発表のポイント

◆日本産大型アワビ類の1種「メガイアワビ」の高精度な二倍体ゲノムアセンブリを構築した。
◆アワビ類には大量の重複遺伝子を含む染色体が存在することがわかった。
◆重複遺伝子はアワビ類の進化や保全、育種を考える上で重要な遺伝基盤である。

二倍体ゲノムアセンブリの構築に用いたメガイアワビの貝殻(兵庫県淡路島産)

発表内容

東京大学大学院農学生命科学研究科の平瀬祥太朗准教授らによる研究グループは、二倍体の生物種は父方由来と母方由来の一対の染色体を有しており、これらは“相同染色体”と呼ばれます。そのような生物種の全ゲノム配列の構築、いわゆる、ゲノムアセンブリ(genome assembly)においては、相同染色体は遺伝子の並び順(シンテニー)が同じゲノム配列を持つという前提のもと、それらが混ざった1倍体のゲノム配列が構築されてきました。しかし、相同染色体間でゲノムが大きく異なっている場合、生物種が持つゲノムの多様性が見逃される可能性があります。海洋無脊椎動物は地球の生物多様性の大きな部分を占めていますが、これまでの研究から相同染色体間でゲノム構造が大きく違っている海洋無脊椎動物が存在することが明らかになりつつあります。このようなゲノム多様性の全体像を把握するためには、相同染色体のゲノムを別々に解読する“二倍体ゲノムアセンブリ”を行い、それらを直接比較する必要があります。

アワビ類は日本人にとって馴染み深い水産生物ですが、その種数は世界中でおおよそ60種程度が知られ、すべての種がHaliotis(ミミガイ)属に含まれます。アワビ類の文化的・歴史的価値、水産資源としての重要性は大きい一方、近年では乱獲や気候変動、疾病の拡大などにより野生個体が著しく減少しています。その結果、多くの種が絶滅の危機に瀕しており、それらの保全や育種に資するため、世界の主要なアワビ種のゲノムアセンブリが行われてきました。しかし、アワビ類を対象とした高精度な二倍体ゲノムアセンブリはこれまで構築されてきませんでした。本研究で構築したメガイアワビの二倍体ゲノムアセンブリは、アワビ類の遺伝学的研究を行なっていく上での重要なリソースとなります。

今回構築した、相同染色体由来の二つのゲノムアセンブリ(primaryアセンブリとalternativeアセンブリとそれぞれ呼称)を比較した結果、シンテニーが保存されていない“非シンテニック”な大きなゲノム領域を有する相同染色体のペアが3つ見つかりました(図1)。このような非シンテニックな領域を有する相同染色体は、世界の主要なアワビ類においても共通して見つかり、そのようなゲノム領域の起源がアワビ類の誕生した時期にまで遡る可能性が示されました。さらに詳しくこのゲノム領域を見てみると、セグメンタル重複(注1)が多く生じており、そこで大量に重複している遺伝子のドメイン(注2)を調べた結果、免疫関係など特定のドメインを持っていることがわかりました(図2)。また、ゲノム中の重複遺伝子の割合を、アワビ類も含めた無脊椎動物46種で調査した結果、メガイアワビやその他のアワビ類が特に多くの重複遺伝子を持っていることもわかりました(図3)。

重複によって生じた遺伝子は、機能的制約から解放されることで、新しい機能を獲得する可能性が生まれるほか、遺伝子発現量の増加をもたらすと一般的に考えられています(注3)。アワビ類は、その起源が白亜紀にまで遡る非常に古い生物種です。本研究で発見された非シンテニック領域が、ゲノム中における重複遺伝子の集積をもたらし、そのようなゲノムの“冗長性”がアワビ類の繁栄をもたらしたのかもしれません。今後、アワビ類の進化や保全、育種を考えるうえで、それらが有する多数の重複遺伝子は重要な遺伝的背景として注目されるでしょう。

1:メガイアワビの二倍体ゲノムアセンブリのPrimaryアセンブリとAlternativeアセンブリを相同染色体ごとに並べて比較した図(2n=36なので18ペアある)。グレーの線は、配列の並び順が保存されている領域(syntenic)を示す。他の色の線はアセンブリ間で異なっている領域を示す。オレンジは向きが逆になっている領域(inversion)、黄色は場所が入れ替わっている領域(translocation)、水色は重複している領域(duplication)を示す。1番染色体(Chr1)と4番染色体(Chr4)、9番染色体(Chr9)に色のついた線が多いことがわかる。これらが“非シンテニック”な相同染色体である。


2:非シンテニックな領域を多く含む1番染色体(Chr1)と4番染色体(Chr4)、9番染色体(Chr9)では、それぞれ異なる機能ドメイン(1番染色体: PF076904番染色体:PF138959番染色体:PF12796)を有する遺伝子が大量に重複していた。緑のバー(ChrP)がPrimaryアセンブリ、オレンジのバー(ChrA)がAlternativeアセンブリを表し、それぞれのドメインを持つ遺伝子が、アセンブリ間において線で結ばれている。


3:メガイアワビやその他のアワビ類(Haliotis)を含む、46種の無脊椎動物の卵サイズ(ログ変換後)と重複遺伝子の割合(PD)の関係。PDは無脊椎動物全体で卵サイズと負の相関を示すことが先行研究でも明らかになっている(ピアソン相関係数 r = -0.547, P < 0.001)。アワビ類のPD値は、卵サイズが小さい他の無脊椎動物と比較しても高い値を示しており、非シンテニックな染色体の存在がアワビ類における重複遺伝子の多さに寄与していると考えられた。


〇関連情報:
「プレスリリース①新種誕生間近か?!ゲノム研究が明らかにした日本産アワビの多様性」(2021/7/27)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20210727-1.html

「プレスリリース②ゲノムの多様性が真珠貝を病気から守る」(2022/11/10)
https://www.oist.jp/ja/news-center/news/2022/12/11/molecular-fingerprint-behind-beautiful-pearls-revealed

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院農学生命科学研究科
  平瀬 祥太朗 准教授
 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所
  菊池 潔 教授

東北大学
 大学院生命科学研究科
  牧野 能士 教授

一般社団法人日本真珠振興会
  竹内 猛 主席研究員

理化学研究所
 生命機能科学研究センター
  門田 満隆 技師

国立遺伝学研究所
 ゲノム・進化研究系
  工樂 樹洋 教授

論文情報

雑誌名:Molecular Ecology Resources
題 名:Ancestral origin and structural characteristics of non-syntenic homologous chromosomes in abalones (Haliotis)
著者名:Shotaro Hirase, Takashi Makino, Takeshi Takeuchi, Mitsutaka Kadota, Shigehiro Kuraku, Kiyoshi Kikuchi
DOI: https://doi.org/10.1111/1755-0998.70057

研究助成

本研究は、科研費「(課題番号:23K05267)」、「(課題番号:22H00377)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)ゲノム中の比較的長いDNA配列が、同一ゲノム内の別の位置にほぼ同じ配列として重複する現象。一度のセグメンタル重複により複数の遺伝子の重複が起こり得る。
(注2)タンパク質の立体構造の中で、残りの部分とは独立して折り畳まれ、特定の機能や役割をもつ構造単位のこと。
(注3)遺伝子重複とは、ある遺伝子がゲノム上でコピーされて複数の類似遺伝子が生じる現象であり、生物進化をもたらす重要なメカニズムと考えられている。

問合せ先

研究内容について
東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻
准教授 平瀬 祥太朗(ひらせ しょうたろう)
Tel:03-5841-8931  E-mail:cashirase@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

報道に関する問い合わせ
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部総務課総務チーム広報情報担当
Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

関連教員

平瀬 祥太朗
菊池 潔