動画から動物の探索行動を自動で検出するシステムの開発
発表概要
新規物体認識試験(NORT)注1は、マウスやラットといった実験動物の認識能力を評価するための手法として頻繁に用いられています。しかし、NORTの施行や観察には多くの労力がかかるため効率が低く、実験間や実験者間の差も大きいという問題がありました。近年、画像処理と機械学習注2が動物行動分析の分野で有用であることが示されており、これらの技術を活用することで、実験の精度と効率の向上につながると期待されています。東京大学大学院農学生命科学研究科の岸拓也研究員、小林幸司特任講師、村田幸久准教授らの研究グループは、機械学習を用いてマウスの探索行動を自動的に検出する方法を開発し、NORTの解析を自動的、かつ高精度に行うシステムを構築しました。本研究の成果は、NORTの解析の問題点を改善するのみならず、研究者の経験や主観に頼らずに高精度で客観的なデータを得る次世代の動物実験の発展につながると期待されます。
右: NORTの概要:マウスに二つの物体 (緑、橙)を提示すると、両方に同程度の興味を示す。次に、物体の一つを新しいものに変えると(橙→青)、正常なマウスでは新規の物体により高い興味を持つ。一方、認知機能に障害があるマウスでは物体が新規かどうか区別できないため、両方の物体に同程度の興味を示す。 左: 動画ごとの既存・新規物体に対するマウスの探索時間:マウスは既存物体よりも新規物体に多くの探索時間を割いた。また、人間の観察とSVMによる推定は非常に高い相関を示した。
発表内容
背景
動物の行動評価は、彼らの認知能力や精神状態、運動機能などを評価するために神経科学や薬理学などの広い研究領域で用いられます。しかし、現在の行動評価は研究者が直接自分の目で動物を観察することによって行われており、専門知識や経験が必要なうえに、研究者への負担が大きいという問題があります。新規物体認識試験(NORT)注1は、見慣れない物体に対する探索行動を測定することで、マウスの認知能力や不安を評価する試験です(図1)。他の行動試験と同様、NORTの施行や解析も研究者の観察に頼っており、簡便で正確な自動分析手法の確立が求められています。
近年、機械学習技術注2の進展により、人間と同等の精度で判断を下すアルゴリズムが開発されており、特にサポートベクターマシン(SVM)注3は少量のデータで高精度な分類が可能なため注目されています。本研究では、マウスの鼻先から物体の頂点へのベクトルを用いてSVMを学習させ、マウスの探索行動を自動的に分類する手法を構築しました。その結果、NORTの解析を人間の観察と同等の精度で行うことが可能になり、労力の軽減と精度向上の両立が可能となりました。
方法と結果
まず、マウスの行動を録画し、各時点における鼻と尾の基部の座標を検出しました。鼻と物体の頂点を結ぶベクトルを計算し、それを用いてSVMを訓練した結果、探索行動を感度84.2%、陽性予測率83.2%という高い精度で予測できるモデルを確立しました。学習に利用しなかったデータでモデルの性能を検証すると、同様に感度87.3%、陽性予測率88.9%と高い精度を示しました。また、探索行動の総時間を累計したところ、研究者による観察とSVMによる予測の間で強い相関(r=0.993)が確認できました。モデルの誤りは、境界エラー(36.9%)、誤検出(27.2%)、見落とし(35.9%)に分けられます1。多くの誤検出はマウスが物体の近くにいるとき、見落としは前肢で物体に触れているときに発生していました。また、このモデルを用いて新規物体認識試験(NORT)を実施したところ、人間とSVMの評価はほとんど一致し、マウスが新規物体により高い興味を示すことが示されました (図2)。以上のことから、探索行動を自動的に解析する手法を使って、正確かつ簡便なNORTの解析が可能であることが確認されました。
まとめと考察
本研究では、SVMを用いた新しいNORTの自動解析法を開発し、マウスの探索行動を高精度で予測できることを示しました。従来の手作業による観察は労力がかかるだけでなく、観察者間のばらつきや、観察者の存在が動物行動に影響を与えるという問題がありましたが、提案した自動解析法はこれらを解決しました。本研究で提案した手法は、特殊な機材を必要とせず、標準的なビデオカメラとソフトウェアを用いて手軽に実施できるにも関わらず、人間の観察と同程度の精度を発揮できるという利点があります。また、この手法は探索行動以外の行動解析にも応用できることが期待できます。今後は、異なる環境やマウスの系統を用いたデータセットで学習することでモデルの汎用性を高めていく予定です。結論として、本研究はSVMによる探索行動の自動検出法が、動物行動解析の精度向上と効率化に寄与し、複雑な行動テストの自動化の基礎を築くことを示しました。
発表者
岸 拓也 (東京大学大学院農学生命科学研究科 農学共同研究員)
小林 幸司 (東京大学大学院農学生命科学研究科 特任講師)
港 高志 (東京大学大学院農学生命科学研究科 農学共同研究員)
木田 美聖 (東京大学大学院農学生命科学研究科 農学共同研究員)
村田 幸久 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
論文情報
- 雑誌
- Behavioural Brain Research
- 題名
- Automated analysis of a novel object recognition test in mice using image processing and machine learning.
- 著者
- #Takuya Kishi, #Koji Kobayashi, Kazuo Sasagawa, Katsuya Sakimura, Takashi Minato, Misato Kida, Takahiro Hata, Yoshihiro Kitagawa, Chihiro Okuma, Takahisa Murata. #Equally contributed.
- DOI
- 10.1016/j.bbr.2024.115278
- URL
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0166432824004340
引用文献
- Automated detection of mouse scratching behaviour using convolutional recurrent neural network. Kobayashi et al., 2021, Scientific Reports.
用語解説
- 注1 Novel Object Recognition Test(NORT)
実験動物(特にマウスやラット)の記憶や認知能力を評価するための行動実験。この試験は、動物が新しい物体に対してどのように反応するかを観察することで、学習と記憶に関連する神経機構を理解するのに役立つ。 - 注2 機械学習 Machine Learning
コンピュータに大量のデータを与えてパターンや規則を学習させ、その学習結果をもとに新しいデータを予測・分類・認識などのタスクに利用する技術。 - 注3 Support Vector Machine(SVM)
主にデータの分類や回帰に用いられる教師あり学習アルゴリズムの一種 - 注4 宿主
ウイルスがある生物に感染しているとき、その生物をウイルスの宿主と呼びます。
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医薬理学研究室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel: 03-5841-7247
E-mail:amurata[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。