国立大学法人東京大学(総長:藤井輝夫、以下「東京大学」)大学院農学生命科学研究科・農学部と三井不動産株式会社(代表取締役社長:植田俊、以下「三井不動産」)、三井ホーム株式会社(代表取締役社長:池田明、以下「三井ホーム」)は、三井不動産東大ラボの取り組みの一環として、木の空間が身体にどのような良い影響を与えるかを科学的に証明する実証研究を開始したことをお知らせします。
 木を使った空間に身を置くと、木の持つ温もりを五感で感じ、リラックス感を得ることができます。昨今、“人は自然や動植物などの生命との結びつきを求める” という「バイオフィリア仮説※」の側面から、木材を利用した建築物への注目が高まりつつありますが、木に囲まれた空間の人への効果については、未知の事実がまだ多くあります。また、匂いについては、その感受性や好みなどに関する個人差が大きくあるものの、その差にかかわらず匂い成分が生物に作用する場合があることが分かっており、例えば認知していない「匂い」であってもその効用を受けることができます。そこで私たちは、暮らしの中で継続的に「木の匂い」の効果を享受できる空間に注目することにしました。「木の匂い」、ひいては「木材を採り入れた空間」と健康の関係性について解き明かす取り組みを始めました。
 人生100年時代を迎え健康寿命が重要視される中、生活習慣病のリスクを高める要因のひとつである睡眠の質の低下や、寿命の延伸に伴い患者のさらなる増加が見込まれる認知症が大きな社会課題となっています。私たちは本研究を通し、木材を採り入れた空間が持つ力が、これらの課題の解決にどのように資するのか科学的に検証していきます。
 本取り組みを通じて、新たな木材の価値を掘り起こし、人が暮らす空間に木材を採り入れる良さを科学的に裏付けることで、よりよい未来のくらしに資する木材の活用を推進してまいります。
※バイオフィリア仮説とは、人間が潜在的に他の生物との結びつきを求める傾向や本能があるとする米国生物学者エドワード・オズボーン・ウィルソン氏らが提唱する仮説です。


今回、私たちは木と睡眠の関係性について研究を行い、木と認知症との関係については、脳の神経生理学の視点から追求するべく東京大学大学院理学系研究科が主担当として、東京大学大学院農学生命科学研究科との連携のもと研究を行います。

研究1 木質・木造空間の “匂い”と “光環境調整効果” が睡眠に及ぼす影響について

 人は、人生のおよそ3分の1の時間を睡眠に費やすといわれています。睡眠には、疲労回復や免疫機能の向上など、多くの重要な役割がありますが、日本人は、先進国の中でも睡眠時間が非常に短く、その半数以上の人が睡眠の質に悩みを抱えているといわれています。
 木を使った空間は、断熱性に優れ適度な調湿効果があるなど、さまざまな特性があります。その中でも、今回の研究では、木が持つ “匂い” と ” 光環境調整効果” に着目し、人のすまいへの応用を目指します。 スギなどの樹種は、その特有の匂いによって、人の副交感神経活動を優位にさせるため、呼吸数や心拍数を下げ、身体の回復や精神の鎮静化を導きます。また、睡眠を妨げるブルーライト等の短波長の光を吸収しやすい性質があるため、木材を取り入れた空間の光環境は快眠を促せるのではないかと本研究では仮説を立てています。本研究では、数種類の木材を用いて樹種による効果の違いについて実験を行います。


東京大学 大学院農学生命科学系研究科 生物材料科学専攻 恒次祐子教授 コメント (専門は木質環境学、研究1主任研究者)

 木の空間が人の心身に及ぼす影響について、まだまだ研究を通じて明らかにしなければならないことはたくさんあります。例えば、使用する材の量や木目の影響、樹種による効果の違いや、長い時間をその空間で過ごした時の影響等、検証を重ねることが必要です。バイオフィリア仮説では、私たちは生命由来のものとの繋がりを求めるとされています。人工的な建築物の中で自然や生命を感じさせる材料として、木材の役割は非常に大きいと思っています。

三井ホーム 技術研究所 上迫弘幸 コメント (共同研究者、木材商品化技術研究担当)

 これまでデザイン性の面からお客様にご提案してきた木質空間が、睡眠の質を向上させる効果がある、という新しい観点でアピールできる可能性があるということに大きな期待感を持っています。住宅は人生の中で長い時間を過ごす大切な場所であるため、耐震性・断熱性などの建物の性能やデザイン性だけでなく、本研究のような健康面からも、住む人のQOLを向上させるご提案をしていきたいと考えています。本研究を通して、より多くの人に、一歩先の「憧れをかたちに」できるよう進めてまいります。

研究2 木質建材の発する “匂い” が認知症予防に与える影響について

 5人に1人の高齢者が認知症を患うことが予想されている日本の高齢社会において、認知症対策は喫緊の課題です。誰しもが直面する可能性のあるこの疾患について、いかにその発症を遅らせられるか、世界中で研究が行われています。さまざまな新薬の開発が進んでいますが、高額な費用設定に伴う医療保険財政への危機感をはじめ、多くの課題が残っています。
 今回の研究においては、そのような多くの社会課題を抱える認知症発症の前触れのひとつである、嗅覚障害に注目します。嗅覚は、人間がもつ五感のひとつですが、他の感覚に比べより脳にダイレクトな刺激を与える神経回路を有しています。鼻から吸い込まれた匂いによる刺激は記憶、情動を司る脳領域に直接働きかけることができるため、匂いと記憶が密接に結びついていることが知られています。
 木の匂いに包まれることで脳内にある認知症の原因箇所に刺激を与え、認知症の発症を遅らせることができるのか、数種類の木材を用いて匂いの空間をつくり、動物実験を通じてその解明に向け、人のすまうくらしにこの知見を活用することを東京大学大学院理学系研究科竹内研究室と共に目指します。


東京大学 大学院理学系研究科 竹内春樹教授 コメント (専門は分子神経生理学、研究2主任研究者)

 人の嗅覚に関する遺伝子数は視覚よりも多いのですが、これは人間の機能の必要性・重要性に基づき、存続してきた結果と考えられます。一方、人はその感覚の重要性を自覚することが少ないと思いますが、例えば嗅覚による感覚が記憶を呼び起こすことがあるように、嗅覚と脳との関係は深い関連があります。今回の研究では、木材を活用した空間により、適度な木の匂いから得られる刺激を自然に受けられる環境をつくり、その匂い効果が脳に与える影響を神経生理学的・行動学的に検証します。木の匂いが秘める新たな力の発見につなげたいと思います。

三井不動産 産学連携推進部 前川真紀代 コメント (共同研究者、産学連携推進担当)

 認知症の多くは70歳代において発症するため、平均寿命が今ほど長くなかった時代は認知症が社会問題となることはありませんでした。寿命の延伸を遂げた今、認知症の発症を遅らせることができれば、健康寿命がさらに延び、社会に大きなインパクトを与えると考えています。 木の匂いに包まれて暮らすことで、その人の健康状態の向上に寄与することができれば、個人のQOL向上のみならず、社会全体のウェルビーイングの一助になるはずです。そこで暮らす人と、その人々を取り巻く社会の未来を見つめ、木の可能性を追求し、科学的に貢献していきたいと思います。

<本件に関するお問い合わせ>

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 総務課 TEL03-5484-8179
三井不動産株式会社 広報部 TEL 03-3246-3155
三井ホーム株式会社 広報部 TEL 03-3346-4649