発表のポイント

  • 牛呼吸器病症候群の原因ウイルスの一つであるD型インフルエンザウイルスの防御抗原であるHEFタンパク質の抗原構造を解明しました。
  • ウイルス系統間で中和交叉する共通抗原領域および系統に特異的な抗原領域をエピトープレベルで同定しました。
  • D型インフルエンザの効果的なワクチン開発への貢献が期待されます。

発表概要

 新しい型(D型)のインフルエンザウイルスは、わが国を含む世界中に広がっており、牛の死亡原因の多くを占める牛呼吸器病症候群(BRDC:注1)の原因ウイルスであることがわかってきました。しかし、その感染や発症を予防するワクチンは実用化されていません。本研究では、単クローン性抗体および中和回避変異体を用いてD型インフルエンザウイルスの防御抗原であるHEFタンパク質(注2)の抗原構造を解析しました。その結果、受容体結合領域とエステラーゼドメインに系統間共通の中和抗原エピトープが、頂点領域に系統特異的な中和抗原エピトープが存在することを見つけました。さらに、リバースジェネティクス解析により、頂点領域を構成するアミノ酸210-214の配列が系統特異的な抗原性を規定していることを明らかにしました。本知見は、BRDCの制御を目指したD型インフルエンザの効果的なワクチン開発に貢献すると期待されます。

発表内容

〈研究の背景〉

BRDCは、牛の死亡原因の多くを占め世界の畜産業に甚大な経済的被害を及ぼしています。その原因となりうる牛ヘルペスウイルス1、牛RSウイルス、牛パラインフルエンザウイルス3などに対する牛呼吸器病混合ワクチンが広く使われていますが、その制御には至っていません。最近になって、D型インフルエンザウイルスがその新たな病原体であることがわかってきたことから、BRDCの制御のため、そのワクチン開発が期待されています。これまでの研究により、D型インフルエンザウイルスには進化系統の異なる5系統(OK, 660, Y16, Y19, およびCA19系統)の株が流行しており、これらの系統間の抗原性にはばらつきがあることが示唆されています。したがって、効果的なワクチン開発には、ウイルスの防御抗原であるHEFタンパク質の抗原構造の解析が必要です。

〈研究の内容〉

 D型インフルエンザウイルスの4種類の系統(OK, 660, Y16, およびY19系統)に属する各株(OK, NE, Y16, およびY19株)のHEFタンパク質に対する単クローン性抗体(mAb)パネルを作出し、各系統株に対する中和反応性を調べたところ、系統特異的に反応する抗体、別の系統にも反応する抗体、すべての系統に反応する抗体の3つのグループに分かれました。したがって、HEFタンパク質には系統共通抗原部位と系統特異的抗原部位が存在することが示されました。そこで、各mAbの中和回避変異体を作出し、それらのHEFタンパク質上の変異部位を同定したところ(図1)、受容体結合領域とエステラーゼドメインに系統共通抗原エピトープが、頂点領域に系統特異的抗原エピトープが存在することがわかりました(図2)。次に、頂点領域を構成するアミノ酸210-215の配列が各系統の株間で異なっていることに着目し、この配列に変異を導入した変異ウイルスをリバースジェネティクス法(注3)で作出し、各mAbに対する反応性の変化を調べました。その結果、それぞれに特異的なアミノ酸配列(OK:212-KP-213, Y16:210-GASxQ-214, Y19:213-SQ-214)(注4)が各系統の抗原特異性を規定していることを明らかにしました。また、ウイルス系統間の抗原性を比較するために、これまでのデータを併せて抗原地図(注5)を作成したところ、系統間で抗原性にばらつきがあること、わが国で流行しているY16系統株とY19系統株の間には抗原性に違いがあることが示されました(図3)。これらの成績から、わが国のD型インフルエンザのワクチン開発には、Y16系統とY19系統のウイルスに対応できるワクチン株を選択する必要があることがわかりました。

〈今後の展望〉

 本研究により、日本の流行株は海外株と抗原性が異なることがわかりました。したがって、ワクチン効果の観点から、海外株ベースのワクチンをわが国に導入するのでは不十分で、日本株をベースとした独自のワクチン開発が望まれます。例えば、HEFタンパク質のアミノ酸配列を操作(213-SS-214を導入)することで、Y16とY19両系統に有効なワクチンウイルスが作出できます。呼吸器感染症であるD型インフルエンザに対しては、気道に分泌型抗体を誘導する鼻腔噴霧型の弱毒生ワクチンが理想です。抗原性を改変した組換えウイルスを低温馴化等により弱毒化する必要がありますが、それを現行の牛呼吸器病混合生ワクチンとの併用する、あるいは添加することで、BRDCを効果的に制御できるようになることが期待されます。

発表者

東京大学大学院農学生命科学研究科
  片山美沙(獣医学専攻 博士課程院生)
  村上 晋(獣医学専攻 准教授)
  石田大歩(獣医学専攻 博士課程院生:研究当時) 現:麻布大学 助教
  松郷宙倫(獣医学専攻 特任助教:研究当時) 現:京都大学 助教
  関根 渉(獣医学専攻 助教)
  大平浩輔(獣医学専攻 博士課程院生)
  上間亜希子(獣医学専攻 特任助教・特別研究員RPD)
  堀本泰介(獣医学専攻 教授)

発表雑誌

雑誌
Journal of Virology
題名
Antigenic commonality and divergence of hemagglutinin-esterase-fusion protein among influenza D virus lineages revealed using epitope mapping
著者
Misa Katayama, Shin Murakami, Hiroho Ishida, Hiromichi Matsugo, Wataru Sekine, Kosuke Ohira, Akiko Takenaka-Uema, Taisuke Horimoto
DOI
10.1128/jvi.01908-23
URL
https://journals.asm.org/doi/10.1128/jvi.01908-23

研究助成

本研究は、JSPS科学研究費補助金(挑戦的研究(萌芽)、基盤研究(A)、特別研究員奨励費)、JRA畜産振興事業費、農林水産省・農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業、AMED東京大学新世代感染症センター(UTOPIA)およびJST SPRING GXのサポートにより実施されました。

用語解説

  • 注1 牛呼吸器病症候群
    BRDC(bovine respiratory disease complex)と呼ばれる。ストレス環境下において様々なウイルスや細菌などの感染を原因とする牛の呼吸器複合病。肥育牛の死亡率が高く、効果的なワクチンの開発が世界的に期待されている。
  • 注2 HEFタンパク質
    hemagglutinin-esterase-fusion proteinのこと。D型インフルエンザウイルスの唯一のエンベロープ表面糖タンパク質で中和抗体を誘導する防御抗原である。ウイルスの細胞への結合(受容体結合)・侵入(膜融合)および細胞からの遊離(出芽)を担っている。
  • 注3 リバースジェネティクス法
    D型インフルエンザウイルスのゲノムRNA分節(PB2, PB1, P3, HEF, NP, M, NS)およびタンパク質(PB2, PB1, P3, NP)を合成するプラスミドを同時に培養細胞に導入することで感染性ウイルスを作製する方法。ゲノムRNA転写プラスミドに変異を導入することで、任意の変異ウイルスを作出できる。
  • 注4 アミノ酸の種類
    それぞれ、K:リジン、P:プロリン、G:グリシン、A:アラニン、 S:セリン、Q:グルタミンを表す。
  • 注5 抗原地図
    Antigenic cartography解析により作成した。各ウイルス株の複数抗原に対する抗体価データを基に各株の抗原性が2次元プロットされ、抗原性の類似性が評価できる。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室
教授 堀本 泰介(ほりもと たいすけ)
Tel: 03-5841-5396
Fax: 03-5841-8184
Email: taihorimoto[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
教授 村上 晋(むらかみ しん)
Tel: 03-5841-5397
Email: shin-murakami[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
※[アット]を@に変えてください。

関連教員

堀本 泰介
村上 晋