脊椎動物が土壌生物に与える影響について枠組みを提案 :地上と地下の生物間相互作用の包括的な理解に向けて
研究成果のポイント
- 脊椎動物が土壌生物群集に対して与える影響を5つのメカニズムに整理。
- 整理したメカニズムに基づき、脊椎動物が土壌生物群集の空間構造に与える影響を提案。
- 地上と地下の生物間相互作用における脊椎動物の役割を明らかにすることは、脊椎動物の生態系機能のより良い理解に貢献することが期待。
発表概要
地上部と地下部(土壌)の生物間相互作用は個別に考えられてきましたが、ここ20年ほどでこれら2つの生物群集のつながりが積極的に研究されてきました。一方、地上部で活動する脊椎動物(鳥や哺乳類など)の多くは、土壌動物を採食したり土壌を掘り返したりするなど(図1)、地下部群集*1に対して強く影響している可能性がありますが、彼らの役割を総合的に理解するための枠組みはありませんでした。
高知大学の富田幹次助教のほか、アメリカ合衆国森林管理局、北海道大学、森林研究・整備機構森林総合研究所、岡山大学、東京大学、福井県立大学からなる共同研究グループは、地上部の生物から地下部の生物へ影響する経路として、脊椎動物が果たす役割について整理しました。さらに、整理した経路を発展させることで、脊椎動物が土壌生物群集の空間構造や分布を変え、生態系機能に波及する可能性を提示しました。この総説論文は、2025年1月14日に国際学術誌「Trends in Ecology and Evolution」にオンライン掲載されました。
詳細な説明
陸上生態系の構成要素は、地上部と地下部(土壌)の2つに分けられます。地上の生物と地下の生物の間の相互作用は個別に考えられてきましたが、ここ20年ほどでこれら2つの生物群集のつながりが生態系機能において重要な役割を担っていることが明らかになってきました。地上と地下の生物群集のつながりは、植物と土壌生物の相互作用によって駆動されていると理解されてきました。一方で、地上部で活動する脊椎動物(鳥や哺乳類など)の多くは、土壌動物を採食したり土壌を掘り返したりするなど(図1)、地下部群集に対して強く影響している可能性がありますが、そのメカニズムは整理されていませんでした。また、移動能力の低い植物と土壌生物を軸に発展してきた地上と地下のつながりの枠組みでは、空間的な影響は考慮されてきませんでした。研究グループは、既存の文献をレビューすることで、脊椎動物が地下部群集に与える影響のメカニズムを5つに整理しました。さらに、整理したメカニズムに基づき、脊椎動物が土壌生物群集の空間構造や空間分布に与える影響を提案しました。
1つ目は、土壌生物の捕食によって駆動されるトップダウン効果*2です。トガリネズミやアナグマのような地表性哺乳類、地表で採餌する鳥類(例:シロハラやツグミ)は、ミミズなど大型土壌動物を積極的に捕食します。土壌動物の捕食によって、脊椎動物は土壌動物群集の多様性や構造に影響しています。移動性の高い脊椎動物による捕食は、土壌の局所食物網の安定性や、空間的に離れた食物網間のエネルギー交換に貢献する可能性があります。
2つ目は、菌類を採食することによる胞子散布です。リスやネズミは、菌類の子実体を食べることで胞子の分散に貢献します。胞子散布によって土壌の菌類群集の空間構造を変え、菌根共生や木材腐朽といった生態系機能にも影響している可能性があります。
3つ目の機能は、死体や糞尿を土壌に供給することで、動物由来のデトリタス*3の利用可能量を増やすことです。死体や糞尿は、総量こそ植物由来のデトリタス(落ち葉など)と比べわずかですが、養分濃度が高いため、地上から地下へのエネルギー流の経路として重要です。死体や糞尿の空間分布は偏っているため、デトリタスの利用可能量の空間的異質性を高めることで、土壌生物群集の空間構造にも影響します。
4つ目は、ササラダニやトビムシのような土壌動物が脊椎動物の体表にしがみつき移動する便乗です。便乗によって、土壌動物が新しい生息地に分布を拡大することが知られています。例えば、北極のある島で捕獲された鳥類の体表に、生きたササラダニが付着していた事例があります。この内いくつかのササラダニは、より南方に生息する種類であることが確認されています。
5つ目は、地面の掘り返しや踏みつけによる物理撹乱です。プレーリードックからヒグマなど多くの哺乳類は、営巣や採食のために地面を掘り返し、有蹄類は移動の際に地面を踏みつけます。これらの物理撹乱によって土壌の理化学的環境が変わり、土壌生物群集に強く影響します。脊椎動物による物理的撹乱は、デトリタス同様に空間的に偏って発生するため、土壌生物群集の空間構造に影響する可能性があります。
ここで紹介した、脊椎動物が土壌生物群集に与える影響は、最終的には土壌生物が駆動する生態系機能(土壌炭素貯留など)も変える可能性があります。現在、個体数を減らしている大型脊椎動物を保全することで、衰退した生態系機能を回復させようという動きが、NbS*4(Nature-based Solution)の一環として世界的に高まっています。一方で、ニホンジカやツキノワグマのような日本国内で数を増やしている大型脊椎動物は、あつれき緩和のために個体数の管理が進められています。今後、大型脊椎動物の保全や個体数管理によって生態系機能がどのように変わるかを予測する際に、今回私たちが整理・提案した経路を考慮していく必要があります。
専門用語の解説
*1地下部群集:土壌由来の餌資源と生息地に一部または完全に依存する生物の総称。土壌微生物や土壌動物を含む。
*2トップダウン効果:食物網の高次捕食者による捕食が、下位生物群集に与える影響のこと。
*3デトリタス:死んだ植物組織(落ち葉や枯れ木など)、動物の死骸、尿、糞便など、生きていない生物に由来する有機物。地上バイオマスの大部分は消費されず、最終的にはデトリタスとして土壌に供給される。
*4NbS:自然を活用した解決策。自然環境の有する多様な機能を活用することで、社会課題の解決や新たな価値の創造に繋げるという考え方。

図1:今回整理した脊椎動物が土壌生物に与える影響の実例
(a)ミミズを食べるトガリネズミ;(b)キノコを食べるジリス;(c)セミ幼虫を掘り返すヒグマ;(d)トナカイの群れが通過した跡;(e)ヒグマの糞;(f)イノシシの死
論文情報
- 論文名
- The underappreciated roles of aboveground vertebrates on belowground communities
- 著者
- 富田 幹次(高知大学農林海洋科学部)、Philip J. Manlick(アメリカ合衆国森林管理局)、小林真(北海道大学北方生物圏フィ-ルド科学センタ-)、藤井佐織(森林研究・整備機構森林総合研究所森林昆虫研究領域)、兵藤不二夫(岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域)、宮下直(東京大学大学院農学生命科学研究科)、角田智詞(福井県立大学生物資源学部)
- 雑誌
- Trends in Ecology and Evolution
- DOI
- https://doi.org/10.1016/j.tree.2024.12.011
- 公開日
- 2025年1月14日
研究に関する問い合わせ先
高知大学農林海洋科学部 助教 富田 幹次(とみた かんじ)
Tel: 088-864-5204 E-mail: tomita[at]kochi-u.ac.jp
報道に関する問い合わせ先
高知大学広報・校友課 Tel: 088-844-8643
E-mail: kh13[at]kochi-u.ac.jp
北海道大学社会共創部広報課
Tel: 011-706-2610 E-mail: jp-press[at]general.hokudai.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部事務部総務課総務チーム広報情報担当
Tel: 03-5841-8179, 5484 E-mail:koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
岡山大学総務・企画部広報課
Tel: 086-251-7292 E-mail: www-adm[at]adm.okayama-u.ac.jp
福井県立大学経営企画部 連携・研究課
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森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
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