かずさDNA研究所(白澤健太室長)は、北里大学(吉武和敏講師)、千葉大学(菊池真司准教授ら)、東京海洋大学(小祝敬一郎准教授)、東京大学(藤井壮太教授)と共同で、海岸や砂地に生育するアブラナ科植物「サンドストック」の全ゲノムの解読に成功しました。

 サンドストック(学名はマルコルミア・リットリア)は、海岸や砂地などの環境に生育するアブラナ科の植物です。高塩分、養分不足、強風の環境に適応しており、「生殖隔離」という種の進化と関わる現象の研究材料としても注目されています。しかし、サンドストックでは十分な精度のゲノム情報が整備されていませんでした。
 本研究では、高精度な長鎖DNA分析技術を用いてゲノムを解読するとともに、一粒の花粉から遺伝情報を解析する「単一花粉ジェノタイピング法」を新たに開発しました。これによって、染色体の構造を反映した正確な全ゲノム塩基配列を決定することができました。
 今回の成果によって、沿岸植物の環境適応やアブラナ科植物の進化、生殖隔離の分子基盤を解明する上で重要な手がかりとなることが期待されます。

背景

 アブラナ科に属するサンドストック(学名はマルコルミア・リットリア)は、海岸や砂地などの高塩分、養分不足、強風の環境に適応し生育するアブラナ科の植物です。このような環境に耐える能力をもつ植物は、生物がどのように環境へ適応してきたのかを理解するうえで重要な研究対象となります。しかし近年、沿岸環境の開発や変化によりサンドストックの生育地は減少しており、その生態や遺伝的特徴を明らかにすることは、基礎研究だけでなく保全の観点からも大きな意義があります。
 またサンドストックは、生態学的な重要性に加え、交雑が可能であるにもかかわらず、地理的、生理学的、その他の理由によって徐々に交雑が起こりにくくなる「生殖隔離」という現象を研究するモデル種としても注目されています。生殖隔離とは、異なる種同士が交雑しない、あるいは交雑しても子孫を残せない仕組みのことで、種の分化や進化を理解するうえで欠かせない概念です。アブラナ科では、柱頭と花粉の相互作用によって不適切な花粉を排除する仕組みが知られており、サンドストックはこれらの研究で花粉提供種として利用されてきました。しかし、こうした現象を分子レベルで理解するためには、高品質なゲノム情報が不可欠です。
 一方で、サンドストックではこれまでゲノム情報が整備されておらず、遺伝子の配置や進化的な背景を詳細に解析することが困難でした。近年、高精度な長鎖DNAシークエンシング技術が発展していますが、ゲノム構造が複雑な生物では、染色体単位で完全な配列を構築することは依然として課題です。このような背景から、本研究では新しい解析手法を用いてサンドストックの高品質なゲノムを構築することが求められていました。

概要

 本研究では、サンドストックの分子レベルでの特徴を明らかにするため、高精度な長鎖DNAシークエンシング技術を用いたゲノム解読が行われました。特に本研究の大きな特徴は、「単一花粉ジェノタイピング法」という新しい手法を開発し、ゲノム配列を染色体に正確に対応づけた点にあります(図1)。「単一花粉ジェノタイピング法」では、サンドストックの花粉から、分析の妨げになる細胞壁を取り除いたプロトプラストを作成します。このプロトプラストを一つずつ採取し、プロトプラストに含まれるRNAの配列を分析することで遺伝子多型を見つけ出し、遺伝地図を作成します。花粉は半数体の遺伝情報を持ち、親の染色体が組み換わった状態を反映しているため、花粉由来の遺伝子多型を解析することで、効率的に遺伝地図を作成することが可能となりました。
 この「単一花粉ジェノタイピング法」を用いることで、断片化していたゲノム配列を正しく並べ替えることに成功し、サンドストックのゲノムを10本の染色体スケール配列として構築しました。完成したゲノムの全長は約21,500万塩基対であり、30,266個の遺伝子が予測されました。さらに、他のアブラナ科植物との比較ゲノム解析を行った結果、本種のゲノムサイズはモデル植物であるシロイヌナズナの約2倍であることが明らかになりました。このことから、サンドストックでは過去に全ゲノム重複が起こり、その後、遺伝子の機能分化や新たな機能の獲得が進んだと考えられます。
 本研究によって、高品質なゲノム資源が整備されたことで、サンドストックがもつ環境ストレス耐性や、生殖隔離に関わる遺伝子を体系的に解析することが可能となりました。

1. 単一花粉ジェノタイピング法の略図

期待されること

 植物と海洋生物という異なるフィールドで研究を行っている研究者が協力することで、サンドストックの全ゲノム解読に成功することができました。本成果は、アブラナ科植物の進化研究や生殖隔離の分子機構の解明に貢献するとともに、今後の生態学的研究や保全研究においても重要な基盤となることが期待されます。

論文情報

論文名:Chromosome-scale genome assembly of Malcolmia littorea using long-read sequencing and single-pollen genotyping technologies
掲載誌:DNA Research
DOI: 10.1093/dnares/dsag001
著者: Kenta Shirasawa, Kazutoshi Yoshitake, Haruka Kondo, Shinji Kikuchi, Keiichiro Koiwai, and Sota Fujii
研究費: 日本学術振興会科研費 (22H05172, 22H05174, and 22H05181) 、(公財)かずさDNA研究所研究補助金

問い合わせ先

<研究に関すること>
かずさDNA研究所 植物ゲノム生物学研究室 室長 白澤 健太(しらさわ けんた)
TEL:0438-52-3935 E-mail:shirasaw@kazusa.or.jp
北里大学 海洋生命科学部 講師 吉武 和敏(よしたけ かずとし)
E-mail:yoshitake.kazutoshi@kitasato-u.ac.jp
千葉大学 大学院園芸学研究院 准教授 菊池 真司(きくち しんじ)
E-mail:skikuchi@faculty.chiba-u.jp
東京海洋大学 学術研究院(水研生物生産工学研究所) 准教授 小祝 敬一郎(こいわい けいいちろう)
TEL:03-5463-0663 E-mail:kkoiwa0@kaiyodai.ac.jp
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部 教授 藤井 壮太(ふじい そうた)
E-mail: a-fujii@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

<報道に関すること>
かずさDNA研究所 広報・教育支援グループ
TEL:0438-52-3930 E-mail:kdri-kouhou@kazusa.or.jp
学校法人北里研究所 広報室
TEL:03-5791-6422 E-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp
千葉大学 広報室
TEL:043-290-2018 E-mail:koho-press@chiba-u.jp
東京海洋大学 総務部 総務課 広報室
TEL:03-5463-1609 E-mail:so-koho@o.kaiyodai.ac.jp
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部 事務部総務課広報情報担当
TEL:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

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藤井 壮太