発表のポイント

  • 森林経営計画と路網設計を連動させ、木材収穫などの林内作業が必要となる区画へ作業道を配置できるモデルを作成しました。
  • 東京大学北海道演習林の路網を学習用データとして用い、車両走行が危険となる急勾配を避けるようなパラメータをモデルに組み込みました。
  • 埼玉県の区画で小型タワーヤーダが到達できるよう同モデルを適用した場合、路網密度51.09m/ha、平均勾配13.45%と現実的にも作設可能な路網が作成されました。

発表内容

(研究の背景)

 近年の気候変動により再生可能なエネルギー・素材として注目を集める木質資源は、その供給体制も併せて議論する必要があります。特に日本では、ドイツやオーストリアといった諸外国に比べ、林業機械の走行や木材運搬を可能にする路網(注1)の整備が遅れてきました。その背景として、①林業の衰退、②森林所有者の合意形成の遅れ、③急峻かつ土壌が柔らかい日本独自の地形条件、が主なハードルとして考えられます。過去には路網の幹線となる林道の設計について数多くの理論的研究が行われてきましたが、支線となる作業道の配置を現場の事情に合わせてデザインする手法は確立されていませんでした。森林資源の持続的な利用を技術的な側面から追究する東京大学森林利用学研究室の研究グループは、路網整備を含む森林経営の計画作業を高度化する「スマート林業」の実現に向け、2023年5月に発表した「地域林業循環モデル(注2)」を拡張する形で、新たに作業道を設計するモデルを開発しました。

(研究の内容)

 このモデルでは、2段階に分けて路網の設計を行います。第1段階では、地域林業循環モデルで作成された森林管理のシナリオに基づき、計画区域全体でのルートを決定します。同シナリオ上で伐採対象となる区画を抽出し、小型のタワーヤーダやスイングヤーダといった架線系林業機械が該当区画で木材収穫が可能になるよう、既存の車道や林道から延長する作業道の通過ポイントを新たに設定します。これをシナリオ期間である60年分繰り返したのち、グラフ理論の1つである最小全域木アルゴリズムを用いて効率的なルートを決定します。木材収穫の事業計画と一体となったルート提案により、いわば林業の「コストセンター」であった路網作設に経済合理性が生まれ、森林所有者への提案も容易になると考えられます。
 第2段階では、通過ポイント同士が結ばれた各ルートについて、グラフ理論の最短経路アルゴリズムを用いて経路を決定します。ルート上の傾斜に対して多段階のペナルティを設けることで、斜面が険しい区間ほど避けるようにして配置が決定されます。このとき、ペナルティが過大であると多くの迂回が発生し、過小であると急勾配で安全性を損ねるため、日本の林業地域での林道データを学習用データとして値を較正しました。今回は高密度の路網と持続可能な森林経営で知られる「林分施業法」が実践されている東京大学北海道演習林の路網データを用い、ペナルティとなる値(パラメータ)を最適化により抽出しました。最適化では作業道データから端点を抽出し、ペナルティを初期値に設定した状態で最短経路アルゴリズムを適用させたのち、実際の路線配置と生成された路網配置が近似するよう目的関数を最小化しました(図1)。

図1 パラメータ最適化のイメージ図(和集合と共通部分の差が目的関数)

 パラメータ最適化の結果、現実の林道配置に近いレイアウト(図2)を得ることができ、ペナルティの値は傾斜が緩い部分で小さく、勾配が厳しくなるにつれて徐々に大きくなるという直感的にも正しい結果となりました。この値を用いることにより、過去に林道設計を行った際の勾配への評価を定量化し、現実的な路線を他の地域でも再現できるようになります。学習用のデータは、新たに路網を設計したい地域の地形特性などに合わせて選択することにより、より現場に適した配置を得ることが可能になります。

図2 北海道演習林の実路網配置とモデルにより生成された路網配置の比較

 得られたパラメータをモデルに組み込み、埼玉県の西川林業地に設定した計画区に適用しました(図3左)。新たに得られた路網密度は51.09m/haとなり、同地域の中心である飯能市の路網開設目標である50m/haとおおむね齟齬のない結果となったほか、平均傾斜13.45%と車両走行に無理のない路網デザインとなりました。60年間のシナリオ期間で年度別の開設状況(図3右)を見ると、新たな伐採区画が多く発生する最初の10年間で総延長の約半分となる44%が施工され、施業履歴のある区画が増えるシナリオ後半では作設済の林道を活用できるようになります。

図3 森林計画に沿って作成された西川地域の路網配置(左図が全体配置、右図が年度別に色分けした開設状況)

 得られたパラメータをモデルに組み込み、埼玉県の西川林業地に設定した計画区に適用しました(図3左)。新たに得られた路網密度は51.09m/haとなり、同地域の中心である飯能市の路網開設目標である50m/haとおおむね齟齬のない結果となったほか、平均傾斜13.45%と車両走行に無理のない路網デザインとなりました。60年間のシナリオ期間で年度別の開設状況(図3右)を見ると、新たな伐採区画が多く発生する最初の10年間で総延長の約半分となる44%が施工され、施業履歴のある区画が増えるシナリオ後半では作設済の林道を活用できるようになります。

(今後の展望)

 森林が吸収した二酸化炭素により企業による排出量をオフセット(相殺)するJクレジット制度(注3)は、森林経営計画に基づく間伐実施を認証要件とします。今回発表した路網設計モデルは、地域林業循環モデルでデザインされた森林経営計画の実効性を高めることで、森林資源の活用促進のみならず、山林に経済価値が還流するJクレジット制度の利用拡張にも資することが期待されます。また、今回は日本の林業現場で広く普及しているスイングヤーダ等の集材機械を想定しましたが、より大型の林業機械を導入できる場合は、生産性の観点からタワーヤーダによる集材が好ましいと考えられます。モデル内で設定した通過点の抽出方法と、地域林業循環モデルでの計画区の規模を調整することで、さまざまな収穫方法に対応することが可能になります。
 一方、林道のデザインは路線配置のみならず、現場での施工にも目を向ける必要があります。気候変動による降雨量の増加は林道崩壊のリスクを高める要因であるため、計画段階で土壌図の情報を組み込むことで危険な区間を避けたり、土壌流出を防ぐ新たな施工方法を取り入れたりする等、自然災害へのレジリエンスを高める対策も必要になります。二酸化炭素の吸収源としてのみならず、人間の住環境維持に資する森林の価値を最大化するような研究を今後も進めていきたいと考えています。

発表者

金子 竣亮(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 修士課程:研究当時)
金 鉉倍(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 助教)
吉岡 拓如(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 准教授)

論文情報

雑誌
Results in Engineering
題名
Method of designing forest road construction scenario with GIS-based calibration using sustainable forestry model
著者
Shunsuke Kaneko, Hyun-Bae Kim and Takuyuki Yoshioka
DOI
https://doi.org/10.1016/j.rineng.2024.103078
URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2590123024013331

用語解説

  •  注1  路網
     木材輸送トラックの走行を想定した自動車道としての林道(場合によっては公道を含む)と、林業機械専用の作業道を主として構成される道路のネットワークの呼称です。
  •  注2  地域林業循環モデル
     与えられた労働力に対し、地域の森林で植林から伐採までのサイクルを持続的に遂行できる事業計画を作成するモデルです(詳細はhttps://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20230519-2.html)
  •  注3  Jクレジット制度
     省エネルギー設備の導入による二酸化炭素の削減量や、適切な森林管理による二酸化炭素の吸収量を、国がクレジットとして認証する制度です。森林経営によってクレジットを発行する場合、間伐を含む適切な手入れを行うことが認証条件になります。

研究助成

本研究の一部は、日本学術振興会科研費(課題番号:20K06121)の助成を受けて行われました。

問い合わせ先

 東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻
 森林利用学研究室 准教授 吉岡 拓如(よしおか たくゆき)
 E-mail: tyoshioka[at]fr.a.u-tokyo.ac.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

吉岡 拓如