発表のポイント

  • 麹菌においてゲノム編集による高効率多重遺伝子改変技術を利用し大規模な代謝改変を行いました。
  • 大規模代謝改変によって、異種天然物の生産能力を大幅に増強した麹菌の開発に成功しました。
  • 麹菌を用いた有用天然物の生合成研究ならびにバイオものづくりの産業利用への貢献が期待されます。

大規模代謝改変による異種天然物の生産能力を大幅に増強した麹菌の開発

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の齋藤直也特任研究員(当時)、片山琢也特任助教、丸山潤一特任教授と、東京科学大学の南篤志教授、中国・五邑大学の及川英秋教授による研究グループは、異種天然物を高生産する麹菌の開発に成功しました。日本の伝統的な醸造産業に利用される麹菌は近年、天然物を異種生産するための宿主としても利用され、バイオものづくりの産業利用が期待されています。しかし、これまで大規模な代謝改変によって生産量を大幅に増加させる機能開発は容易でありませんでした。本研究では、ゲノム編集CRISPR/Cas9システムによる高効率の多重遺伝子改変技術を利用して、麹菌の複数の代謝経路に関連する13個もの遺伝子を改変しました。その結果、異種天然物の生産能力を大幅に増強した麹菌の開発に成功しました。この成果によって、麹菌による有用天然物の生合成研究ならびにバイオものづくりの産業利用に貢献することが期待されます。

発表内容

 天然物は医薬品・農薬などの有用な化合物として利用されていますが、多くの場合は元々の供給源である生物による生産量は十分でなく、一方で化学合成をしようとすると環境に負荷となります。一方で、微生物を利用した異種生産が安価で大量供給が可能で環境にやさしい生産として注目され、特に大腸菌や酵母では大規模に代謝を改変することによる高生産のための開発が進んでいます。
 日本の伝統的醸造産業に用いられている麹菌は、近年、生合成研究を目的とした天然物の異種生産に利用されています。特に麹菌は、多様な天然物を生産する糸状菌(カビ)に由来する生合成遺伝子を発現しやすいためにその異種生産に適しています。しかし、大腸菌と酵母と比較して麹菌は元来の遺伝子改変効率が高くなかったことから、大規模な代謝改変によって生産量を大幅に増加させる機能開発は容易でありませんでした。本研究グループは以前、麹菌においてゲノム編集CRISPR/Cas9システム(注1)を利用して高効率の多重遺伝子改変技術を開発しました(図1)。今回この技術を活用し天然物のうちテルペン化合物(注2)をモデルとして、大規模代謝改変によって天然物を高生産する麹菌の開発を行いました。

図1:麹菌におけるゲノム編集CRISPR/Cas9システムを利用した高効率の多重遺伝子改変技術

 最初に麹菌の代謝情報を網羅的に解析して、エタノール発酵・クエン酸を介したアセチルCoA供給・メバロン酸経路の3つの代謝経路に関連する遺伝子改変がテルペン化合物の生産量増加に寄与すると仮定しました。対象とした3つの代謝経路の改変により、モデル化合物として用いた抗菌物質pleuromutilinの生産量が増加しました。最終的には3つの代謝経路に関連する計13個の遺伝子改変を組み合わせて、生産量を8.5倍まで増加させることに成功しました(図2)。

図2:大規模代謝改変による異種天然物の生産量が増加した麹菌の開発

 さらに、取得した大規模代謝改変株において、ほかの天然物の異種生産への効果を調べました。その結果、2種のテルペン化合物である抗菌物質aphidicolinと抗腫瘍薬シード化合物ophiobolin Cの両方について、13重の遺伝子改変により約30から60倍もの大幅な生産量の増加がみとめられました(図3)。以上のことから、本研究で作製した大規模代謝改変株が、異種テルペン化合物の高生産に汎用的に利用可能であることを示しました。

図3:13重の遺伝子改変による汎用的に利用可能な異種天然物の高生産麹菌

 本研究では、麹菌における複数の代謝経路に関連する13個の遺伝子を改変することにより、異種天然物の生産能力を大幅に増強した麹菌の開発に成功しました。これにより、天然物の生合成研究への利用の効率化に加えて、麹菌による有用な天然物のバイオものづくりへの産業利用に貢献することが期待されます。また本研究の成果は、ゲノム編集による多重遺伝子改変技術が麹菌の潜在能力を大きく引き出す機能開発に有効であることを示しています。このような麹菌の性質を劇的に変える育種は、有用物質の生産はもちろんのこと醸造利用における従来にない機能を有する麹菌の開発につながることが期待されます。

発表者

東京大学 大学院農学生命科学研究科
 丸山 潤一 特任教授
 片山 琢也 特任助教
 齋藤 直也 特任研究員(当時)
中国・五邑大学
 及川 英秋 教授
東京科学大学理学院化学系
 南 篤志 教授

論文情報

雑誌
Communications Biology
題名
Versatile filamentous fungal host highly-producing heterologous natural products developed by genome editing-mediated engineering of multiple metabolic pathways
著者
Naoya Saito, Takuya Katayama, Atsushi Minami, Hideaki Oikawa, Jun-Ichi Maruyama* (*責任著者)
DOI
10.1038/s42003-024-06958-0.
URL
https://www.nature.com/articles/s42003-024-06958-0

研究助成

本研究は、科研費(19H02891, 21H02098)、新学術領域研究「生合成リデザイン」(16H06446, 17H05431, 19H04644)、学術変革領域研究(A)「予知生合成科学」(23H04533, 23H04547)、学術変革領域研究(A)「潜在空間分子設計(24H01741)の支援により実施されました。

用語解説

  •  注1 ゲノム編集
    部位特異的にDNAを切断する酵素を利用して標的とする遺伝子を自在に書き換える技術。なかでも、CRISPR/Cas9システムは簡易で低コストであり、動物や植物・微生物のように広い生物種で効率的な遺伝子改変技術として利用されている。
  •  注2 テルペン化合物
    天然物のなかでも最も多様性に富む化合物であり、様々な生理活性を有する物質が多く含まれている。真核生物ではメバロン酸経路を含む多段階の代謝反応を経て生合成される。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 醸造微生物学(キッコーマン)寄付講座
 特任教授 丸山 潤一(まるやま じゅんいち)
 E-mail:amarujun[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

丸山 潤一
片山 琢也