発表者
林  亜佳音(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
小林  幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任講師)
中村  達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任講師:研究当時)
永田 奈々恵(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任講師)
村田  幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)

発表のポイント

  • アレルギー性結膜炎と感染性結膜炎の診断は容易ではなく、誤診により抗生物質やステロイド性抗炎症薬の不適切な使用や感染の拡大を招くリスクがあります。このため簡便かつ信頼できる診断技術の開発が求められています。
  • 2つの結膜炎モデルを作製し、結膜洗浄液中に排泄される炎症性の生理活性脂質の濃度を網羅的に測定しました。その結果、それぞれの病態に特徴的な脂質の産生動態を明らかにすることができました。
  • 特徴的な産生動態を示した脂質濃度を測定する技術を開発すれば、侵襲性がなく容易に採取できる結膜の洗浄液を用いて、2つの結膜炎の類症鑑別が可能になる可能性があります。

発表内容

図:研究概略図
アレルギー性結膜炎モデルと感染性結膜炎モデルモルモットの結膜嚢洗浄液中に、濃度が高く検出された脂質を示す。(拡大画像↗)

研究背景
 結膜炎は最も一般的な眼の疾患の1つであり、結膜のかゆみや腫れ、充血および目やになどの症状を引き起こします。結膜炎はその発症機序に基づいて、主にアレルギー性結膜炎と感染性結膜炎に分類されます。花粉症の症状の1つでもあるアレルギー性結膜炎はその罹患率が急増している疾患であり、花粉や動物のフケなどのエアロアレルゲンに対する過敏性によって引き起こされます。病態の特徴として、免疫細胞の1つである好酸球(注1)の結膜への浸潤が挙げられます。一方で感染性結膜炎はウイルスや細菌など微生物の結膜への感染によって引き起こされ、好中球(注2)の結膜への浸潤が主要な病理学的特徴です。
 アレルギー性と感染性の結膜炎は患者の経歴と臨床所見に基づいて鑑別されていますが、症状の似たこれら2つの結膜炎の見分けは時に難しく曖昧であり、誤診のリスクが低いとは言えない状況です。過去の調査では、一般病院におけるアレルギー性結膜炎の診断における陽性的中率は67%、感染性結膜炎の陽性的中率は71%と報告されています(引用1)。診断を誤ったり、遅くすることは、抗生物質やステロイド性抗炎症薬の不適切な使用、さらには感染性結膜炎の感染拡大(集団罹患)を引き起こす原因になります(引用2)。そのため、結膜炎に対して高い感度と特異度を持つ新しい診断法が必要です。
 脂質メディエーターは傷害をうけた組織の局所で産生され、炎症を含む様々な生理学的および病理学的な反応を調節する生理活性物質です。これらはアラキドン酸、エイコサペンタエン酸、リノール酸などの多価不飽和脂肪酸から、シクロオキシゲナーゼ(注3)、リポキシゲナーゼ(注4)、シトクロムP450(注5)などの酵素によって、または非酵素的酸化によって産生されます。液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析の開発が進み、これらの脂質メディエーターの感度の高い、かつ網羅的な分析が可能になりました。
 疾患のタイプや進行段階に応じて脂質メディエーターの産生プロファイルは変化するため、これらの評価は、疾患の発症機構の解明や疾患バイオマーカーの探索に応用することができます(引用3)。特に、鼻汁、涙、尿などの体液や分泌液は、侵襲なく容易に採取することが可能であり、体の炎症状態をより正確に調べることに応用できます。

目的
 本研究では、モルモットのアレルギー性結膜炎および感染性結膜炎モデルを作製し、その結膜洗浄液中に含まれる158種類の脂質メディエーターの産生濃度を、質量分析装置を用いて網羅的に測定し、それぞれの病態を反映した脂質産生プロファイルの解析を行いました。

方法と結果
 アレルギー性結膜炎モデルは、モルモットに、卵白抗原を用いた感作と結膜への投与を行うことで、感染性結膜炎モデルは細菌成分であるリポ多糖類を結膜に投与することで作製しました。
 両モデルとも刺激によって、結膜の腫脹が確認されました。組織学的検査を行ったところ、アレルギー性モデルでは結膜に好酸球と呼ばれる免疫細胞が多く浸潤していました。一方で、感染性モデルでは好中球と呼ばれる免疫細胞が多く結膜に浸潤しており、両者の病態が異なることが示されました。
 次に、結膜の洗浄液を採取して、液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析装置により、脂質メディエーターの産生量を網羅的に測定しました。結果として、アレルギー性結膜炎モデルでは20種類、感染性結膜炎のモデルでは12種類の脂質メディエーターの濃度が増加していることが分かりました。
 アレルギー性結膜炎モデルの結膜洗浄液中では、アレルギー反応の惹起に関与すると報告されている、プロスタグランジンD2(注6)とその3つの代謝物の濃度上昇が確認されました。そのほかに、アラキドン酸と呼ばれる脂肪酸のシトクロムP450代謝物であるヒドロキシエイコサテトラエン酸、リノール酸やエイコサペンタエン酸のリポキシゲナーゼ代謝物などの濃度が上昇していました。 
 一方、感染性結膜炎のモデルでは、炎症促進性の生理活性脂質として有名なプロスタグランジンE2やプロスタグランジンF2aとそれらの代謝物の濃度が上昇していました。また炎症時に多く産生されると報告がある、8-iso-プロスタグランジンE2の濃度が上昇していました。さらに、感染性結膜炎のモデルでは、リポキシゲナーゼの代謝産物である12-オキソエイコサテトラエン酸の濃度も上昇しました。

結論
 以上の結果から、結膜洗浄液中の脂質産生の違いは、アレルギー性結膜炎と感染性結膜炎の病理学的特徴を反映している可能性が分かりました。これらの成果は、それぞれの結膜炎の病態の解明につながるだけでなく、この2つの病態の類症鑑別技術の開発にもつながる可能性があります。

発表雑誌

雑誌名
Frontiers in Allergy
論文タイトル
Production profile of lipid mediators in conjunctival lavage fluid in allergic and infectious
著者
Akane Hayashi, Koji Kobayashi, Tatsuro Nakamura, Nanae Nagata, and Takahisa Murata
DOI番号
https://doi.org/10.3389/falgy.2023.1218447
論文URL
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/falgy.2023.1218447/full

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医薬理学研究室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5934
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 好酸球
     白血球の一種。アレルギーで増加し、炎症を増悪させる。
  • 注2 好中球
     白血球の一種。体に入ってきた細菌の殺菌をおこなう。
  • 注3 シクロオキシゲナーゼ
     脂質を代謝する酵素のひとつ。アラキドン酸からプロスタグランジン類を合成する。
  • 注4 リポキシゲナーゼ
     脂質を代謝する酵素のひとつ。アラキドン酸からロイコトリエン類を合成する。
  • 注5 シクロオキシゲナーゼ
     様々な物質を代謝する酵素の総称。脂質の代謝もおこなう。
  • 注6 プロスタグランジンD2
     アラキドン酸から合成される脂質メディエーター。アレルギー炎症で産生量が増加することが報告されている。

用語解説

  • 引用1:Sheldrick J H, Vernon S A, and Wilson A. Study of diagnostic accord between general practitioners and an ophthalmologist. BMJ. 1992 Apr 25; 304(6834): 1096–1098. doi: 10.1136/bmj.304.6834.1096.
  • 引用2:Yeu E, Hauswirth S. A Review of the Differential Diagnosis of Acute Infectious Conjunctivitis: Implications for Treatment and Management. Clin Ophthalmol. 2020 Mar 12;14:805-813. doi: 10.2147/OPTH.S236571.
  • 引用3:Kabashima K, Nakashima C, Nonomura Y, Otsuka A, Cardamone C, Parente R, Feo G D, Triggiani M. Biomarkers for evaluation of mast cell and basophil activation. Immunol Rev, 2018 Mar;282(1):114-120. doi: 10.1111/imr.12639.

関連教員

小林 幸司
村田 幸久