飼料用昆虫にアミノ酸を高濃度に蓄積させる技術を新たに開発-輸入に頼らないタンパク質生産技術として期待-
発表概要
アメリカミズアブ(以下、ミズアブ)の幼虫は様々な食品残渣や農業残渣等の有機廃棄物を摂食して成長するため、新たなタンパク質源として世界中で注目されています。ミズアブ幼虫は養鶏や水産養殖の飼料の原料として国内でも利用が始まっていますが、必須アミノ酸であるヒスチジンやメチオニンが求められる要求量を下回っていることが課題でした。
農研機構と東京大学の研究グループは、飼料用昆虫にアミノ酸を高濃度に蓄積させる技術を新たに開発しました。ミズアブ幼虫が摂取したアミノ酸の一部は体内に蓄積されずに排泄されてしまいますが、排出機能を担う遺伝子HiNATtの発現を抑制することで、体内に含まれるアミノ酸総量を1.8倍に、ヒスチジンとメチオニンを2.5倍以上に増加させられることがわかりました。
本研究の知見を利用した飼料としての利用価値が高いミズアブの開発により、国内で新たなタンパク質源の確保が可能となるため、飼料の自給率向上を通じて食料の安定供給と持続的な食料生産に貢献できると期待されます。
<関連情報>
予算:ムーンショット型農林水産研究開発事業(生物系特定産業技術研究支援センター)、地球規模の食料問題の解決と人類の宇宙進出に向けた昆虫が支える循環型食料生産システムの開発 JPJ009237
特許:昆虫及び昆虫の作出方法 (特許第7411277号)
発表内容
開発の社会的背景と研究の経緯
世界人口の急激な増加により、近い将来、タンパク質の需要に供給が追い付かない「タンパク質危機」が生じると予想されています。養鶏用飼料や水産養殖におけるタンパク質源としてイワシなどから作られる魚粉が用いられていますが、近年国際的に魚粉が不足し、価格が高騰していることから、新たなタンパク質源の確保が求められています。ミズアブの幼虫は様々な食品残渣や農業残渣等を食べて成長し、タンパク質源として利用できる昆虫として注目されています。研究グループでは養鶏や水産養殖の飼料に使用されている魚粉の代替品としてミズアブ幼虫を利用する研究開発をこれまで進めてきました。しかし、ミズアブ幼虫から得られるタンパク質は、飼料用原料に必要なヒスチジンやメチオニンなどの必須アミノ酸が不足しています。ミズアブ幼虫を魚粉代替のタンパク質源とするためにはこれらの必須アミノ酸を強化する必要があります。本研究では、魚粉代替のタンパク質源としてのミズアブ幼虫の利用価値をさらに高めるため、幼虫体内の必須アミノ酸を増加させる技術の開発を行いました。
研究の内容・意義
ミズアブ幼虫に含まれる必須アミノ酸のバランスは魚粉と異なるため、飼料用原料としては特に水産養殖に必要な必須アミノ酸が不足します。本研究は、必須アミノ酸がミズアブのマルピーギ管3)から排出されるのを抑制することにより、体内に必須アミノ酸を高濃度に蓄積させ、飼料原料としての価値を高める技術の開発に成功しました。
1.「アミノ酸排出を制御するトランスポーターの発見」
昆虫体内でアミノ酸を輸送するシステムとして栄養アミノ酸トランスポーター(Nutrient Amino acid Transporter, NAT)4)があります。NATはさまざまな器官に存在し、機能がそれぞれ異なります。次世代シーケンスを用いてミズアブ幼虫体内のNATを探索したところ、5種類のNATを発見しました。これらのNATのゲノム配列と発現場所を詳細に調べ、マルピーギ管のみに存在するNATを見つけました。このNATはミズアブの体腔からマルピーギ管へのアミノ酸の輸送、すなわち体内からのアミノ酸の排泄に関わると推測し、HiNATt(ミズアブHermetia illucens :Hi、の栄養アミノ酸トランスポーターNATでマルピーギ管Malpighian tubulesで発見された)と名付けました。
2.「HiNATt遺伝子発現抑制で必須アミノ酸増加」
マルピーギ管からのアミノ酸の排泄を抑制する目的でHiNATt遺伝子に対してRNA干渉(RNAi)5)処理したところ、その発現量が約40%に抑制されました(図1)。その結果、ミズアブ幼虫のアミノ酸総量がRNA干渉処理前の1.8倍に増加しました(図2)。また、養殖魚の成育に重要な必須アミノ酸であるヒスチジンとメチオニン量は2.5倍以上増加しました(図3)。
図1 HiNATtの機能抑制によるアミノ酸排泄機能の低下とアミノ酸蓄積
RNA干渉によりHiNATtの発現を抑制すると、体腔からマルピーギ管へのアミノ酸の排出が抑制され、体腔内にアミノ酸が留まります。
図2 ミズアブ幼虫あたりのアミノ酸総量
RNA干渉によりHiNATtの発現を抑制するとミズアブ幼虫のアミノ酸総量が増加します。
図3 ミズアブ幼虫における各アミノ酸の含有量
RNA干渉によりHiNATtの発現を抑制したミズアブ幼虫では、養殖飼料の原料に求められるヒスチジン(His)とメチオニン(Met)の含有量が増加していました(HSD検定 His, P<0.05;Met, P=0.066)。赤字は魚の必須アミノ酸です。
今後の予定・期待
本研究において、ミズアブのアミノ酸の排出に関わるHiNATt遺伝子の働きを低下させると、飼料用原料に重要な必須アミノ酸量が増加することが明らかとなりました。本成果を発展させることで、飼料用原料として価値の高いミズアブ系統の作出が可能となることが期待されます。
本研究グループでは、ムーンショット型農林水産研究開発事業において優良系統の育成や飼育技術の改良を行っています。昆虫の飼料化を実現するための研究を進め、食料の安定供給と環境負荷を抑えた持続的食料生産に貢献します。
論文情報
- 雑誌
- Journal of Insects as Food and Feed.
- 題名
- Enhancing amino acid productivity and profile in black soldier fly larvae through NAT transporter suppression in the excretion system
- 著者
- Chia-Ming Liu, Takuya Uehara, Masami Shimoda
- DOI
- 10.1163/23524588-00001155
用語解説
- 注1 アメリカミズアブ(ミズアブ)
アメリカミズアブ(学名: Hermetia illucens は、ハエ目ミズアブ科の昆虫です。成虫は体長15-20 mm、幼虫は体長20-28 mm。原産地は北米、中米とされていますが、現在は世界各地に分布しています。日本には1950年頃に侵入し、本州、四国、九州等で自然繁殖しています。成虫は5-9月頃に出現し、夏から秋に多くみられます。幼虫は、草や果実、動物の死体や糞などの腐敗有機物を食べるため、家庭の生ごみやコンポストから発生することもあります。成虫も繁殖活動のためこれらに集まりますが、人や動物を刺すことはありません。 - 注2 必須アミノ酸
タンパク質を構成するアミノ酸のうち、動物が体内で十分に合成できないアミノ酸で、食事や餌から摂取する必要があります。例えば、魚の必須アミノ酸は10種類あり、トリプトファン(Trp 、アルギニン(Arg)、ロイシン(Leu)、リシン(Lys)、バリン(Val)、トレオニン(Thr)、フェニルアラニン(Phe)、メチオニン(Met)、イソロイシン(Ile)、ヒスチジン(His)です。 - 注3 マルピーギ管
昆虫の中腸と後腸の接続部分から分岐する細長い袋状の消化管で、哺乳類の腎臓のように排泄器官として働きます。体内の不要な代謝物や過剰な電解質などを受け取り、後腸に排出します。マルピーギ管は単一の細胞層から構成されており、アミノ酸はアミノ酸トランスポーターを介してマルピーギ管内に輸送されて排出されると考えられています。 - 注4 アミノ酸トランスポーター(Nutrient Amino acid Transporter, NAT)
アミノ酸トランスポーターは細胞膜に存在し、アミノ酸が細胞膜を通過するのを助けるタンパク質です。アミノ酸の極性や電荷の有無を認識し、特定のアミノ酸を輸送することもできます。 - 注5 RNA干渉(RNAi)
人工的に合成した2本鎖RNAを生物の体内に導入し、特定の遺伝子の発現を抑制する技術です。生物の体内では、遺伝子の配列情報がメッセンジャーRNA(mRNA に転写されます。そのmRNAがリボソームと結合してアミノ酸を順番に複数つなげてタンパク質が合成されます。この中間産物として作られるmRNAをRNA干渉によって人為的に破壊することで、その遺伝子の働きを低下させることができます。
問い合わせ先
研究推進責任者:農研機構 生物機能利用研究部門 所長 立石 剣
研究担当者:同 昆虫利用技術研究領域 研究員 劉 家銘
同 昆虫利用技術研究領域 主任研究員 上原 拓也
東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 霜田 政美
広報担当者:農研機構 生物機能利用研究部門 研究推進室 遠藤 真咲
※取材のお申し込み・プレスリリースへのお問い合わせ
(メールフォーム)https://www.naro.go.jp/inquiry/index.html