発表のポイント

  • 水田土壌に酸化鉄を添加することによって鉄還元菌窒素固定の増強とメタン生成の抑制を同時に行えることを明らかにしました。
  • 水田への酸化鉄の施用によるメタン排出削減の新たなメカニズムを提唱するものです。
  • 水田におけるメタン排出削減と窒素肥料低減の両方を実現する新たな農業技術につながると期待されます。

発表内容

 水田は温室効果ガスであるメタンの大きな排出源であり、排出削減が急務となっています。
 我々は近年、水田土壌に酸化鉄を施用すると、水田土壌細菌の優占種である鉄還元窒素固定菌(Geobacteraceae科およびAnaeromyxobacter属)の窒素固定活性が高まることを見出しました。また、これらの鉄還元窒素固定菌は、稲わらが土壌で分解して生成する酢酸を炭素源として利用することも明らかにしました。一方、稲わら分解で生成する酢酸やCO2/H2を材料としてメタン生成菌によってメタンが作られます。そのため、水田土壌へ酸化鉄を施用して鉄還元窒素固定菌を活性化すると酢酸が消費され、メタン生成菌に使われる酢酸が減ってメタン生成が減少すること、すなわち、酸化鉄の施用によって鉄還元菌窒素固定の増強とメタン生成の抑制が同時に起こることが期待されました。
 これを検証するために、水田土壌に稲わらの主要な構成成分であるキシランまたはセルロースを混合し酸化鉄鉱物の一つであるフェリハイドライトを添加した水田土壌ミクロコズムを作成し、保温静置を行いました。その結果、キシラン混合土壌においてフェリハイドライト添加によってメタン生成が有意に減少しました(図1)。この時、メタン生成の鍵遺伝子であるmcrAの土壌中での転写割合はフェリハイドライト添加により有意に減少していました(図2A)。また、土壌のメタトランスクリプトーム解析から、酢酸利用型およびCO2/H2利用型のいずれをも含む多様なメタン生成菌によるメタン生成が抑制されたことが示唆されました(図2B)。
 一方、キシラン混合土壌へのフェリハイドライト添加により、窒素固定遺伝子nifDの土壌中での転写割合が有意に増加しました(図3A)。土壌のメタトランスクリプトーム解析から、転写されたnifDの大部分はGeobacteraceae科の鉄還元窒素固定菌に由来しており、フェリハイドライトの添加によってnifD転写細菌群の中での割合が有意に増加していることが分かりました(図3B)。
 これらの結果から、水田土壌への酸化鉄の施用によって鉄還元菌窒素固定の増強とメタン生成の抑制が同時に起こることが実証できました。そのメカニズムとして、Geobacteraceae科の鉄還元窒素固定菌が酢酸だけでなく、キシランそのものやキシラン分解で生成した他の炭素化合物を炭素源として利用すること、それによって酢酸利用型およびCO2/H2利用型のいずれをも含む多様なメタン生成菌によるメタン生成を抑制したことが考えられました。事実、Geobacteraceae科の鉄還元窒素固定菌の代表的な分離菌株Geomonas terrae R111 を用いた培養実験ではこの菌株がキシランを炭素源として利用して窒素固定を行うことが示されました。
 これまでに、水田土壌へ酸化鉄を施用することでメタン排出が削減されることが観測されており、それは酸化鉄施用によって土壌が酸化的に保たれるためであると説明されてきました。我々の研究成果は、鉄還元窒素固定菌が介在する、メタン削減の新たなメカニズムを提唱するものです。

 本研究は、JSPS科研費(JP20H00409, JP20H05679, JP20K15423)、JST未来社会創造事業(JPMJMI20E5)、(株)クボタの支援を受けて行われました。

図1 水田土壌ミクロコズム(バイアル瓶)におけるメタン蓄積量
N;対照, NF;フェリハイドライト添加, X;キシラン添加, XF;キシラン・フェリハイドライト添加, C;セルロース添加, CF;セルロース・フェリハイドライト添加

図2 キシラン混合土壌におけるrRNA転写産物のリード数に対するmcrA転写産物のリード数の割合 (A)ならびに、mcrAを転写しているメタン生成菌の分類組成 (B)
X;キシラン添加, XF;キシラン・フェリハイドライト添加

図3 キシラン混合土壌におけるrRNA転写産物のリード数に対するnifD転写産物のリード数の割合 (A)ならびに、nifDを転写している細菌群の分類組成 (B)
X;キシラン添加, XF;キシラン・フェリハイドライト添加

発表者

増田 曜子 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教
千原 光貴 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 大学院生(当時)
妹尾 啓史 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授

論文情報

雑誌
Microbes and Environments (2024年9月13日)
題名
Ferrihydrite addition activated Geobacteraceae, the most abundant iron-reducing diazotrophs, and suppressed methanogenesis by heterogeneous methanogens in xylan-amended paddy soil microcosms
著者
Yoko Masuda†, Mitsutaka Chihara and Keishi Senoo†
DOI
https://doi.org/10.1264/jsme2.ME24028
URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsme2/39/3/39_ME24028/_html/-char/en

用語解説

  • 注1 メタン
     温室効果ガスの一つであり、二酸化炭素に次いで地球温暖化に寄与している。水田は家畜の「げっぷ」とともに、メタンの大きな排出源となっている。2021年のCOP26において、2030年までに2020年比でメタン30%削減を目標とするグローバル・メタン・プレッジが多くの国に賛同された。
  • 注2 鉄還元窒素固定菌
     酸化鉄を呼吸に用い、窒素ガスをアンモニアに変換し窒素養分として菌体を合成し増殖する土壌細菌。やがてこの細菌が死んで菌体が分解するとアンモニウムイオンが放出されて植物が窒素養分として利用できる。水田土壌細菌の優占種であり、土壌の窒素肥沃度の維持に重要な役割を果たしている。

問い合わせ先

増田曜子(ますだようこ)
東京大学大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻 土壌圏科学研究室 助教
113-8657 東京都文京区弥生1-1-1
e-mail:yokomasuda[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
https://park-ssl.itc.u-tokyo.ac.jp/soil-cosmology/

※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

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妹尾 啓史