発表者
金子 竣亮(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 修士課程)
金 鉉倍(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 助教)
吉岡 拓如(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 准教授)
仁多見 俊夫(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 特任研究員)

発表のポイント

  • 与えた林業事業体の労働者数に合わせ、植栽、下刈り、除伐、間伐、主伐等の各作業の労働投入量の合計を年単位で最適化する「地域林業循環モデル」を開発しました。
  • このモデルを高齢の森林が多くを占める人工林に適用することにより、皆伐再造林を進める施業を行う林分と長伐期施業林分に分けることが可能となりました。
  • 10名の作業員で構成される林業事業体で持続的な森林経営を行っていくためには、760 ha程度の人工林面積が適正な規模であることを示しました。

発表内容

図1:システムダイナミクスモデリングツールで構築した「地域林業循環モデル」の概略
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図2:3つのモデル地域(小:青、中:橙、大:緑)の60年間の森林蓄積の推移
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図3:規模中のモデル地域(面積763 ha)の計算開始前(左)と60年後(右)の齢級構成
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(研究の背景)

 日本の国土面積の4分の1以上を占めるスギやヒノキをはじめとする人工林の多くは、昭和30年代の拡大造林政策(注1)により造成されました。しかし、高度経済成長期を経て国産材のシェアが失われていくなかで保育作業を必要とする段階を迎えた人工林は、林業の採算性の悪化に伴い手入れ不足のまま高齢化しつつあるのが現状です。また、拡大造林の頃までは豊富であった林業労働力が、若者を中心に収入源を失った山村から都市へと流出した結果、日本の林業労働者数は減少の一途をたどっています。森林資源の持続的な利用を技術的な視座から考究する東京大学森林利用学研究室の研究グループは、地域の限られた林業労働力による持続的な森林経営が可能な人工林面積を明らかにする「地域林業循環モデル」を開発しました。

(研究の内容)

 このモデルでは、高齢級に偏った人工林の齢級構成を元に戻すべく、主伐として皆伐を進めていきます。皆伐した林分には、その1年後に植栽、2~6年後に下刈り、15年後に除伐、20年後に保育間伐、40年後に利用間伐を行うというモデルを構築しました(図1)。10名の作業員で構成される林業事業体で年間200日労働に従事することを想定し、植栽~利用間伐を行ったうえで、計算期間を通じて労働投入量が2,000人日/年前後で平準化するよう、小班の林齢と地理的条件を参照しながら主伐の候補地を探索します。主伐の候補から除外された人工林は高齢化していきます。モデルでは11齢級(注2)から20齢級までを主伐、21齢級以上を長伐期施業の対象としましたが、徐々に通常の伐期で回す林分と、長伐期施業林分に分かれていきます。モデルにおいて、すべての主伐対象林分を皆伐しても労働投入量に余剰が発生する場合は、長伐期施業林分の間伐もしくは皆伐を行います。
 このモデルを、埼玉県の西川林業地に適用しました。高麗川流域に設定した面積規模で大中小の3つのモデル地域の60年間の森林蓄積の推移(図2)において、規模中の場合、当初は高齢級の人工林の皆伐が進むために少しずつ蓄積が減少していきますが、40年目のあたりから安定化しはじめたことから、2,000人日/年前後の労働投入量で持続的に林業を経営していくために、760 ha程度の人工林面積が適正な規模であることが示唆される結果が得られました。計算開始前と終了後の規模中の齢級構成(図3)を見ると、当初は収穫期に入った11齢級以上の面積が全体の9割を占めていたものが、60年後には11~20齢級の皆伐はほぼ完了し、全面積の2%が主伐対象林分として残り、27%が長伐期施業の対象林分へ移行しました。全面積の71%が通常の伐採サイクルに戻る過程の60年間における年平均の素材生産量は7,184±1,474 m3/年、森林バイオマス発生量は875.64±152.42 dry-t/年となりました。

(今後の展望)

 森林経営管理制度(注3)の開始に伴い、市町村単位で地域の森林を長期的に管理していくことが、これまでより強く求められるようになっています。このモデルは、林業事業体の労働者数、森林資源や基盤整備の状況、各作業の生産性などを変数としているため、地域の実態に応じて持続可能な森林経営を行うための人工林面積を提示することが可能となった点において、地域の森林経営計画の策定に大いに貢献できることが期待されます。また、近年の製材工場の大型化やバイオマス発電所の建設・稼働開始に対応して、地域の木材と森林バイオマスの長期的な供給可能量を把握することにも寄与できます。
 一方、本研究で用いたシステムダイナミクスモデリング手法は森林施業だけでなく、生態学や地球スケールの環境変動など幅広く適用されています。たとえば、被害が深刻化しているシカ食害や甚大化している気象災害に対する森林の状態変化の予測への展開も考えられます。今後は、生産基盤としての作業道の作設、木材と森林バイオマスの安定供給のための生産量・発生量の平準化、温室効果ガス発生量などの面からモデルの精緻化を進めるとともに、自然環境としての森林と第一次産業としての林業の動的な関係性を明らかにするような研究にも挑戦していきたいと考えています。

発表雑誌

雑誌名
Biomass and Bioenergy
論文タイトル
Developing a model for managing sustainable regional forest biomass resources: System dynamics-based optimization
著者
Shunsuke Kaneko, Hyun-Bae Kim, Takuyuki Yoshioka, and Toshio Nitami
DOI番号
https://doi.org/10.1016/j.biombioe.2023.106819
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0961953423001174

研究助成

 本研究の一部は、日本学術振興会科研費(課題番号:20K06121)の助成を受けて行われました。

用語解説

  • 注1  拡大造林政策
      戦後の日本では復興のために大量の木材が必要となり、山から木が伐り出されました。このことを受け、端的にいえば単位面積あたりの成長速度の遅い天然林を伐採し、そこに真っ直ぐ伸びて成長の早いスギや柱材としての価値が高いヒノキ、寒さに強いカラマツなどを植えることで、全国各地に人工林を造成していった林種転換政策のことをいいます。
  • 注2  齢級
      森林の年齢である林齢(りんれい)を5年単位でくくって表現したもので、森林に苗木を植栽した年を1年生として、1~5年生を1齢級と表します。6~10年生を2齢級、11~15年生を3齢級のように数えます。
  • 注3 森林経営管理制度
      手入れの行き届いていない森林について、市町村が森林所有者から経営管理の委託(経営管理権の設定)を受け、林業経営に適した森林は地域の林業経営者に再委託するとともに、林業経営に適さない森林は市町村が公的に管理(市町村森林経営管理事業)をする制度です。令和元年度に、市町村による森林整備等の新たな財源である森林環境譲与税の譲与とともにスタートし、令和6年度からは森林環境譲与税の財源となる森林環境税の課税がはじまります。すなわち各市町村では貴重な財源を活用して、森林の整備が進められていくことになります。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻
森林利用学研究室 准教授 吉岡 拓如(よしおか たくゆき)
Tel.: 03-5841-5215
E-mail: tyoshioka <アット> fr.a.u-tokyo.ac.jp
<アット>を@に変えてください。

関連教員

吉岡 拓如