発表者
佐々木 崇(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教)
渡邉 雄一(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教)
久保山 文音(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生)
及川 彰(山形大学農学部食料生命環境学科 教授)
清水 誠(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任准教授)
山内 祥生(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
佐藤 隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

  • 骨格筋特異的にTGR5を過剰発現したトランスジェニックマウスにおいて、エネルギー源としてグルコースの利用率が増大することを明らかにしました。
  • 骨格筋特異的なTGR5の過剰発現が高脂肪食誘導性の肥満や老化によって生じる耐糖能異常を改善することが示されました。
  • 糖尿病において血糖値のコントロールは重要な課題となっていますが、骨格筋におけるTGR5の活性化が有効である可能性が示されました。

発表概要

 胆汁酸受容体TGR5は全身に広く発現しており、食後分泌される胆汁酸を感知することで様々な代謝プロセスに関与します。東京大学大学院農学生命科学研究科の佐藤隆一郎教授、佐々木崇特任助教らの研究グループは、骨格筋におけるTGR5の活性化が筋肥大や筋力の増大を誘導することを既に見出しており、2018年にThe Journal of Biological Chemistry誌にてこれを報告しました(当研究科プレスリリース:https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2018/20180702-1.html)。しかし、TGR5がエネルギー代謝に及ぼす影響に関しては未解明のままでした。そこで同研究グループは骨格筋特異的にTGR5を過剰発現したトランスジェニック(Tg)マウスを用いて詳細な解析を行い、生体骨格筋においてTGR5が糖代謝を活性化することを明らかにしました。また一般に肥満や老化は耐糖能を悪化させることが知られていますが、いずれの条件下でもTgマウスにおいて耐糖能の改善が認められました。以上の研究結果より、骨格筋TGR5が糖代謝に関与することが初めて明らかとなり、同時に肥満や老化などを原因とする耐糖能異常を改善する分子ターゲットとして有望である可能性が示されました。

発表内容


図1 本研究成果の概略図
骨格筋におけるTGR5の活性化は、骨格筋の肥大化と解糖系の活性化によりグルコースクリアランスを改善する。

 肝臓で合成された胆汁酸(注1)は胆汁の主要な構成成分として胆嚢に蓄えられ、摂食に際し腸管に分泌されます。分泌された胆汁酸は脂溶性栄養素の吸収を助ける働きを担いますが、最終的に小腸下部においてその約95%が再吸収され、門脈血を介して肝臓に輸送されます。この「腸肝循環」と呼ばれる胆汁酸リサイクルの過程で、胆汁酸の一部は肝臓への取り込みを免れ全身を巡るため、食後は腸管および血中の胆汁酸濃度が急激に上昇することが知られています。胆汁酸は全身に広く発現する胆汁酸受容体TGR5によって感知され、様々な代謝プロセスを制御します。佐藤隆一郎教授、佐々木崇特任助教らの研究グループは、骨格筋におけるTGR5の活性化が筋肥大や筋力の増大を誘導することを過去に報告していますが(当研究科プレスリリース:https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2018/20180702-1.html)、TGR5が骨格筋代謝に及ぼす影響には不明な点が多く残されていました。
 生体骨格筋においてTGR5が代謝に及ぼす影響を明らかにするため、骨格筋特異的にTGR5を過剰発現するトランスジェニック(Tg)マウスを呼気ガス分析に供したところ、有意な呼吸交換比の増大が確認されました。この結果は、Tgマウスがエネルギー源として糖を優先的に利用していることを示しています。また質量分析を活用したメタボライト解析の結果からは、Tgマウス骨格筋における解糖系フラックスの活性化を強く示唆するデータが得られました。したがって、Tgマウスにおける呼吸交換比の増大は、骨格筋の解糖系が活性化したことが原因のひとつと考えられます。骨格筋は運動器であると同時に最大の糖代謝器官でもあるため、TGR5を介した骨格筋の肥大化および糖利用率の増大は、肥満や老化に伴う耐糖能の悪化を抑制することが予想されました。そこで食餌誘発性の肥満マウスや加齢マウスを用いてその検証を行ったところ、いずれの条件下でもTgマウスにおいて耐糖能異常が改善していることが明らかとなりました。また、骨格筋TGR5は脂質代謝やインスリン感受性に対してはほぼ影響を与えないことも確認しています。
 以上の研究結果より、骨格筋TGR5が糖代謝を活性化することが初めて明らかとなり、同時に肥満や老化などを原因とする耐糖能異常を改善する分子ターゲットとして有望である可能性が示されました。同研究グループは、既に柑橘類に含まれるノミリンやオバクノン(注2)などの食品成分がTGR5活性化能を有することを報告しています。これらの食品成分を効果的に摂取することで筋量の増大や糖代謝改善につながる可能性が有り、今後の応用展開が大いに期待されます。

発表雑誌

雑誌名
The Journal of Biological Chemistry
論文タイトル
Muscle-specific TGR5 overexpression improves glucose clearance in glucose-intolerant mice
著者
Takashi Sasaki *, Yuichi Watanabe, Ayane Kuboyama, Akira Oikawa, Makoto Shimizu, Yoshio Yamauchi, and Ryuichiro Sato *(*責任著者)
DOI番号
10.1074/jbc.RA120.016203
論文URL
https://www.jbc.org/content/early/2020/12/01/jbc.RA120.016203

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生化学研究室
教授 佐藤 隆一郎(さとう りゅういちろう)
Tel:03-5841-5136
Fax:03-5841-8029
E-mail:roysato<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
特任助教 佐々木 崇(ささき たかし)(研究者育成助成「ロッテ重光学術賞」受賞研究員)
E-mail:atsasaki<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/food-biochem/

用語解説

  • 注1 胆汁酸
     胆汁酸は胆汁の主要構成成分のひとつであり、肝臓においてコレステロールから合成される。古典的な機能として脂肪や脂溶性ビタミンなどの消化と吸収を促進する働きが知られるが、核内受容体FXRやGタンパク質共役受容体TGR5が胆汁酸により活性化を受けることが報告されたことで、現在ではシグナル分子としても認知されている。
  • 注2 ノミリン・オバクノン
     いずれも柑橘類に多く含まれるリモノイドの一種。マウスTGR5と比較し、ヒトTGR5をより強く活性化するというユニークな性質を持つ。