神経締めの価値とは何か? ――鮮度測定実験と官能評価実験による検証――
発表のポイント
- 神経締め処理を施したシマアジは、野締め処理を施したものと比較して鮮度落ちが有意に遅いが、官能評価上の差異は極めて小さいことを示しました。
- シマアジに関して1週間余りにわたって締め方の違いによる鮮度測定を行っている点や、これを試食実験と組み合わせ消費者評価にまで言及している点に新規性があります。
- 水産物の付加価値向上のために本研究の知見が有用であると期待されます。

Fish AnalyzerTM Proによるシマアジの鮮度測定
研究概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の阪井裕太郎准教授らの研究グループは、養殖シマアジにおいて神経締め処理の鮮度保持効果並びに消費者評価への影響を検証しました。魚脳にピックにより穴を穿ち、専用器具を用いて脊髄を破壊する神経締め(図1)と、包丁により延髄を切断する従来の野締め(図2)とを比較しました。各魚は脱血処理後、冷やし込み及び厳正な温度管理下に置かれ、非破壊鮮度測定装置である「Fish Analyzer™ Pro」により、初回測定から265時間までの鮮度値を逐次計測しました。さらに、試食実験において官能評価及び支払意思額(WTP)を調査しました。その結果、神経締め処理は死後硬直後において有意に高い鮮度値を保持し、保存期間延長の効果を示しましたが、官能評価上の差異は極めて小さいことが判明しました。従って、神経締めの効果は主に鮮度保持による商品寿命の延長であり、消費者評価の向上ではないことが示唆されました。

図1:神経締めの様子

図2:野締めの様子
研究内容
近年、鮮魚の品質保持は水産業界における重大なる課題と認められ、高級魚と位置付けられるシマアジの保存性向上は流通効率並びに食品廃棄削減の両面において極めて重要な課題となっています。先行研究においては、ブリ、マダイ、養殖イサキ等における神経締め処理の有効性が報告されているものの、シマアジに関しては短期間(1~2日間)の検討に留まり、長期にわたる鮮度推移並びに消費者評価との相関は十分に解明されていませんでした。
そこで本研究は、豊洲市場にて仕入れた養殖シマアジ(体重概1.0~2.2kg)を対象とし、神経締め処理と野締め処理とを比較検討しました。神経締め処理とは、魚脳においてピックを用い穴を穿ち、専用ワイヤー器具により脊髄を完全に破壊する方法をいいます。一方、野締め処理は、包丁により延髄を切断する手法と定義しました。各魚は脱血処理後、7月回においては海水氷に40分間漬け、10月回においては冷蔵庫(0~5℃)にて厳格に保管しました。鮮度測定は非破壊測定機「Fish Analyzer™ Pro」を採用し、初回測定から265時間まで、初期は2時間間隔、後期は最大16時間間隔にて計3回の測定平均値を算出しました。
加えて、東京・築地の試食会場において、神経締め及び野締め処理を施した刺身を用い、官能評価並びに支払意思額(WTP)の調査を実施しました(図3)。参加者は、性別、年齢、国籍及び魚摂取頻度等の属性情報と共に、印象、色、食感、脂乗り、みずみずしさ、味香及び鮮度感の七項目を九段階にて評価しました。
その結果、神経締め処理は、死後硬直前には野締めより低き鮮度値を示すも、死後硬直後において有意に高い鮮度値を保持し、魚の状態が良好なる期間(等級A~B)が延長されると同時に、測定値の分散においても野締め処理に比してばらつきを抑制する傾向が認められた。しかし、試食実験においては、処理方法間における官能評価及びWTPの差異は統計的有意性を欠く結果でした。以上の解析結果から、今回の実験条件下においては、神経締め処理の主な効果が鮮度保持による商品寿命の延長にあると結論づけました。

図3:官能評価実験の様子
〇関連情報
国際水産開発学研究室では水産学と経済学の力をかけあわせて持続可能な水産業を実現するべく、このような研究を数多く進めています。
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国際水産研究教育基金
発表者
東京大学 大学院農学生命科学研究科
阪井 裕太郎 准教授
黒倉 壽 名誉教授
八木 信行 教授
大淵 龍 学部生
香川県漁業協同組合連合会
中村泰徳 東京支部販売課 課長
ジャパンシーフードトレーディング株式会社
清水 義弘 社長
論文情報
- 雑誌
- 日本水産学会誌
- 題名
- 神経締めがシマアジの鮮度保持と消費者評価に与える影響
- 著者
- 阪井 裕太郎*, 大淵 龍, 黒倉 壽, 清水 義弘, 中村 泰徳, 八木 信行
- DOI
- https://doi.org/10.2331/suisan.24-00020
- URL
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/advpub/0/advpub_24-00020/_article/-char/ja
- 注1)神経締め処理
魚の脳に専用のピックで穴を穿き、専用器具により脊髄を破壊する処理法。これにより、魚内の神経活動が停止し、ATP消費の進行を抑えることで鮮度保持効果が得られる。 - 注2)野締め処理
包丁により魚の延髄(脳と脊髄の接続部)を切断する従来の処理法。神経締めに比して、鮮度保持効果は限定的とされる。 - 注3)Fish Analyzer™ Pro
大和製衡株式会社が販売している鮮度・脂肪度測定装置。約4秒ほどで非破壊で鮮度・脂肪度の測定が可能。
研究助成
本研究は、科研費「水産業における商品価値の研究(課題番号:21H04738)」及びジャパンシーフードトレーディング株式会社の支援により実施されました。
用語解説
問い合わせ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
准教授 阪井 裕太郎(さかい ゆうたろう)
E-mail:a-sakai[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
TEL: 03-5841-8179, 5484 FAX:03-5841-5028
E-mail: koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。