発表のポイント

  • 日本の寒冷気候地域における、木造建築物(日本標準住宅)の年間暖房負荷(注1)をシミュレートしました。
  • 5つの暖房方法(電気、LNG、LPG、灯油、木質ペレット)の一次および二次エネルギー消費によるCO2排出量を推定しました。
  • 木質バイオマスボイラーは、電気ヒートポンプエアコン、LNG都市ガスボイラー、LPGボイラー、灯油ストーブと比較して、最大約85%のCO2排出量を削減できることを示しました。

発表概要

 化石燃料で駆動される暖房機器と寒冷地で使用される木質バイオマスボイラーのCO2排出量を比較し、再生エネルギー源としての木質バイオマスの炭素フットプリントの優位性を確認することを目的として、日本の代表的な寒冷地であり、森林資源の豊富な長野県長野市を対象地域に選定しました。長野地域の電力会社、ガス会社、日本のエネルギー基準を用いて、化石燃料の代表的な暖房機器の一次および二次エネルギー消費量とCO2排出量を比較し、木質バイオマスを再生エネルギー源として活用した場合の炭素削減の可能性を検討しました。
 本研究は、森林資源の持続的な利用を技術的な側面から追究する森林利用学と木造建築学の分野横断型研究であると同時に、韓国延世大学建築工学部、韓国国土研究院と行った国際共同研究であり、2024年8月10日に国際学術誌「Results in Engineering」のオンライン版で公開されました。

発表内容

〈研究の背景〉

 環境省の推定によると、日本は世界で5番目に大きい温室効果ガス排出国です。これは、約束された削減目標を達成しなければならない日本の責任が、地球の気候変動の緩和に重要な役割を果たすことを示唆しています。この削減目標を達成するために、化石燃料ベースのエネルギー源をバイオマスなどの再生可能エネルギーに置き換えることに対する関心と重要性が増加し続けると予想されます。現在、電力と灯油は、日本の寒冷気候地域で住宅暖房に使用される主なエネルギー源です。このような化石燃料ベースのエネルギー源を使用すると炭素排出量が増加するため、政府の全量固定価格買取制度(FIT;Feed-in Tariff) の一環として広く普及している太陽光発電や太陽熱集熱器などの太陽熱暖房方法を用いて再生エネルギーを導入する多くの研究が行われています。太陽熱や風力などの他の再生可能技術に比べて初期コストが低く、エネルギー貯蔵の利便性が高いバイオマスエネルギーに対する関心が高まっています。
 バイオマスは植物から抽出されたすべての有機物を指す言葉です。それは、木、作物、海藻または農林業、有機産業における廃棄物、人間および動物の糞尿などの動物性または植物性物質です。その中でも特に森林で生産される木質バイオマスは、森林が国土の67%を占める日本で最も簡単にアクセス可能で安価なエネルギー源です。ボイラー、暖房設備、発電などの再生可能エネルギーとして木質バイオマスを使用することを考慮しながら、炭素排出量を減らす方法を模索するための多数の研究が行われています。しかし、バイオマスストーブとボイラーのエネルギー使用量と炭素排出量をヒートポンプエアコン、ガス、灯油を使用して駆動される暖房機器と直接比較した研究はほとんどありません。これは、年間の暖房負荷に対する暖房機器間のエネルギー変換と炭素排出量の単位と規格を一致させることが困難であるためであると考えられます。

〈研究の内容〉

 1999年、建築研究所(BRI;Building Research Institute)は、住宅の一次エネルギー消費効率評価を改善するために、日本を8つの気候区域に区分する提案をしました。この区域は暖房度日(HDD;heating degree days、注2)を基準に設定され、長野市はこの提案により「区域4」に属します(図1左)。2009年に設定された省エネ基準に基づき、1階と2階に5つの暖房区域で設計された軽量木構造建築物(日本標準住宅)が計算モデルとして選択されました(図1右)。長野市は、1981年から2000年までの20年間の気候データを含むAMeDASシステム(注3)に含まれ、このデータを用いてシミュレーションを行いました。計算期間は1月1日から12月31日までであり、換気は0.5 ACH(時間あたり換気回数)に設定し、暖房は1月1日から5月23日、10月1日から12月31日までの間24時間20℃に維持するものとしました。 EnergyPlusプログラム(注4)を適用した結果、住宅モデルの年間暖房負荷は7.94 GJと計算され、これを一次および二次エネルギー消費とCO2排出量の計算に使用しました。熱ポンプ空調装置の性能係数(COP;Coefficient of Performance)を考慮して暖房エネルギーを計算し、これをもとに各エネルギー源別のCO2排出量を推定しました。図2は、1月24日から30日までの室内温度による暖房負荷を示し、屋外温度が零下に下がっています。

図1. 日本の気候区分と標準住宅

図2. 1月24日から30日までの室内温度と暖房負荷

 5つの暖房装置、電気ヒートポンプエアコン、LNG都市ガスボイラー、LPGボイラー、灯油ストーブ、ペレットをエネルギー源として使用する木質バイオマスボイラーを比較しました。その結果、木質バイオマスボイラーを使用すると、電気ヒートポンプエアコン、LNG都市ガスボイラー、LPGボイラー、灯油ストーブのCO2排出量がそれぞれ最大85%、75%、75%、76%削減されることが示されました(図3)。この際、CO2発生量は各暖房装置を可能な限り変数を減らして固定し、一次エネルギー消費に換算して推定し、運用および設備コストは二次エネルギー計算に基づいて計算しました。コストは灯油ストーブが最も低くなりましたが、CO2排出量はペレットボイラーを30年間使用した場合が最も低くなりました。 木質ペレットは比較的高価な燃料であるため導入の障壁となる可能性がありますが、大きな環境効果を得るには、できるだけ早くペレットボイラーを導入するのが最善です。

図3. エネルギー源の運用コスト、エネルギーおよび機器の運用コストの計算結果

〈今後の展望〉

 本研究の結果は、ペレットを使用した木質バイオマスボイラーの炭素削減の可能性と化石燃料駆動オプションと比較した再生可能暖房エネルギー源としての利点を示しています。また、環境性能の面で意味のある比較を行い、再生可能エネルギー源としての木質バイオマスの可能性を見出すことができました。したがって、このようなエネルギー源と運用費用の定量化結果をもとに計算モデルを発展させ、推定範囲を地域の県単位まで広げていけば、国家的なCO2削減に大きく役立つ指標になり得るものと考えられます。 また、家庭用ペレットボイラーの購入を補助する政策が支持されれば、木質バイオマスボイラーの普及を促進し、CO2排出量を削減することで大きな環境的な利益を得ることができます。

発表者

金 鉉倍(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 助教)
吉岡 拓如(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 准教授)
金 志暎(韓国国土研究院地理空間分析・モニタリングセンター 責任研究員)
金 秀珉(延世大学建築工学部 教授)

論文情報

雑誌
Results in Engineering
題名
Estimation of wood biomass boiler use in cold climate regions on CO2 emissions of light-frame timber structure
著者
Hyun Bae Kim, Takuyuki Yoshioka, Jeeyoung Kim, and Sumin Kim
DOI
https://doi.org/10.1016/j.rineng.2024.102698
URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2590123024009538

研究助成

本研究の一部は、日本学術振興会科研費(課題番号:20K06121)の助成を受けて行われました。

用語解説

  •  注1 年間暖房負荷
     気象条件(外気温度、日射等)のもと、室内をある温度に維持するために必要な投入熱量のことです。壁面などを伝熱で移動する貫流熱損失と、換気熱損失の2つの熱移動に大きな影響を受けます。
  •  注2 暖房度日(だんぼうどにち、HDD;heating degree days)
     暖房を開始する基準温度を決め、基準温度より日平均気温が低い期間を暖房期間として、この期間内に出現した日平均気温が基準温度より低い日について、基準温度と日平均気温の差を積算したものです。
  •  注3 AMeDASシステム
     「Automated Meteorological Data Acquisition System」の略で、「地域気象観測システム」です。 雨、風、雪などの気象状況を時間的、地域的に細かく監視するために、降水量、風向・風速、気温、湿度の観測を自動的に行い、気象災害の防止・軽減に重要な役割を果たしています。
  •  注4 EnergyPlusプログラム
     暖房や冷房、換気、照明などを考慮した建物のエネルギー消費がシミュレーションできる国際標準化しつつあるエネルギーシミュレーションプログラムです。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻
森林利用学研究室 助教 金 鉉倍(きむ ひょんべ)
E-mail:kim.hyunbae [at]mail.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

金 鉉倍
吉岡 拓如