ダケカンバは日本の高山に生育する樹木です。国内11カ所から収集した苗木の生育試験をしたところ、森林限界と分布南限地由来の苗木の生存率や成長は他の苗木より低くなりました。森林限界地は気候条件、南限地は遺伝的特性と、それぞれ異なるメカニズムで適応性が低下していることが分かりました。

 それぞれの植物はその植物にあった気候帯に分布しており、自然分布域の端に生育する個体を異なる環境に移すと、悪い成長を示す現象が見られます。この現象は、①分布の端の環境がその種にとっての極限環境で、異なる環境では適応能力を失うため②集団の小規模化・孤立化により、近親交配や遺伝的浮動の影響を受けやすいため――の二つの要因から説明されてきました。しかし、これら二つの要因が、それぞれどのように成長の低下を引き起こすのかはあまり分かっていませんでした。
 本研究では、日本の高山に分布するダケカンバの苗木を国内11カ所から収集し、全国8カ所で産地試験を行いました。試験では苗木の成長を比較し、気候条件や遺伝的特性との関連を調べました。
 その結果、中央アルプスの森林限界由来の苗木は低い生存率や個体サイズを示しました。また、遺伝的に他集団と大きく異なっていた分布南限地である紀伊半島由来の苗木は、これに加えて成長率も低いことが分かりました。さらに、紀伊半島のダケカンバ集団は遺伝的多様性が低く、近親交配が生じていることが明らかになりました。
 中央アルプス由来の苗木は、森林限界の低温環境に適応し小さな個体サイズが選択されたために、異なる環境では生育が悪いことが考えられました。紀伊半島の集団は、遺伝的浮動・近親交配の影響を受け、低い生存率・成長率を示したと考えられました。つまり、分布の端から来たダケカンバ苗木の生存率・成長の低下は、二つの異なるメカニズムで生じていたことになります。
 また、これらの結果から、自然分布域の端に生育する集団は地球温暖化の進行で消失する可能性が高いと考えられるため、早急に保全策を立てる必要があります。

研究代表者

筑波大学生命環境系 津村 義彦 教授
筑波大学大学院生命環境科学研究科 相原 隆貴
東京大学大学院農学生命科学研究科 後藤 晋 准教授

研究の背景

 それぞれの植物はその植物にあった気候帯に分布します。このため、自然分布域の端に生育する個体を異なる環境に移すと、悪い成長を示すという現象が見られます。この現象は、①分布の端の環境がその種にとっての極限環境であり、異なる環境で適応能力を失うため②集団の小規模化・孤立化により、近親交配や遺伝的浮動注1)の影響を受けやすいため――の二つの要因から説明されてきました。しかし、これら二つの要因がそれぞれどのように、成長の低下を引き起こすのかはあまり分かっていませんでした。

研究内容と成果

 ダケカンバは日本の高山に分布する樹木です。11の天然分布地域(産地)から苗木を収集し、全国8カ所で産地試験注2)を実施(図1)しました。試験では苗木の成長を比較し、その良し悪しと産地集団の気候条件・遺伝的特性との関連を調べました。
 11産地集団のうち中央アルプスの森林限界に位置する集団の気候条件は、種全体のうち低温側に位置し、気候的にダケカンバの分布の端であると推定されました。また、RAD-seq注3)を用いて集団間の遺伝的特性を比較したところ、分布南限地の紀伊半島の集団は遺伝的多様性が著しく低く、遺伝的に他集団と大きく異なっていました(図2)。このため、個体間の近縁度が高いことが推定されました。さらに、集団間の苗木の成長形質を比較したところ、中央アルプスの集団の苗木は低い生存率・個体サイズを示し、紀伊半島の集団の苗木はこれらに加え成長率注4)も低いことが分かりました(図3)。
 これらから、二つの異なるメカニズムによりダケカンバ苗木の成長形質の低下が起きていることが分かりました。まず、気候的に分布の端と推定された中央アルプスの集団は、森林限界の低温環境かつ短い生長期間に適応し、他環境では不利な小さな個体サイズが選択されたと考えられました。次に、ダケカンバの分布南限である紀伊半島の集団は小集団で(図4)、他の集団と距離的に大きく離れており、遺伝的浮動・近親交配の影響により有害遺伝子が蓄積して低い生存率・成長率を示したと考えられました。

今後の展開

 本研究で扱った中央アルプス出身の苗木は、厳しい森林限界に適応した形質を示しました。今後、他の山岳の森林限界の個体でもこのような適応を行っているのかを調べる必要があります。また、紀伊半島の集団は遺伝的浮動・近親交配の悪影響を受けていると推定されました。産地試験林に植栽した苗木だけでなく、実際の森林や他の南限地の集団が同じような影響を受けているのかを、さらに調べる必要があります。また、地球温暖化が進行すると、自然分布の端の集団は消失する可能性が高いことが考えられるため、早急に保全策を立てることが求められます。

参考図

図1 産地試験地の様子
本研究では、日本全国8カ所に設置されているダケカンバの産地試験地を使用した。
1試験地につき11産地集団由来のダケカンバ苗木を計183本植栽した。
写真は愛知県設楽町に設置されている試験地(名古屋大学設楽試験地)。2022年7月4日に相原隆貴撮影。

図2 集団間の遺伝的差異の指標ρに基づく主座標分析の結果
RAD-seqを用いた遺伝解析にて計算を行った。本研究で使用したダケカンバ11産地集団のうち、
紀伊半島の集団は1軸(図中の横軸)で他集団と遺伝的に大きく離れることが推定された。

図3 8箇所の産地試験林での11産地ダケカンバ苗木の生存率・成長率・樹高(平均)
白丸は平均値、縦線は標準偏差を表す。各グラフの黒の横線は全体の平均値を表す。紀伊半島と中央アルプスの集団が他集団
に比べ、生存率・樹高が低いことが記録された。また、紀伊半島の集団はこれに加え、樹高成長率も低かった。

図4 紀伊半島釈迦ヶ岳のダケカンバ林の様子
個体数が少なく、他のダケカンバ集団と距離的に遠く離れていることが観察された。2022年9月15日に相原隆貴撮影。

用語解説

  • 注1 遺伝的浮動
     偶然の要因により集団中の遺伝的組成が変化すること。個体数の少ない集団では、遺伝的浮動の影響を受けやすく、偶然の要因により遺伝的組成が大きく変化しやすい。
  • 注2 産地試験
     異なる産地由来の苗木を同じ環境で生育させる試験研究のこと。共通圃場試験とも呼ぶ。環境差を固定することで産地間の遺伝的な形質のバリエーションを比較できる。
  • 注3 RAD-seq
     Restriction site Associated DNA sequencing。制限酵素で切断したDNA断片を増幅させ、ゲノム内の大量な塩基配列を同時に解析する手法。
  • 注4 成長率
     「(当年の樹高-前年の樹高)/前年の樹高」の式で算出。成長率がマイナスになっているのは先枯れや幹折れが原因である。

研究資金

 本研究は、科研費(基盤A)による研究プロジェクト(21H04732)およびJST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2124)の助成を受けて実施されました。

掲載論文

【題名】
Divergent mechanisms of reduced growth performance in Betula ermanii saplings from high-altitude and low-latitude range edges.
(高標高および低緯度集団出身のダケカンバ個体の低い成長形質のメカニズム)
【著者名】
相原隆貴(筑波大学生命環境科学研究科)、荒木響子(宮内庁庭園課・筑波大学生命地球科学研究群)、小沼佑之介(筑波大学生命環境科学研究科)、蔡一涵(北海道大学地球環境科学院)、Aye Myat Myat Paing(東京大学大学院農学生命科学研究科)、後藤晋(東京大学大学院農学生命科学研究科)、久本洋子(東京大学大学院農学生命科学研究科)、戸丸信弘(名古屋大学生命農学研究科)、本間航介(新潟大学佐渡自然共生科学センター)、高木正博(宮崎大学農学部)、吉田俊也(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、飯尾淳弘(静岡大学農学部)、永松大(鳥取大学農学部)、小林元(信州大学農学部)、廣田充(筑波大学生命環境系)、内山憲太郎(森林総合研究所樹木分子遺伝研究領域)、津村義彦(筑波大学生命環境系)
【掲載誌】
Heredity
【掲載日】
2023年11月9日(現地時間)
【DOI】
10.1038/s41437-023-00655-0

問い合わせ先

【研究に関すること】
筑波大学生命環境系 教授 津村 義彦(つむら よしひこ)
TEL: 029-853-4629 Email: tsumura.yoshihiko.ke[アット]u.tsukuba.ac.jp
URL: https://sites.google.com/site/ytsumuforestgenetics/home
[アット]を@にしてください。

【取材・報道に関すること】
筑波大学広報局
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac.jp

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TEL: 054-238-5179
E-mail: koho_all[アット]adb.shizuoka.ac.jp
[アット]を@にしてください。

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