発表のポイント

  • ハスの花弁は、開花期間(4日間)中に開閉を繰り返しながら伸長することが明らかになりました。
  • 花弁の細胞のサイズを開花前後で比較したところ、着生位置が内側の花弁の基部細胞が最も伸長したことがわかりました。
  • 着生位置が内側の花弁における基部細胞を経時的に観察した結果、これらの細胞は開花時に伸長し、閉花時に収縮することがわかりました。花の開閉時のこれらの細胞の伸縮と、花弁の向軸側と背軸側(注1)の細胞伸縮の差異が花の開閉の原動力の一つとして機能している可能性が示されました。
  • 本研究の結果は、ハスのみならず花が開閉を繰り返す植物種において、その開閉のメカニズムの理解に広く有用な情報となることが期待されます。

発表概要

 ハスの花は開花期間中に開閉を繰り返しますが、この開閉に関する先行研究は限定的であり、これまで花弁の形態変化や開閉のメカニズムに関する報告はありませんでした。本研究では、ハスの花の開閉時における花弁の形態変化を捉え、またその形態変化と花弁細胞の形態変化に関連があるかを明らかにすることを目的とし、制御環境下で栽培したハスに対して、花の開閉時の花弁の伸長と花弁細胞の伸長の経時的な観察を行いました。その結果、花弁の長さは4日間の開花期間中に伸長することがわかりました。また、着生位置が内側(花の内側についている)の花弁の基部の表皮細胞(注2)が、花弁が開くときに膨張し、閉じるときに収縮するという動きを繰り返しながら、開花期間中に細胞サイズが徐々に大きくなることがわかりました。この結果により、ハスの花の開閉の動きに細胞の伸縮が関与していることが示されました。

発表内容

 ハス(Nelumbo nucifera)は、多年生の水生植物で地下茎は食用に、種子は薬用に、花、葉、果托は観賞用に利用されている農業上重要な植物種です。ハスの花は開花期間中に開閉を繰り返します。早朝に開き、開花1日目、2日目は正午までに、3日目は午後には閉じます。開閉は通常3日間繰り返され、4日目に花弁が散ります(図1A)。開花期間中に花が開閉を繰り返す植物種における花の開閉メカニズムや花弁の細胞の形態については、チューリップ、リンドウ、アネモネ、カランデュラ、スイレンなどで報告されていますが、ハスにおいては開閉時の花の形態変化に関する詳細な観察はこれまでに報告がなく、花弁の動きや開閉のメカニズムは明らかになっていませんでした。本研究では、ハスの花の開閉のメカニズムを明らかにするための基礎的な知見を得るため、ハスの花弁は花の開閉に伴い伸長するか、またその伸長には花弁の細胞の伸長が関与しているかを明らかにすることを目的として実験を行いました。

図1 ハスの花の開閉の挙動と花弁細胞の形態

(A) 典型的なハスの花の開閉運動の様子。各開花日の左から夜明け時、花弁が最も開いた時、花弁が閉じた時の3枚の画像(撮影時刻は右上に表示)を示す。 (B) 開花後の花弁基部の横断面(テクノビット切片、トルイジンブルーO染色)。向軸側、背軸側ともに二層の表皮細胞が観察される。

 試料は、東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構で維持管理されている小型の白花一重の花ハス品種である‘明珠’を用いました。4.3 Lのプラスチック容器に植え付けた地下茎を、30℃、明期16時間、暗期8時間に設定したバイオトロン(人工的に気温と日長が設定できる環境下)で栽培し、開花期間を通じて花弁および花弁の細胞の形態変化について経時的な観察を行いました。花弁内部の細胞の形態観察では、テクノビット切片(注3)を作製し、花弁の横断面と縦断面の観察を行いました。花弁の長さの測定では、着生位置の外側から内側に向かって花弁に番号をつけ、開花期間4日にわたり同一の花弁の長さを継時的に計測しました。花弁の細胞の観察については、着生位置三カ所(外側、中間、内側)の花弁をそれぞれの着生位置の代表的な花弁として観察対象としました。また、一枚の花弁の基部、中央部、先端領域の向軸側と背軸側の表皮細胞形態を顕微鏡下で観察し、細胞のサイズを測定しました。
 観察の結果、ハス花弁には向軸側、背軸側ともに上表皮細胞と下表皮細胞の二層の表皮細胞が形成されていることがわかりました(図1B)。花弁の長さを各開花日の閉花時点で測定した結果、花弁の長さは4日間の開花期間中に伸長することがわかりました。開花1日目から2日目および2日目から3日目の伸長が特に著しく、3日目から4日目にかけては、花弁の長さ幅ともにわずかに伸長または減少しました。また、花弁の着生位置が内側の花弁の方が外側、中間の花弁より伸長しました。花弁の細胞の形態観察では、はじめに開花前と開花3日目の閉花後の花弁の細胞のサイズを測定しました。その結果、着生位置が内側の花弁の基部細胞が最も伸長していることがわかりました。次に開花期間中に最も細胞が伸長した花弁基部領域を対象として、上下表皮細胞の経時的な形態変化を明らかにするため、半破壊的逐次サンプリング法(注4)を用いて開花前、開花1日目から3日目の開花時と閉花時の細胞サイズを経時観察しました(図2A)。その結果、着生位置が内側の花弁基部の上下表皮細胞は、花弁が開くときに膨張し、閉じるときに収縮するという動きを繰り返しながら、開花期間中に細胞サイズが徐々に大きくなることがわかりました(図2BD)。

図2 着生位置が内側の花弁基部の表皮細胞における開花期を通じた大きさの変化

(A) 半破壊逐次サンプリング法の概略図。 開花期間中において同一の花弁の基部領域を生検トレパンによりサンプリングし、共焦点レーザー顕微鏡を用いて両軸側の表皮細胞を観察した。(B-D) 開花期における花弁基部の表皮細胞の長さ (B)、幅 (C)、面積 (D)。平均値を線で、個々のデータを点で示した。エラーバーは標準誤差を示す。

 本研究の結果から、ハスの花弁は開閉を繰り返しながら縦方向に伸長し、同時に花弁の基部の表皮細胞は主に縦方向に伸長することが明らかになりました。これらの細胞は向軸側と背軸側の両方で開花時には伸長し、閉花時には収縮するという概ね共通した挙動を示すものの、向軸側と背軸側で開閉時の伸縮の傾向に差がみられました。例えば、1日目の開花時から閉花時の計測値では、向軸側の細胞は収縮し、背軸側の細胞は伸長しました。これらの細胞の伸縮と、向軸側と背軸側の伸縮の差異が花の開閉の原動力の一つとして機能している可能性が示されました。これらの結果は、ハスをはじめとする開花期間中に開閉を繰り返す種の花の開閉のメカニズムの解明や、植物の生殖に関する研究に有用な情報となることが期待されます。

発表者

東京家政学院大学 現代生活学部 生活デザイン学科
 石綱 史子 准教授
 葉  雨昕 修士課程(当時)
 吉村 菜摘 学士課程(当時)
 白井  篤 教授

東京大学 生物生産工学センター
 青野 俊裕 講師(当時)

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
 堤  伸浩 教授
 有村 慎一 教授
 髙梨 秀樹 特任准教授

論文情報

雑誌
American Journal of Botany
題名
Structural changes in Nelumbo flower petals during opening and closing
著者
Fumiko Ishizuna, Ukin Yo, Natsumi Yoshimura, Atsushi Shirai, Toshihiro Aono, Nobuhiro Tsutsumi, Shin-Ichi Arimura, and Hideki Takanashi
DOI
10.1002/ajb2.16433
URL
https://bsapubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ajb2.16433

研究助成

 本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 (19K15819) の支援を受けて行われました。


筆者らが提供した、ハスの花の写真が
American Journal of Botany11月号の表紙に採用されました

用語解説

  •  注1 向軸・背軸
    植物の側生器官の裏表に対する表現方法であり、その器官が原基の段階で軸に向いている方を向軸側、その反対側を背軸側と呼ぶ。ハスの花弁を例にとると、開花した時に上 (表) を向いている面が向軸側、下 (裏) を向いている面が背軸側にあたる。
  •  注2 表皮細胞
    植物の表皮細胞は、植物の葉、茎、根、花弁などの組織の最も外側にある細胞層で、病原菌や害虫を含む外部環境から植物を守るバリアの役割を果たす。この細胞層には気孔があり、酸素や二酸化炭素などのガス交換や蒸散を行い植物体内の水分量の調整も担う。また表皮細胞は、茎の伸長など植物の成長過程を制御することが先行研究で示されているため、本研究ではハスの花弁の表皮細胞に着目し、その形態の変化を観察した。
  •  注3 テクノビット切片
    細胞形態を観察する際には切片を作製することが多いが、組織を生のまま扱った場合、組織が柔らかいため細胞の形態を保持したまま薄切り切片を作ることは困難である。そのため、今回は花弁をテクノビットというメタクリル酸メチル(MMA)をベースにしたアクリル樹脂で固め、ミクロトームと呼ばれる切片作製用の機器を用いて13 μm程の厚さの薄い切片を作製し観察を行った。
  •  注4 半破壊的逐次サンプリング法
    開花期間中のハスの(同一の)花弁の基部領域への経時的なアクセスを可能にするために、開花前に全ての花弁の上半分を切除した(この状態でも、花弁の下半分は上部を切り取っていない通常の花と同じ動きで開閉することは確認済み)。開花前と開花1日目から3日目の開花時と閉花時に、着生位置が内側の花弁基部から直径2 mmの円盤状のサンプルを採取して、細胞形態の観察を実施した。

問い合わせ先

東京家政学院大学 現代生活学部 生活デザイン学科 
准教授 石綱 史子 (いしづな ふみこ)
東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物分子遺伝学研究室 特任研究員 (兼任)
E-mail: ishizuna<アット>kasei-gakuin.ac.jp  <アット>@に変えてください

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物分子遺伝学研究室
特任准教授 髙梨 秀樹 (たかなし ひでき)
E-mail: atakana<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>@に変えてください

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