発表のポイント

  • 低窒素環境に晒された植物では大規模なマイクロRNAの蓄積変動が起こることを発見し、その蓄積変動が窒素欠乏応答に重要であることを発見しました。
  • マイクロRNAのプロセシングに関わるHASTYタンパク質の活性変化が窒素欠乏時のマイクロRNAの蓄積変動に寄与していることを明らかにしました。
  • 本研究で得られた成果は、内在性の複数のmiRNAの蓄積を同時に調節する技術の開発に繋がり、RNAiテクノロジーの可能性を広げることが期待されます。

発表概要

 窒素は植物の成長に必須な無機栄養素であり、耕地における窒素栄養不足は作物の収穫量に深刻な影響を与えます。そのため、植物の「窒素欠乏応答」と呼ばれる窒素不足環境に応答して起こる種々の生理反応を制御する分子機構を明らかにすることは重要な課題の1つです。これまでに、窒素欠乏応答に関わる遺伝子の発現制御に複数のマイクロRNA(miRNA)(注1)が重要な役割を担うことが示唆されていましたが、miRNAを介した制御が、どの程度窒素欠乏応答の制御において本質的な寄与を担っているかは明らかになっていませんでした。今回、アグロバイオテクノロジー研究センターの柳澤教授らは、モデル植物シロイヌナズナにおいて、窒素欠乏に応答して極めて多くのmiRNA種の蓄積が顕著に変動することを発見し、この大規模なmiRNAの蓄積変動(miRNAダイナミクス)にmiRNAのプロセシングに関わるHASTYが重要な働きを担っていることを明らかにしました。本研究の成果は、外部環境依存的なmiRNAの蓄積変動制御という植物における形質発現制御の新たな仕組みを明らかにするものであり、将来的には複数のmiRNAの蓄積を調節する技術の開発などに繋がりRNAiテクノロジーの可能性を広げることが期待されます。

発表内容

 本研究では、窒素欠乏応答に関わる新規制御因子の同定のために代表的な窒素欠乏応答である葉の黄化に着目し、50種類のシロイヌナズナ野生系統において低窒素条件で葉の黄化の促進に関わるNAC型転写因子遺伝子の発現量を調べ、それらを量的形質したゲノムワイド関連解析(GWAS)(注2)を行い、miRNAのプロセシングに関わることが報告されているHASTYを新規窒素欠乏応答関連因子として同定しました。HASTY遺伝子欠損株と過剰発現株の低窒素条件での表現型解析を行うことでHASTYが実際に葉の黄化を含む複数の窒素欠乏応答に制御において重要な役割を担うことが示唆されました。シロイヌナズナの野生型株とhasty変異株の芽生えを用いたmiRNAシーケンス解析から、低窒素条件では検出された160miRNAのうち実に半分近くのmiRNAの蓄積が顕著に低下していること、そのうちの多くはhasty変異株で蓄積が減少していることを明らかになり(図1A)、窒素欠乏時に起こるmiRNAダイナミクスの制御にHASTYが重要な働きを担っていることを示唆されました。さらに、窒素欠乏時にHASTY遺伝子の発現レベルやHASTYタンパク質蓄積レベルは変化しない一方で、HASTYとその相互作用因子DCL1およびmiRNAとの相互作用が著しく低下することも明らかになり(図1B)、HASTYの活性変化に基づくmiRNAダイナミクスの制御が窒素欠乏応答に重要であることが示唆されました(図2)。

図1.(A)miRNA-seq解析による低窒素条件で育成したシロイヌナズナ野生型株の芽生えにおけるmiRNAの蓄積変動(上段)およびhasty変異がmiRNAの蓄積に与える影響(下段)の解析。低窒素条件で育成した芽生えでは、本解析で検出された160のmiRNAのうち79のmiRNAの蓄積が半分以下に低下しており、その大部分のmiRNAの蓄積はhasty変異株(hst-6)において顕著に低下していた。(B)二分子蛍光相補(BiFC)アッセイによるHASTYとDCL1の相互作用の検証。低窒素条件で育成した植物から単離したプロトプラストでは、HASTYとDCL1の相互作用が著しく低下する。

図2. HASTY活性の変化に基づく窒素欠乏時に起こるmiRNAダイナミクス。標準窒素条件では、HASTYDCL1などとmiRNAプロセッサー複合体を形成し、miRNAのプロセシングが正常に行われることにより、標的とするmRNAの蓄積を抑制するのに十分な量のmiRNAが細胞質に蓄積する。一方、低窒素条件では、HASTYDCL1miRNAとの相互作用能が低下し細胞質におけるmiRNAの蓄積が低下することで、関連する遺伝子のmRNAの蓄積増加により窒素欠乏応答が促進される。

 本研究により、シロイヌナズナにおけるHASTYを介した窒素欠乏時のmiRNAダイナミクスの制御機構が明らかになり、様々な生物で見られるmiRNAダイナミクスの制御の1つのモデルケースとしてmiRNA研究の進展に寄与すると考えられます。また、特定の応答に関わる複数のmiRNAの量を網羅的に調節することは現在のRNAi技術では困難ですが、本研究成果は複数のmiRNAの蓄積を同時に調節する技術の開発に繋がることから、本研究成果がRNAiテクノロジーの可能性を広げることが期待されます。

発表者

東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター
 柳澤 修一 教授
 櫻庭 康仁 准教授
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻大学院生
 楊 麥倫 大学院生

論文情報

雑誌
Nature Communications
題名
HASTY-mediated miRNA dynamics modulate nitrogen starvation-induced leaf senescence in Arabidopsis
著者
 Yasuhito Sakuraba, Mailun Yang, Shuichi Yanagisawa*
DOI
10.1038/s41467-024-52339-w
URL
https://www.nature.com/articles/s41467-024-52339-w

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)(課題番号JPMJCR 15O5)、および日本学術振興会科研費(22H04977、22K05368)の支援により実施されました。

用語解説

  • 注1 マイクロRNA
     21-25塩基長の小さなノンコーディングRNAであり、相補的な配列を持つmRNAに結合し不安定化することで遺伝子の転写後発現制御に関与する。
  • 注2 ゲノムワイド関連解析(GWAS)
     ゲノム全域にわたる一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)と特定の量的形質との関連を統計的に調べる方法。集団ゲノミクスの一つ。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター)
教授 柳澤 修一(やなぎさわ しゅういち)
Tel:03-5841-3066
E-mail:asyanagi[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
准教授 櫻庭 康仁(さくらば やすひと)
Tel:03-5841-2409
E-mail:usakurab[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

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櫻庭 康仁