発表のポイント

◆ヒト甘味受容体(hT1R2/hT1R3)とヒトうま味受容体(hT1R1/hT1R3)は共通のhT1R3サブユニットを有するが、活性調節物質に対する応答性や調節機構には顕著な差異が認められました。
◆特に阻害剤の有効濃度には大きな差があり、甘味受容体に比べて、うま味受容体ではより高濃度の阻害剤を投与しなければ、阻害効果が認められないことが明らかとなりました。
◆本研究の成果は、共通のサブユニットを共有するにもかかわらず異なる味覚機能を担う受容体の多様性、およびそれらの精密な制御機構を理解するための一助になると考えられます

1 本研究の成果の概要

発表内容

 ヒトの口腔内では、甘味物質やうま味物質はGタンパク質共役型受容体(注1)である味覚受容体によって認識されています。甘味受容体はhT1R2hT1R3のヘテロダイマーで、うま味受容体はhT1R1hT1R3のヘテロダイマーで、それぞれ構成されています。どちらにもhT1R3という共通のサブユニットが含まれていますが、一方で、性質や応答にはいろいろな違いがあることもわかっています。これまでの研究でも、ヒト甘味受容体hT1R3とヒトうま味受容体hT1R3との間に、機能的な差異が存在する可能性があるとされていました。そこで今回は、ヒト甘味受容体とヒトうま味受容体の測定条件をできるだけ揃えた上で、hT1R3に作用する物質に対する両受容体の応答性を比較しました。
 その結果、hT1R3の膜貫通領域に作用する阻害剤や活性化剤について、甘味受容体とうま味受容体で、活性調節のされ方に多くの違いが見られました。例えば、甘味阻害剤(注2)として知られているラクチゾール、2,4-DP、クロフィブリン酸は、うま味受容体に対しても阻害作用を示しましたが、その効果を出すには、甘味受容体の場合よりも610倍くらい高い濃度が必要でした(図2)。また、変異体を使った実験から、これらの阻害剤が結合するhT1R3のアミノ酸残基には共通点があるものの、その結合のしかた(結合様式)は完全には一致していないことが示唆されました。さらに、甘味料として知られているシクラメートとNHDCは、甘味受容体では単独で活性化作用を示す濃度でも、うま味受容体には全く作用しないということもわかりました。

2 ヒト甘味受容体とヒトうま味受容体における阻害剤の阻害活性

赤が甘味受容体の応答を、青がうま味受容体の応答を示す。うま味受容体を阻害するには、より高濃度の阻害剤が必要となる。

 本研究の意義は、ヒト甘味受容体とヒトうま味受容体の両方に共通して含まれているhT1R3が、組み合わせる相手(hT1R2であるかhT1R1であるか)によって、その機能が大きく変わるという点を実験的に明らかにしたことです。つまりhT1R3は、どのサブユニットとヘテロダイマーを構成するかによって、その立体構造や働き方が変わる可能性があり、これは味覚の多様性のしくみを分子レベルで理解するための重要な手がかりになるといえます。

 なお本研究は、科研費「16H0491819H0290722H0228222K1912823K23549」、(一財)旗影会研究助成、(一財)東洋水産財団学術奨励研究などの支援により実施されました。

論文情報

雑誌名:Scientific Reports, 15, 27167 (2025)
題名:Distinct potency of compounds targeting the T1R3 subunit in modulating the response of human sweet and umami taste receptors.
著者名:Maiko Kawasaki, Yuta Kidera, Ryusei Goda, Chiaki Taketani, Misato Ide, Wataru Fujii, Tomoya Nakagita, and Takumi Misaka* (*:責任著者)
DOI:10.1038/s41598-025-11636-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-025-11636-0

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
川﨑 舞子 修士課程(当時)
木寺 優太 修士課程(当時)
郷田 竜生 修士課程(当時)
竹谷 千晶 修士課程(当時)
井手 美里 修士課程(当時)
三坂 巧 准教授(責任著者)

東京大学 大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻
藤井 渉 助教

明治大学 農学部 農芸化学科
中北 智哉 兼任講師

用語解説

1 Gタンパク質共役型受容体 (GPCR)
細胞膜を7回貫通する構造を有する、膜タンパク質。味物質、香気成分、光などの外来刺激や神経伝達物質、ホルモンなどを感知し、Gタンパク質と呼ばれるタンパク質を介して細胞内にシグナルを伝達している。

2 甘味阻害剤
ラクチゾール、2,4-DP、クロフィブリン酸などがhT1R3の膜貫通領域に作用し、甘味受容体を阻害することがすでに知られていました。しかし、これらの物質がうま味受容体を、どれくらいの濃度で阻害するかという知見については、ほとんど知られていませんでした。

問合せ先

東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
准教授 三坂 巧 (みさか たくみ)
Tel:03-5841-8117 
E-mail:amisaka[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
 [at] を @ に変換してください。                
研究室URL:https://webpark1101.sakura.ne.jp/

関連教員

三坂 巧
藤井 渉