発表者
杉浦勝明(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 教授)
雷 志皓(東京大学農学部獣医学専修 学生)
Caitlin Holley(国際獣疫事務局(OIE)アジア太平洋地域事務所 プロジェクトコーディネーター)
芳賀 猛(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 教授)

発表のポイント

  • アフリカ豚熱(ASF)が中国などアジア諸国で発生し、日本への侵入が危ぶまれる中で、中国からの航空旅客による豚肉製品の違法持込を通じて日本へのアフリカ豚熱の侵入リスクを予測しました。
  • リスク評価の結果、ASFウイルスが日本に侵入する年間確率は、20%(90%予測区間:0~90%)と予測されました。
  • また、養豚農家で給与されるエコフィードと残飯の加熱処理の徹底が日本の養豚豚産業をASFウイルスの侵入から守るための鍵であることが示されました。

発表概要

 アフリカ豚熱(ASF)が中国などで発生し、日本への侵入が危ぶまれる中、東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻の杉浦勝明教授らは、中国からの航空旅客によって不法に持ち込まれた豚肉製品が加熱されずに残飯として日本の豚に給与されることが最も可能性の高いASFの侵入経路と考え、この経路による侵入確率を予測しました。その結果、ASFウイルスが日本に侵入する年間確率は、20%(90%予測区間:0~90%)と予測されました。シナリオ分析の結果、ASFウイルス侵入の年間確率は、中国でのASF発生件数や豚肉製品の違法輸入の増加に伴い増加することがわかりました。また、日本で製造されているエコフィード(食品残さ等を利用して製造された飼料)のごく一部が適切に加熱処理されていない場合でも、ASFウイルスの侵入確率は大幅に増加することが明らかとなりました。また、残飯を給与する農場において加熱処理の徹底が行われると侵入確率が大幅に低下することも示されました。これらの結果は、エコフィードと残飯の加熱処理の徹底が日本の養豚豚産業をASFウイルスの侵入から守るための鍵であることが明らかになりました。

発表内容


図1 アフリカ豚熱の侵入リスク評価モデル

図2 シナリオ分析の結果。中国におけるアフリカ豚熱の発生農家戸数(a)、豚肉製品の違法輸入確率(b)、エコフィードの加熱処理確率(c)および養豚農家における残飯の加熱処理確率(d)をベースライン(実際の値)から変化させた場合の年間侵入確率。各箱ひげの中の横線は平均、箱の長さは四分位範囲、ひげの上下端はそれぞれ95パーセンタイルおよび5パーセンタイルを示す。

 人や物の国際移動の増大に伴い、動物の感染症のまん延リスクが高まっています。特に、2018年 8 月に中国にアフリカ豚熱が侵入して以降、中国内で拡大するとともに他のアジア諸国にも広がり、日本への侵入リスクが高まっています。
 アフリカ豚熱については、かつて豚肉製品の違法持込により侵入を許した事例が多数あります(スペイン、キューバ、ブラジル、モーリシャス、ジョージアなど)。東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻の杉浦勝明教授らは、中国からの航空旅客によって不法に持ち込まれた豚肉製品が加熱されずに残飯として日本の豚に給与されることが最も可能性の高いASF の侵入経路と考え、この経路による侵入確率を定量的に予測しました。
 杉浦教授らが作成した侵入リスク評価モデル(図1)では、最初に中国からの航空旅客が不法に輸入する感染豚製品の総量を推定しました。 これを出発点として、中国からの航空旅客が不法に輸入した豚肉製品に由来し、加熱処理されずに残飯として日本の豚に給餌される感染豚肉の重量を推定しました。これに感染豚筋肉中の単位重量当たりのウイルス量を乗じることにより、加熱処理されずに給与されるウイルス量を推定しました。 このウイルス量とドーズレスポンスの関係から少なくとも 1 頭の豚が ASF ウイルスに感染する確率を予測しました。リスク評価に必要なデータは先のアンケート調査(https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20200307-1.html)、文献調査、政府公表統計な どにより入手しました。
 その結果、ASF ウイルスが日本に侵入する年間確率は、20%(90%予測区間:0~90%)と予測されました。予測区間が広い(不確実性が高い)のは、主に ASF ウイルスのドーズレスポンス関係の不確実性が原因で、続いて ASF 発生農場における豚の死亡率、感染豚の筋肉中での ASF ウイルス量および違法に輸入された豚肉製品が中国で十分に加熱されている確率の 不確実性に起因していました。
 さらに、シナリオ分析を行い、主要な入力変数(中国におけるは ASF 発生農家数、豚肉製品の違法持ち込み率、エコフィードの十分な加熱処理の確率、養豚農家における残飯の加熱確率)の値を変化させると侵入リスクがどのように変化するかについても検証しました。その結果、ASF 侵入の年間確率は、中国での ASF 発生件数の増加に伴い増加することがわかりました。たとえば、中国での ASF 発生農家数が 10 倍に増加すると、侵入確率は 51%(1~100%)に上昇することがわかりました(図 2a)。
 豚肉製品の違法輸入が現在の 2.8%から 1%に減少すると侵入確率は 10%(0~52%)に減少するが、10%に増加すると 35%(4~100%)と 1.8 倍に増加することがわかりました(図 2b)。したがって、今後とも政府は啓発活動と ASF 発生国から訪日旅行者を対象とした空港での検知犬による違法持ち込みの摘発活動を通じて航空旅客による豚肉製品の違法輸入を最小限に食い止めることの重要性が確認されました。
 日本で製造されているエコフィードの製造には現在 70℃30 分間の条件が適用されていますが、仮に一部が適切に加熱処理されていない場合、たとえば 1 割が加熱処理されない場合、侵入確率は 38%(1~100%)と約 2 倍に増加することが明らかとなりました(図 2c)。確かにASF ウイルスは 56°C / 70 分または 60°C / 20 分の加熱により不活化されることが実験で示されていますが、残飯に含まれる原料によっては、このような加熱条件でも ASF ウイルスは不活化されない可能性があります。残飯に含まれる可能性のある原料の多様性により、均一な加熱が行われなかったり、一部の原料がウイルスを保護したりする可能性があるからです。
 また、残飯を給与する農場において加熱処理の徹底が行われると侵入確率が大幅に低下することも示されました(図 2d)。
 以上のとおり、本研究を通じて日本の養豚産業をアフリカ豚熱の侵入から守るためには、エコフィードと残飯の加熱処理の徹底が重要であることが示されました。また、侵入リスク評価の精度を上げるためには、ドーズレスポンスの関係や感染豚の筋肉中のウイルス量などに関するさらなる知見の集積が必要であることが示されました。

発表雑誌

雑誌名
PLoS ONE 15(5):e0232132.
論文タイトル
Assessing the risk of ASFV entry into Japan through pork products illegally brought in by air passengers from China and fed to pigs in Japan
著者
Katsuaki Sugiura*, Zhihao Lei, Caitlin Holley and Takeshi Haga(*責任著者)
DOI番号
doi.org/ 10.1371/journal.pone.0232132
論文URL
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0232132

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 国際動物資源科学研究室
杉浦 勝明(すぎうら かつあき)
Tel:03-5841-5383
Email: aksugiur<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。