地上部生長から育種ほ場のテンサイ糖収量を予測 -地下部の糖収量を精度良く予測できることを実証-
概要
農研機構と東京大学大学院農学生命科学研究科は、ドローンで撮影したテンサイ育種ほ場の連続撮影画像を使い、育種ほ場を3Dで再現しました。これにより、テンサイ地上部の生長情報を大規模かつ効率的に把握できるようになり、その結果、地上部データに基づく地下部の糖収量を精度よく予測できました。この技術により、ほ場全体の糖収量が収穫前に試験区単位で予測できるため、品種開発が大幅に効率化することが期待されます。
農研機構と東京大学は、無人航空機1)(UAV=ドローン)にRGBカメラを搭載し、テンサイ育種ほ場の上空を移動連続撮影し、取得したデジタル画像情報から3D再構成技術を用いて育種試験ほ場のデジタル情報を取得しました。
この技術を使うことで地上部のデータを広範囲かつ経時的に取得することが可能となりました。テンサイの糖収量を決める根重や根中糖度は、地上部の茎葉の展開程度及び茎葉の総量と関連します。この手法で得られた地上部の大規模データと地下部の根重や根中糖度の関係を解析した結果、栽培中の地上部のデータから収穫後の糖収量を正確に予測することが可能となりました。テンサイは砂糖の原料作物であり、品種開発においては、地下部の糖収量が重要な選抜指標となります。これまでは地下部を一本ずつ掘り取り、計測して糖収量を求めていました。地上部の生育情報から根重を予測する手法もありましたが、人手により大規模な生育データを収集するのは難しく、かつ、従来法では精度が不十分でした。今回開発した技術を用いることで、ほ場全体の糖収量が収穫前に試験区単位で予測できるため、糖収量を指標とした育種選抜が容易になり、テンサイの品種開発を大幅に効率化することが期待されます。
<関連情報>
予算:JST CREST「フィールドセンシング時系列データを主体とした農業ビッグデータの構築と新知見の発見」(課題番号:JPMJCR1512)およびJST AIP加速課題「ビッグデータ駆動型AI農業創出のためのCPS基盤の研究(課題番号:JPMJCR21U3)」
研究内容
開発の社会的背景
テンサイ (Beta vulgaris L.) は、温帯地域における砂糖生産に重要な作物です。世界のテンサイ栽培面積は 444 万ヘクタール(ha)で、日本は5.1万haです。テンサイの収量(根重)は1970年頃の3t/10aから2010年代の6t/10aと、この間に約2倍に増加しました。この単収増加の背景には、多収品種の開発が大きな役割を果たしています。
今後もさらなる多収品種が求められていますが、そのためには品種開発の効率化が必要です。しかし、実際の品種開発の現場では、多数の品種候補を栽培する試験ほ場において、目視で得られる地上部の生育情報では地下部の判断が難しいため、全ての品種候補について地下部を収穫し、根重や根中糖分などを人手に頼って評価しているのが現状です。同一条件で栽培して糖収量が多い品種を選抜する際に、ほ場全体の地上部生育情報を正確に把握し、それをもとに試験区ごとの糖収量を精度良く予測できれば、実際に収穫調査すべき品種を絞り込めるため、より効率的に多収品種を発見することが可能と考えられます。
研究の経緯
テンサイは生育期間全体にわたり地上部の光合成が盛んなソース2)(茎葉)と地下部にその産物を貯蔵するシンク3)(菜根)の大きさが増加し、生育の早い段階から収穫対象部位となる菜根にショ糖を蓄積します。したがって、生育期間中に、強い病虫害や環境ストレスを受けなければ、地上部で受けた太陽光量に比例して地下部に蓄積する糖収量は増加します。このため、糖収量を上げるには、茎葉が完全に地上部を覆うまでにかかる日数の短さが重要です。一方、茎葉が過剰に展開し続けてしまうと、太陽光の利用効率が悪くなるとともに、いったん地下部に蓄積したショ糖が地上部の生長に使われてしまうため、地上部と地下部に適切なバランスで光合成産物が分配されることも重要です。
近年、センシング技術、情報通信技術が飛躍的に進歩したことで、これまで収集が困難であった地上部の作物の時系列の生育状況などの情報が、ほ場全体の空撮と画像解析技術4)により得られるようになりました。そこで、テンサイの地下部の糖収量の増加に関連する地上部の植被率5)(茎葉の展開程度に関連)と、草高(茎葉の総量に関連)の生長ダイナミクス情報6)を効率よく、かつ正確に収集するため、ドローンを用いた画像解析技術に着眼しました。
研究の内容・意義
ドローンを用いた空撮と画像解析技術により、育種ほ場をデジタル情報として再現できました。ここから地上部の生長ダイナミクス情報を高効率に抽出し、根重や根中糖分を予測する重回帰分析7)モデルに用いることで、テンサイの地下部の糖収量を高精度に予測できることを実証しました。以下にその概要を説明します。
1.ドローン画像から育種ほ場を3Dのデジタル情報として再現
異なる試験ほ場において同様の栽培試験を3年間実施し、生育期間中に複数回にわたりRGBカメラを搭載したドローンで移動連続撮影による空撮を行いました。こうしたドローンで取得した画像と画像解析技術により、フライトごとにVR空間上に3Dで再構築した育種ほ場をデジタル情報として再現できるようになりました(図1)。

図1 UAVで連続撮影した画像から3D再構築したテンサイの育種ほ場(2021年)
2.表現型データを高効率に抽出し、時系列データとして比較
3Dで再現した育種ほ場では、その位置情報から地上部の植被率、草高などの表現型データがデジタル情報として抽出され、数値化できます。これまで手作業では労力的に困難であった地上部の正確な生長ダイナミクス情報の取得が飛躍的に効率化し、品種間差や年次間差が時系列データとして定量的に比較できます(図2)。

図2 テンサイ品種「モノヒカリ」の3年間の植被率と草高の生長パターンの比較(2018年、2020年、2021年)
植被率は垂直方向から見たときに面積あたりの葉が占める割合、草高は水平方向から見たときに地表から葉の先端までの高さ(m)です。
3.テンサイの地上部の生長ダイナミクス情報から地下部の糖収量を正確に予測
試験区ごとの地上部の生長ダイナミクス情報を3年間にわたり収集しました。試験区の構成は、糖収量のばらつきを大きくするため、幅広い変異がある親同士の総当たり交配(ダイアレル交配)集団(合計20種類)を用いました。根重や根中糖分を予測する重回帰分析モデルの計算にデジタル情報として取得した植被率と草高の値を使用したところ、糖収量の予測精度が従来技術と比較し大幅に向上しました(図3)。このモデルによる予測値と実測値との間の相関係数は、根重(r=0.89~0.92)(従来技術では最も精度の高い例でもr=0.7~0.8 程度)、根中糖分(r=0.77~0.83)(従来技術では予測できなかった)ともに高い値であり、地上部の生長ダイナミクス情報から地下部の糖収量が正確に予測できました。
収穫前に地下部の糖収量が正確に予測できたことから、この情報をもとに実際に収穫調査すべき品種候補を絞り込むことで育種選抜の効率化に活用できます。

図3 総当たり交配したテンサイ集団における重回帰分析モデルで計算した根重(A)および根中糖分(B)における実測値(T)と予測値(P)との相関関係(2018年、2020年、2021年)
今後の予定・期待
ドローン空撮画像と画像解析技術を利用したデータ駆動型の育種ほ場のデジタル化は、他作物にも応用可能であり、将来は遺伝子解析、機械学習技術と統合した画期的な選抜育種システムの構築が期待されます。サイバー(仮想)とフィジカル(現実)を融合させた技術として、新品種の早期開発に役立ちます。
近年、原料を工場まで効率的にトラックで輸送することが困難な状況であり、テンサイの収量は年次変動が大きいことから、将来的には一般の栽培ほ場における精度の高い収量予測技術として、栽培ほ場から製糖工場へのテンサイ運搬量の予測に活用することで、製糖工場のムリ、ムダのない操業計画の策定にも応用が期待されます。
発表論文
Taguchi K, Guo W, Burridge J, Ito A, Njehia NS, Matsuhira H, Usui Y, Hirafuji M. High-Throughput Yield Prediction of Diallele Crossed Sugar Beet in a Breeding Field Using UAV-Derived Growth Dynamics. Plant Phenomics. 2024 Jul 29;6:0209. doi: 10.34133/plantphenomics.0209. PMID: 39077118; PMCID: PMC11283879.
用語解説
- 注1)無人航空機
英語では、UAV(unmanned aerial vehicle)と表記される。人が搭乗しない航空機のこと。通称としてドローン(drone)とされる用例が多い。 - 注2)ソース
光合成産物供給部。光合成産物を他の器官に転流する器官のこと。 - 注3)シンク
光合成産物受容部。光合成産物を消費あるいは蓄積する器官のこと。 - 注4)画像解析技術
デジタル画像の情報を抽出し、分析し、評価するための技術。 - 注5)植被率
植物が覆っている割合を示した数値。 - 注6)生長ダイナミクス情報
生育環境に応答した植物が時系列で動的に変化する生長パターンの情報。 - 注7)重回帰分析
2つ以上の説明変数が目的変数に与える影響度合いを分析する手法。
問い合わせ先
研究推進責任者:農研機構 北海道農業研究センター 所長 奈良部 孝
東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授 平藤 雅之
研究担当者:農研機構 北海道農業研究センター 寒地畑作研究領域
上級研究員 伊藤 淳士
同 中日本農業研究センター 温暖地野菜研究領域
上級研究員 田口 和憲
東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授 郭 威
特任助教 James Burridge
広報担当者:農研機構 北海道農業研究センター 広報チーム長 竹内 順一
※取材のお申し込み・プレスリリースへのお問い合わせ
(メールフォーム)https://www.naro.go.jp/inquiry/index.html
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課 総務チーム総務・広報情報担当(広報情報担当)