発表のポイント

  • 硝酸をアンモニウムに還元する能力を持つ水田土壌細菌による温室効果ガスN2O生成の新たな経路を明らかにしました。
  • 新たな経路で生成されたN2Oは、他の経路によるN2Oとは異なる同位体特性値(高い15Nサイトプレファランス値)を示しました。
  • これらの成果は、環境におけるN2O生成メカニズムの理解やN2O排出源の特定、N2O削減技術の開発に大きく貢献します。

発表内容

 微生物が硝酸を異化的にアンモニウムに還元する反応(dissimilatory nitrate reduction to ammonium, DNRA は、脱窒反応による窒素の損失を軽減するとともに植物の窒素養分となるアンモニウムを生成することから、陸上生態系における窒素循環の重要な経路として注目されています。一方、DNRA反応の副産物として温室効果ガスの一つでありオゾン層破壊作用も有する一酸化二窒素(N2O)ガスが生成することが知られています(図1)。しかし、その生成メカニズムは不明でした。


図1
 好気的および嫌気的条件下での微生物による窒素循環におけるN2O生成経路。SPbD, SPfD, SPNI, SPDN:それぞれ細菌脱窒、糸状菌脱窒、硝化、DNRA反応に由来するN2Oの15N-サイトプレファランス値。

 本研究では、水田土壌におけるDNRA反応の重要な担い手である2種類の嫌気性細菌Geomonas sp.とOryzomonas sp.を用いてN2O生成経路を調べました。ゲノム解析の結果、ほとんどのGeomonas株は膜結合型硝酸還元酵素(Nar)とペリプラズム型硝酸還元酵素(Nap)の両方を保有しているのに対し、Oryzomonas株はペリプラズム型硝酸還元酵素(Nap)のみを保有していることが明らかになりました。培養実験において、これらの菌株はDNRA反応で消費した硝酸の約1%に相当するN2Oを、亜硝酸から直接生成することが示されました。
 活性測定と転写解析から、Geomonas株によるN2O生成は、NO2-からNO、続いてNOからN2Oへの2段階のプロセスによるものであり、それぞれNarとNO解毒関連酵素(ハイブリッドクラスタータンパク質複合体 [Hcp-Hcr])が触媒することが示されました。対照的に、Oryzomonas株においては、亜硝酸還元酵素(NrfA)によって生成されたNOが、Hcp-HcrによってN2Oに還元されるという、異なるN2O生成経路であることが分かりました(図2)。

図2 GeomonasOryzomonasによるDNRA反応に由来するN2O生成の模式図。
(a)NarタイプGeomonas株におけるN2O生成経路
(b)NapタイプOryzomonas株におけるN2O生成経路
赤い矢印はDNRA反応におけるNO2-からの副産物としてのN2O生成を示す。

 さらに、このようなDNRA反応に由来して生成したN2Oの同位体特性値(15Nサイトプレファランス(SP)値)が、他の経路由来のN2Oの同位体特性値とは異なり、これまでに報告された中で最も高い15Nサイトプレファランス値(43.0-49.9‰)を示すことを初めて明らかにしました(図3)。これは環境においてN2O発生源を特定するための重要な手段につながるものです。

図3 異なるN2O生成反応によるN2O同位体特性値の比較。nD,硝化菌による脱窒; fD,細菌による脱窒; NI,硝化; DN,DNRA。黒矢印(N2O-R)は従来の研究に基づく細菌脱窒によるN2O還元を示す。傾き ε(SP) / ε(δ15N) = 0.96, 傾き ε(SP) / ε(δ18O) = 0.45, 傾き ε(δ18O) / ε(δ15N) = 2.21

 今回の研究成果により、DNRA反応に由来するN2O生成のメカニズムとしての2つのN2O生成経路ならびに、その特徴的な同位体特性値が明らかになりました。これらの知見は、N2O生成におけるDNRA反応の役割に関する新しい知見を提供し、環境中のN2O排出源の特定におけるN2O同位体特性値の重要性を示すものです。

発表者

XU Zhenxing(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 JSPS外国人特別研究員(当時) / Marine College, Shandong University, Weihai, China, Associate Professor)
服部 祥平(International Center for Isotope Effects Research (ICIER), Nanjing University, Nanjing, China / Frontiers Science Center for Critical Earth Material Cycling, State Key Laboratory for Mineral Deposits Research, School of Earth Sciences and Engineering, Nanjing University, Nanjing, China, Associate Professor)
増田 曜子(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教 / 東京大学微生物科学イノベーション連携研究機構)
豊田  栄(東京科学大学物質理工学院 准教授)
木庭 啓介(京都大学生態学研究センター 教授)
YU Pei SDU-ANU(Joint Science College, Shandong University, China, Assistant Professor)
吉田 尚弘(東京科学大学地球生命研究所 名誉教授 / 国立研究開発法人情報通信研究機構 上席招聘研究員)
DU Zong-Jun Marine College, Shandong University, China, Professor
妹尾 啓史(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授 / 東京大学微生物科学イノベーション連携研究機構)

論文情報

雑誌
mBio (2024年10月30日)
題名
Unprecedented N2O production by nitrate-ammonifying Geobacteraceae with distinctive N2O isotopocule signatures
著者
Zhenxing Xu, Shohei Hattori, Yoko Masuda, Sakae Toyoda, Keisuke Koba, Pei Yu, Naohiro Yoshida, Zong-Jun Du, Keishi Senoo
DOI
10.1128/mbio.02540-24
URL
https://journals.asm.org/doi/10.1128/mbio.02540-24

研究助成

本研究は、NSFC科研費(92351301)、JSPS科研費(JP21F21091, JP20H05679, JP20H00409, JP20K15423, JP18K19850, JP22H00383 and JP17H06105)、the New Energy and Industrial Technology Development Organization (NEDO) (JPNP18016)の助成を受けて行われました。また、Center for Ecological Research, Kyoto University, a Joint Usage/Research Center(木庭)、JSPS 外国人特別研究員奨励費 (21F21091)(Xu)、MEXT/JSPS KAKENHI (20H04305), the Fundamental Research Funds for the Central Universities (International Collaboration Program (2024300346)) and Cemac “GeoX” Interdisciplinary Program (2024300245), and start-up funding from Nanjing University(服部)の支援を受けました。

用語解説

  • N2O(一酸化二窒素)
    地球温暖化の原因となる温室効果ガスの主要なものの一つです。二酸化炭素やメタンといった他の温室効果ガスと比べて大気中の濃度は低いですが、単位濃度あたりで温暖化をもたらす能力(地球温暖化係数)が高く重要な成分です。また、成層圏オゾン層の破壊物質でもあります。
  • DNRA(dissimilatory nitrate reduction to ammonium)
    硝酸からアンモニウムへの異化的還元反応。嫌気性微生物が呼吸の電子受容体として硝酸を用い、硝酸が亜硝酸に還元される反応(Nar, Napが触媒)と亜硝酸がアンモニウムに還元される反応(Nrfが触媒)の二つの反応からなっています。
  • 15Nサイトプレファランス値
    N2O分子に含まれる2つの位置のN原子はそれぞれある割合で安定同位体の15Nを含んでおり、その同位体比の差がサイトプレファランス(site preference; SP)と定義されています。サイトプレファランス値はN2Oの生成プロセス(硝化、細菌脱窒、糸状菌脱窒)により固有の値をとるため、N2O生成プロセスを議論することが可能となります。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 土壌圏科学研究室
 助教 増田 曜子(ますだようこ)
 E-mail:yokomasuda[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
 https://park-ssl.itc.u-tokyo.ac.jp/soil-cosmology/

※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

増田 曜子
妹尾 啓史