マウスの食物アレルギー症状を画像から自動的に評価する方法の開発
発表のポイント
- アレルギーの研究では、マウスモデルの症状を、ヒトが実験しやすい昼間に短時間だけ観察することが多い。しかし、実際のアレルギー患者の症状は、抗原に暴露された数時間後や数日後に発現することがある。発表者らは、動画を用いたマウスの行動解析手法を用いて、食物アレルギーモデルマウスの行動を昼夜24時間にわたって評価できるようにした。
- 食物アレルギーモデルマウスは、夜間において移動距離や活動時間が減少し、飼育ケージの隅で過ごす時間が増えた。一方で、昼間ではこれらの行動の変化は見られなかった。既存の行動試験によってマウスの精神状態を評価したところ、食物アレルギーモデルマウスはうつ様の状態にある可能性が示された。
発表概要
研究概略図 : 食物アレルギーモデルマウスの行動は夜間でのみ変化した
食物アレルギーのメカニズム解明や治療法の開発のために、マウスなどの動物モデルが広く用いられている。これらの実験では、マウスが呈する下痢や腹痛によるうずくまり、かゆみからくる引っ掻き行動などを、ヒトが実験しやすい昼間に短時間(1時間弱)観察することが多い。
しかし、ヒトのアレルギー症状は抗原刺激後、数時間から数日にわたって出ることもあり、現行の評価方法では不十分であると言わざるを得ない。また、夜行性であるマウスは夜間に行動量が増えるため、昼間に行う実験ではモデルマウスの症状の多くを見逃している可能性もある。
東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、動画を解析することで、モデルマウスのケージ内の行動を昼夜24時間にわたって評価した。本研究ではまず、ケージ内における行動量と軌跡(マウスの局在)を評価した。その結果、食物アレルギー症状の悪化に伴い、夜間におけるマウスの移動量が有意に減少していることが分かった。また、食物アレルギーモデルマウスは夜間においてケージの隅で過ごす時間が長くなることも分かった。このメカニズムを明らかにするために既存の行動試験を追加で行ったところ、食物アレルギーモデルマウスはうつ様の精神状態にあることが分かった。
モデルマウスの行動を昼夜にわたって撮影し、解析することで、これまで見逃されてきた症状を見出せる可能性がある。効率よく、より適切な病態解明を行うため、より詳細な解析を行っていく。
発表内容
研究の背景
近年、食物アレルギーの患者は増加傾向にあり、発症メカニズムの解明や予防・治療法の開発が求められている。食物アレルギーのメカニズム解明や治療法の開発のために、マウスなどの動物モデルが広く用いられている。これらの実験においては、マウスが呈する下痢や腹痛によるうずくまり、かゆみからくる引っ掻き行動などを、ヒトが実験しやすい昼間に短時間(1時間弱)観察することで評価することが多い。
しかし、ヒトのアレルギー症状は抗原刺激後、数時間から数日にわたって出ることがある。また、免疫や自律神経の活性リズムによって、夜間の特定の時間帯に症状が出やすい患者もいる。つまり、現行のモデル動物に対する評価方法では、実際の患者病態を明らかにするには不十分である。加えて、夜行性であるマウスは夜間に行動量が増えるため、昼間に行う実験では、モデルマウスの症状の多くを見逃している可能性も高い。
発表者らは、これまでに動画解析を用いてマウスの行動を昼夜24時間にわたって評価する方法を開発してきた。本研究では開発した方法を用いて、食物アレルギーモデルマウスの行動を、夜間を含む長時間にわたって評価することを試みた。
研究の内容
- 卵に含まれる抗原であるオボアルブミン (OVA) をマウスの腹腔に投与して感作した後、経口的に10回投与することで食物アレルギーモデルを作製した。経口投与の回数の増加に伴って、下痢やうずくまり、引っ掻き、粘膜の腫れなどのアレルギー症状が悪化していた。
- 1、5、10回目のOVAの経口投与後、マウスを個別にケージに入れ、上から動画を撮影した。昼間 (8時-20時) では可視光、夜間 (20時-8時) では赤外光を照射した。撮影した動画をプログラミング言語であるPythonを用いて解析し、マウスの重心の座標を取得した後、1秒ごとの移動距離を計算した。移動距離を昼間と夜間それぞれについて合計したところ、夜間においてのみ、経口投与の回数の増加に伴って合計の移動距離が減少することが分かった。
- 1秒ごとの移動距離が時間と共にどのような周期で変化するかを解析することで、マウスが活動している時間と休んでいる時間を分類した。その結果、移動距離と同様に夜間においてのみ、活動している時間が短くなっていることが明らかになった。
- 得られた重心座標からマウスのケージ内の分布を評価したところ、食物アレルギーモデルマウスは夜間においてケージの四隅で過ごす時間が長いことが分かった。この行動の変化が精神的な症状を反映すると考え、既存の行動試験を行ったところ、食物アレルギーモデルマウスはうつ様の状態にあることが分かった。
結論と意義5>
本研究では、食物アレルギーモデルマウスのケージ内での自発運動量や局在を、夜間を含む長時間評価した。その結果、食物アレルギーモデルマウスは夜間においてのみ、移動距離や活動時間が減少していることや、マウスは鬱様の状態になっており、飼育ケージの隅で過ごす時間が増えることが分かった。ヒトにおいて、アレルギー症状と鬱との関係を示唆する報告もあり、今後検証を続けていきたい。
ヒトにおいて、抗原刺激後数時間から数日かかって食物アレルギーの症状が発現する場合があることや、また症状が時間帯によって変動することも知られている。しかしそのメカニズムはよく分かっていない。今後さらに詳細な研究を進めていき、これらのメカニズム解明や、治療方法の提案につなげていきたい。
発表者
宮﨑 優介(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程)
小林 幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任講師)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
発表雑誌
- 雑誌
- Journal of Pharmacological Sciences
- 題名
- Behavioral changes of food allergic model mice during light and dark period
- 著者
- Yusuke Miyazaki, Koji Kobayashi, and Takahisa Murata
- DOI
- 10.1016/j.jphs.2023.08.005
- URL
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S134786132300049X
問い合わせ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医薬理学研究室・放射線動物科学研究室・食と動物のシステム科学研究室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5394
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