血液で認知機能を測る
――ドレブリン測定によるアルツハイマー病MCIの早期診断――
発表のポイント
◆髄液および血液中のドレブリン量を測定することで、アルツハイマー病で認知機能が保たれている状態(ADCU)と軽度認知障害の状態(ADMCI)を識別できることを、ヒト臨床研究により示した。
◆ドレブリンは、正常圧水頭症(iNPH)でも低下することから、アミロイドβやタウとは異なり、病理ではなく“脳のシナプス機能そのもの”を直接反映する、これまでにない新しいタイプのバイオマーカーであることを明らかにした。
◆本成果は、健診や地域医療での脳機能チェック、MCI段階での早期介入、治療効果の可視化を可能とし、将来的にはMCI治療薬開発や予防・介入型医療の推進に資する基盤技術となることが期待できる。
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の關野祐子(せきのゆうこ)特任教授と東大発ベンチャー・アルメッド株式会社、老年病研究所附属病院・認知症研究センターの東海林幹夫(しょうじみきお)センター長らの研究グループは共同で、ドレブリン(drebrin)(注1)が体液で測定可能な認知機能バイオマーカーとして有用であることを世界で初めて明らかにしました。研究チームは新たに作成した抗体を利用したサンドイッチELISA技術(注2)を用いて、髄液および血液中のドレブリン量を高精度に定量することに成功しました。ドレブリンは、アルツハイマー病(注3)によるMCI(ADMCI)(注4)や正常圧水頭症(iNPH)(注5)で有意に低下したことから、病態マーカー(アミロイドβ・タウ)(注6)とは異なり、シナプス(注7)の機能を反映するバイオマーカーであることが示されました。さらに、ドレブリン量は一般的な問診であるMMSE(Mini-Mental State Examination)(注8)とも相関していました。本成果は、血液を用いた非侵襲的な認知機能評価、アルツハイマー病によるMCIでの早期診断、治療効果モニタリングなどへの応用が期待されます。
本研究成果は、2026年1月2日に科学雑誌Journal of Alzheimer’s Diseaseオンライン先行版に掲載されました。
発表内容
アルツハイマー病(AD)では、アミロイドβの脳内蓄積は認知症発症の20年前から始まり、その後リン酸化タウの蓄積や神経変性が進行することが知られています。米国アルツハイマー協会を中心とした国際的な取り組みにより、近年、髄液(CSF)や血液、PET検査を用いたアルツハイマー病の診断基準が整備されました。診断に使われるバイオマーカーは、主に病理変化や神経変性を反映したものであり、アルツハイマー病の軽度認知障害(MCI)で現れる「記憶障害」を十分に反映することができません。そのため、MCIの診断には専門医による長時間のCDR(Clinical Dementia Rating)検査が必要です。MCIで早期介入を行えば、認知症への進行を食い止める可能性が示唆されています。したがってMCIを見逃さないことは非常に重要です。そこで記憶障害を反映する分子バイオマーカーの探索が精力的に行われています。
本研究グループは、脳発達過程で量的に変化する樹状突起スパイン(注9)のタンパク質としてドレブリンを発見し、記憶形成の基盤となるタンパク質であることを明らかにしてきました。脳内ドレブリン量はMCIで低下することが、ヒト死後脳を用いた米国のコホート研究により明らかにされ、ドレブリンが認知機能低下を反映する分子指標となる可能性が示唆されました。この知見を踏まえ、生体体液中のドレブリン量を測定すればMCIを捉えることができると考え、ドレブリン測定用のサンドイッチELISAキットを開発しました。
本臨床研究では、研究期間中に老年病研究所物忘れ外来を受診した患者を、アルツハイマー病(AD)、特発性正常圧水頭症(iNPH)、炎症性脱髄疾患(IMD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、免疫介在性ニューロパチー(IMN)、その他の神経疾患(OND)の6カテゴリーにわけ、そのほかに、協力をあおいだ健常対照(HCU)のサンプルをリサーチ病院東京にて採取しました。アミロイドβとリン酸化タウの測定値からアルツハイマー病(AD)と診断された患者群については、MMSEとCDR に基づき、認知正常(ADCU)、軽度認知障害(ADMCI)、認知症(ADD)の3段階に層別化して解析を行いました。
その結果、髄液と血液中のドレブリン測定値を用いると、ADCU患者群はHCU群とは差がないが、ADMCI患者群はHCU群と有意に区別することができました。
この結果は、記憶メカニズムを担うシナプスタンパク質を血液で測定することにより、認知機能低下を定量的に検出できることを示しています。
アルツハイマー病では、ADMCIおよびADDではドレブリン濃度がHCUより有意に低下していたが、ADCUではHCUと差がなかった。
髄液ドレブリン濃度測定により認知機能の低下を検出できることが分かった。
アルツハイマー病では、ADMCIではドレブリン濃度がHCUより有意に低下していたが、ADCUではHCUと差がなかった。
非侵襲的な血液検査によっても、認知機能の低下を検出できることがわかった。
なお、本研究は老年病研究所附属病院(2021-78)、弘前大学(2017-112)、NPO法人臨床研究の倫理を考える会(E2021-08-007)の承認を受け、また動物実験については東京大学大学院農学生命科学研究科動物実験委員会(P25-048)の承認のもとで実施されました。
〇関連情報:
「プレスリリース①記憶メカニズム研究や中枢神経系疾患の治療薬開発に有用なヒト神経細胞の作製に成功」(2023/3/24)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20230324-1.html
「プレスリリース②忘却の脳内メカニズムの鍵を発見」(2018/10/9)
https://www.amed.go.jp/news/release_20181009-02.html
発表者・研究者等情報
老年病研究所附属病院
認知症研究センター
東海林 幹夫 センター長
東京大学
大学院農学生命科学研究科
關野 祐子 特任教授
兼:アルメッド株式会社 取締役CSO、イノベーション創薬研究所 理事長
アルメッド株式会社
白尾 智明 代表取締役
論文情報
雑誌名:Journal of Alzheimer’s Disease
題 名:Drebrin is a novel biomarker of cognitive deterioration in Alzheimer’s disease
著者名:Mikio Shoji, Takeshi Kawarabayashi, Takumi Nakamura, Takashi Sugawara, Kunihiko Ishizawa, Masakuni Amari, Ryoma Takahashi, Hiroo Kasahara,Noriko Koganezawa, Ayaka Higa, Masamitsu Takatama, Yoshio Ikeda, Yuko Sekino, Tomoaki Shirao
DOI:10.1177/13872877251404412
研究助成
本研究は、東京大学GAPファンドプログラム(第5期)、科研費「基盤C(課題番号:18K07385)」、「基盤C(課題番号:22K07511)」、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「起業家支援プログラム(P14012)(史上初の血中バイオマーカーによる早期認知症迅速診断薬の開発)」、日本医療研究開発機構(AMED)「医療機器開発推進研究事業(血中脳型ドレブリン分解産物測定による革新的MCI診断法の実用化に向けた研究)」の支援を受けて実施されました。
用語解説
(注1)ドレブリン(drebrin)
神経細胞のシナプス後部に局在するアクチン結合タンパク質。シナプス形態の安定化や神経可塑性に関与し、記憶形成の基盤となる構造を支える。アルツハイマー病では、認知機能低下に伴って脳内量が減少することが報告されている。
(注2)サンドイッチELISA(酵素免疫測定法)技術
特定のタンパク質を高感度に測定する検査法。測定対象を2種類の抗体で両側から結合させて検出する仕組みで、「サンドイッチ」のように挟み込むことからこの名がある。本研究では、髄液および血液中のドレブリンの定量に用いた。
(注3)アルツハイマー病(Alzheimer’s disease, AD)
加齢に伴って発症する代表的な認知症で、記憶障害を中心に徐々に認知機能が低下する神経変性疾患。
(注4)アルツハイマー病による軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment, MCI)ADMCI
アルツハイマー病が原因であることが検査で分かっている軽度認知障害。物忘れはみられるものの、日常生活はほぼ普段通りに送れる状態。
(注5)正常圧水頭症(iNPH)
脳脊髄液が脳内にたまり、脳室が拡大することで、歩行障害、認知機能低下、排尿障害などの症状を呈する疾患。脳脊髄液の圧は通常範囲内であることが特徴で、高齢者に多くみられる。適切な診断と治療により、症状の改善が期待できる。
(注6)病態マーカー(アミロイドβ・タウ)
アルツハイマー病の原因となる脳内病理変化を反映するバイオマーカー。アミロイドβは脳内への異常な蓄積を、タウ(リン酸化タウ)は神経細胞内の変性を示す指標として用いられる。これらは発症のかなり前から変化する一方で、認知機能低下の程度を直接反映するものではない。
(注7)シナプス
神経細胞どうしをつなぐ情報伝達の場。ここでの情報のやり取りが、記憶や思考などの脳の働きを支えている。
(注8)MMSE(Mini-Mental State Examination)
世界的に広く使われる認知機能検査。30点満点で、記憶・見当識・計算などを評価する。正常は30~27点、MCIは23~26点、認知症ではおおむね22点以下が多い。
(注9)樹状突起スパイン
神経細胞の枝の表面にある小さな突起で、情報の受け取り口にあたる部分。数や形が変わることで、記憶や学習の仕組みを支えている。
問合せ先
<研究内容について>
東京大学大学院農学生命科学研究科
特任教授 關野 祐子(せきの ゆうこ)
Tel:090-3515-4706 E-mail:yukos@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
<機関窓口>
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部総務課広報情報担当
Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp




