―機械学習を使って木材腐朽菌において樹種特異性を決める酵素を探してみた―
発表のポイント
- ランダムフォレスト機械学習アルゴリズムを用いた新しい予測モデルを構築し、木材腐朽菌の樹種特異性を解析。
- 糖エステラーゼ(CE)ファミリー1に属する酵素の遺伝子数が樹種特異性に大きく影響することを解明。
- CE1には主にアセチルキシランエステラーゼ(AcXE)が含まれることから、本酵素を駆使することで持続可能な木材利用技術の発展に寄与する可能性が期待。
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程学生(当時)長谷川夏樹氏と五十嵐圭日子(きよひこ)教授の研究チームは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の杉山将教授と、「アセチルキシランエステラーゼ(AcXE)」という酵素が、木材腐朽菌における樹種特異性注1を決定する重要な酵素であることを明らかにしました。木材腐朽菌は、自然界において木材の分解を司っている生物であり、セルロースやヘミセルロース、リグニンなどの難分解性の化合物を効率的に分解します。しかしながら、これまで木材腐朽菌が広葉樹や針葉樹といった異なる種類の木材に対してどのように適応し、どのような酵素がそのプロセスに関与しているかについては十分に理解されていませんでした。本研究は、機械学習アルゴリズム「ランダムフォレスト」注2を用いて、これらの疑問を解明し、持続可能な木材利用やバイオリファイナリー技術の開発に向けた新たな知見を提供します。
発表内容
木材腐朽菌は、自然界における炭素循環の中心的存在であり、木材を分解して炭素を大気中に還元する役割を担っています。木材腐朽菌が持つ分解酵素群は、木材の多糖成分であるセルロースおよびヘミセルロース、芳香族高分子であるリグニンといった難分解性化合物を分解し、炭素を再循環させることで、森林エコシステムの維持に寄与します。木材腐朽菌には、広葉樹(Angiosperm)スペシャリスト、針葉樹(Gymnosperm)スペシャリスト、樹種をこだわらないもの(Generalist)がありますが、これまでどの酵素が木材腐朽菌の樹種特異性を決定しているのか、またどのようにして特定の木材に適応するのかについては詳細なメカニズムが不明でした。
木材に含まれる多糖のうち広葉樹と針葉樹で異なるのはヘミセルロースで、広葉樹では主要なヘミセルロースがアセチルグルクロノキシラン(β-1,4結合したキシロースにグルクロン酸側鎖およびアセチル側鎖が付加した多糖)であるのに対して、針葉樹ではガラクトグルコマンナン(β-1,4結合したグルコース及びマンノースにガラクトース側鎖が付加した多糖)であることが知られています。そこで本研究では、木材腐朽菌の中でも特に糖の変換に関与する酵素群であるCarbohydrate-Active enZymes(CAZymes)注3に焦点を当て、機械学習アルゴリズムを用いて、どの酵素ファミリーが広葉樹と針葉樹の食い分けに関係するかを予測することにしました(図1)。
図1 フィンランドのシラカバ(広葉樹)林(左)とランダムフォレストによる樹種特異性の決定(右)
ランダムサンプリングされたトレーニングデータによって学習した多数の決定木を使用し、それぞれから推測された結果を多数決によって広葉樹スペシャリストか針葉樹スペシャリストかジェネラリストかを決める。
研究チームはまず、200種類におよぶ木材腐朽菌のゲノムデータベースからCAZymesをコードする遺伝子を収集するとともに、各菌の樹種特異性のデータ(参考論文1)と組み合わせました(図2)。その後、ランダムフォレストアルゴリズムを使用して、どの酵素ファミリーが樹種特異性に影響を与えるかを予測したところ、AcXEをコードする遺伝子の数と樹種特異性の間に強い相関があることが確認され(図3)、AcXEを持つ木材腐朽菌が広葉樹スペシャリストになりやすいことが明らかになりました。このことは、酵素の特性が木材腐朽菌の樹種特異性を決定する重要な要素であることを示唆しています。以前の研究(参考文献2)では、同様の機械学習を用いて木材腐朽菌が白色腐朽か褐色腐朽かの分類を行いましたが、機械学習による予測モデルは、異なる木材に対してどの菌が高い分解活性を示すかを正確に予測することもできることを示しています。
図2 木材腐朽菌の進化系統樹と広葉樹スペシャリスト、針葉樹スペシャリスト、ジェネラリストの分布
実際の樹種特異性(一列目)とランダムフォレスト(二列目)による樹種特異性推測結果を比較している。長いバーは3種の「らしさ」を評価している。
図3 ランダムフォレストによる分類(上)および回帰(下)に対する各酵素の重要度
糖エステラーゼ(CE)ファミリー1が樹種分類に対して圧倒的に重要度が高いことが分かる。
今回の研究成果は、木材の持続可能な利用や、廃材の効率的な再利用に向けた技術開発に大きな貢献をもたらすと期待されています。木材腐朽菌の分解メカニズムを詳細に理解することで、バイオリファイナリーにおける木質資源の利用効率を向上させる新たな技術が開発される可能性があります。特に、AcXEの特性を活用した木材分解プロセスの最適化が期待されます。さらに、本研究で用いられた機械学習アルゴリズムは、他の酵素や遺伝子の機能予測にも応用できる可能性があります。これにより、木材だけでなく、他の植物バイオマスの分解プロセスや、酵素を利用した産業プロセスの最適化に向けた新しいアプローチが提案されるかもしれません。持続可能な資源利用が求められる現代社会において、木材腐朽菌を利用したバイオリファイナリー技術は、循環型社会の実現に向けた重要な鍵となります。本研究で得られた知見は、森林資源の効率的な利用や、廃棄される木材の再利用を促進することで、環境負荷の低減に寄与する可能性があります。また、森林管理や木材保存における新たな技術の基盤としても期待されています。
本研究結果は「Journal of Wood Science誌」に掲載されました。なお本研究は、科学研究費補助金基盤研究(A)「木材腐朽現象の現代的理解」(研究代表者:五十嵐圭日子)の補助を受けたものです。
発表者
長谷川 夏樹(東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 修士課程学生(当時))
杉山 将(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授/理化学研究所革新知能統合研究センター チームリーダー/
UT7東京大学 次世代生命概念創出研究グループ)
五十嵐 圭日子(東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 教授/UT7東京大学 次世代生命概念創出研究グループ)
論文情報
- 雑誌
- Journal of Wood Science
- 題名
- Acetylxylan esterase is the key to the host specialization of wood-decay fungi predicted by random forest machine-learning algorithm
- 著者
- Natsuki Hasegawa, Masashi Sugiyama, and *Kiyohiko Igarashi(*責任著者)
- DOI
- https://jwoodscience.springeropen.com/articles/10.1186/s10086-024-02159-9
参考文献
- Cline ET, Farr DF (2006) Access to web-based information about fungal geographic distribution, host range, and scientific names using the USDA-ARS Systematic Botany and Mycology (SBML) databases: What can SBML do for you? Phytopathology 96(6):S190
- Hasegawa N, Sugiyama M, Igarashi K (2024) Random forest machine-learning algorithm classifies white- and brown-rot fungi according to the number of the genes encoding Carbohydrate-Active enZyme families. Appl. Environ. Microbiol. 90:e00482-24
白色か褐色か ―機械学習を使って木材腐朽菌を糖関連酵素の遺伝子数から分類してみた―
用語解説
- 注1 樹種特異性
木材腐朽菌は、菌によって広葉樹を分解するものと針葉樹の分解を好むものがあります。一般的に食用きのことして食べるきのこには、広葉樹を食べるものが多い一方で、木造の家を脆くするのは建築木材として主に使われる針葉樹を腐朽する菌なので、木材腐朽菌の樹種特異性は私達の生活に大きく影響すると言えます。 - 注2 ランダムフォレスト
2001年にレオ・ブレイマンによって提案された機械学習のアルゴリズムで、分類や回帰、クラスタリング等に用いられる。ランダムサンプリングされたトレーニングデータによって学習した多数の決定木を弱学習器とするアンサンブル学習アルゴリズムであり、本研究では説明変数(本研究では各ファミリー)の重要度を算出可能であるために用いられた。 - 注3 糖関連酵素(Carbohydrate-Active enZymes)
糖加水分解酵素(GH)、糖転移酵素(GT)、多糖リアーゼ(PL)、糖エステラーゼ(CE)、修飾活性(AA)、糖結合モジュール(CBM)等の糖に活性を持つ酵素を、アミノ酸配列に基づいてファミリー毎に分類している。1998年よりCAZyデータベースとして公開されており、様々な生物種由来の糖関連酵素が登録されている。
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
教授 五十嵐 圭日子(いがらしきよひこ)
Tel: 03-5841-5255
E-mail:aquarius [at]mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。